私のペットの黒猫がイケメン化したけどそのまま飼います
私は猫を飼っている。
オスの黒猫。
アパートの部屋に帰宅した時、ふらっとドアの前に近づいて来て、私が入ろうとしたら先に入りやがった。
それからベッドまで歩いて行って、布団の上に居座り、にゃーと鳴く。
まるで「腹が減った」とでも言うかのように。
仕事で疲れていた私は頭が回らなくて、言われるがまま飯を出した。
シーチキンがあったので皿に盛り付けて目の前に差し出すと、もりもりと食べる。
その日はそのまま眠ってしまったのだが、朝になって目を覚ましたらその猫が部屋の真ん中に座って私を見つめてて、昨日の出来事は夢じゃなかったんだなって、ようやく理解した。
飼うつもりはなかったので、出勤する時に部屋から出して鍵をかける。
もう会うこともないと思っていたのだが……その日の晩も私の部屋へ来た。
そしてやっぱり中に入ってしまう。
何度かそんなことを繰り返して、これはもう飼ってやるしかないと思い、大家に連絡をとって飼育の許可を得ることにした。
幸い、大家は猫好きだったようで、もともとペット可の物件だったこともあり、すんなりと許可が下りる。
晴れて猫と二人暮らしの日々が始まったわけだが……思わぬ形で奇妙な物語が幕を開けた。
猫が……人間になってしまったのだ。
◇
「よぉ、今日も遅かったな」
いつものように帰宅すると、ベッドの上にシャツとジーンズを身に着けた見知らぬ男がいた。
浅黒い肌に黄金色の瞳。
つややかな黒髪。
やせ型で背が高くめっちゃイケメン。
頭には……猫耳?
人間の耳とは別に猫の耳がついている。
カチューシャかと思ったけど……違う。
よく見てみると頭から生えているのだ。
あと、尻尾もある。
黒くてくねくねしたしっぽ。
「え? 誰だよお前?」
「俺だよ、黒太だよ」
黒太は私が猫につけた名前だ。
何かの冗談かなと思った。
というか、不審者が家の中にいると分かっても、冷静なままの自分に驚く。
普通だったら即通報案件なのだが……。
「ええっと……お前が?
あの猫の黒太?」
「うん、そう」
「ははは……疲れてるなぁ」
目をこすって、深呼吸をして、服を脱いで、シャワーを浴びて、ビールを飲んで、改めてベットの上へ視線を向ける。
そこには先ほどと同じように猫耳の男がいた。
「やっぱりお前なのか、黒太?」
「さっきからそう言ってるだろ」
当たり前のように言う彼に、私は引き出しからちゅーるを取り出して尋ねる。
「食べる?」
「うん、食べる」
黒太と名乗る猫耳のその男は、ちゅーるをおいしそうに吸っている。
まるで子供みたいだなぁと思いつつ、自分は何をしているのかと冷静さを取り戻す。
こんな奴が黒太なはずないだろう。
早く追い出さないと。
「美味しい?」
「うん、お前も食べるか?」
「いや、私はいいや」
「そっか」
普通に会話してしまった。
彼が黒太であるとはとても思えないけど、まぁ別にいいかと思ってしまっている自分がいた。
このままずっと居座られてもいいかなぁ。
疲れていたのでその日もそのまま眠ることにした。
黒太はいつものようにゴロンと適当に寝転んで眠っていた。
そう言えばコイツ……何で服を着てるんだろう。
どこで買ったの、それ?
◇
人間の姿になった黒太との奇妙な共同生活はまったりと続いた。
私の仕事は夜遅くまで続き、帰宅できるのは日付が変わるギリギリの時間。
疲れ果てて帰ると、玄関で黒太が迎え入れてくれる。
「遅かったな、お疲れさん。風呂が沸いてるぞ」
にかーっと白い歯を見せて笑う黒太。
こいつが猫だったなんて信じられない。
黒太は私がいない間に、掃除をしたり、洗濯をしてくれるようになった。
食費は以前の倍以上になったけど、家事をしなくて済むようになったので、むしろ助かっている。
休日は一緒に公園を散歩したり、買い物にも行ったりした。
「なんで黒太は人間の姿になったの?」
「さぁ……よく分からない」
「当たり前に家事とかしてるけどさぁ。
猫だった黒太がなんで料理とかできるんだよ?」
「なんでだろうな」
黒太は私と一緒に人間の食事をとるようになった。
コイツが作る料理は猫が作ったとは思えないくらいうまい。
「料理ってどこで覚えたの?」
「なんか、自然にできるようになった」
「嘘だろ?」
「嘘じゃない」
こいつが言っていることのほとんどは嘘なんだろう。
そうとしか思えない。
まぁ……猫が人間になるなんて、そもそも嘘みたいなものだし。
あまり深く考えるのは止めよう。
◇
私は黒太との生活を当たり前のものとして受け入れつつあった。
外出するとき、コイツは帽子をかぶってしっぽはズボンの中にしまっている。
なので見た目は普通の人間と変わらない。
あんまりイケメンなもので周囲からの視線がすごい勢いで集まって来る。
人の注目を浴びるのは好きじゃないので、ちょっと困るけど……仕方がないか。
こんなにイケメンなんだから。
黒太と出会ってから一年くらいになるので、記念にプレゼントを買ってあげることにした。
いつも同じ服を着てるから新しい衣装を……。
「…………」
私が買ってあげた服を着た黒太はジト目で私を見ている。
「……なにこれ?」
「スーツだけど?」
「なんで仕事用の服?」
「いや、ちょっと似合うかなって」
スーツを着た黒太はめっちゃカッコよかった。
仕事とかスゴイできそうな見た目。
猫耳なのがちょっと間抜けに見えるかもしれないけど……ミスマッチ感がたまらない。
「いっそのこと、一緒に会社でも始める?」
「お前が本気なら手伝うが」
「え? マジで?」
「……嘘」
ですよね。
黒太ができることには限界がある。
私の身の回りの世話くらいなら可能でも、複雑な業務をこなすことは難しいだろう。
事務とか苦手そうだし……。
◇
そんなこんなでまったりと日常を過ごしていたら、あっという間に月日が経って、私もそろそろ結婚を考える年になった。
「なぁ……私たちって付き合ってるんだよな?」
「そう言うことになるんじゃないか?」
春の河川敷。
暖かい日の光を浴びながら二人で寝転びながら話す。
「じゃぁ、結婚とかする?」
「さぁ……お前がしたかったらしてやるよ」
「お前、猫なのに?」
「愛は種族を超える」
調子のいいことを言っているが、黒太には戸籍がない。
当たり前だよなぁ……猫なんだから。
これからどうすればいいのか、全く見当はつかないけれど、こんな日がずっと続けばいいなって思っている。
猫と一生を添い遂げる人生も悪くはないだろう。
「あのさぁ、久しぶりにあれ食べたいんだけど」
「ちゅーる?」
「うん、それ」
「帰りに買って帰ろうか」
「やった」
二人で手をつないで並んで歩く。
春の日差しに照らされながら、爽やかな風が吹き抜けていくのを肌で感じる。
来年もこうして黒太と一緒に過ごせるだろうか?
何かのはずみで猫に戻ってしまわないだろうか?
もし彼を失ってしまったら、私はどうなるのだろう?
黒太は猫だ。
人間じゃない。
人の姿をしているけど、彼は猫なのだ。
いつか別れの時がやってくる。
「ん、どした?」
じーっと彼の横顔を見つめていたら、黒太は視線に気づいて首を傾げる。
「いや、なんでもない」
「そっか」
つないだ手を離さずに歩き始める私たち。
二人並んで歩けるのは、あとどれくらいなのだろう。
見えない時の流れが私の心を蝕んでいる。