友達がいない文学少年とフェミニストな友人が小さな奇跡を起こす話
本が友達だから、それでいいんだ、と本多は言った。
言葉通り、鞄の中には図書館で借りた本がたくさん入っている。
どれから読もうかな、と本多は背表紙を人差し指でなぞりながらくすくす笑っている。
本が大好きだから本多って言うに違いない、とボクは思ったが口には出さなかった。
だってそんなこと言ったら、奴はますます喜ぶに違いない。
駅について階段を上ってたら、小さな女の子が大きな荷物を引きずっているのが見えた。
ボクは女の子に近づいて、声をかけた。
「手伝おうか?」
女の子はちょっとびっくりしてた。
あからさまに警戒色。
そか、知らない人に声をかけられても返事をしたらいけないんだっけ?
「お兄ちゃん、誰?」
女の子はボクを睨みながら言った。
なかなかガッツがある。
ボクはにっこりする。
「ボクはね、魔法使い」
そういってポケットからコインを出し、いちにぃさんと声をかけて消すと、女の子は目をまん丸くしてから拍手した。
「荷物重そうだから手伝うよ。どこまで行くのかな?」
「えとね、階段登って降りたら、ママが車で迎えに来るの」
「了解」
ボクは荷物を持ち上げた。
思ったより重い。
中身は、ジャガイモとにんじんとタマネギか。今夜はカレーかな。
荷物を手にして歩き出したボクを見て、女の子は不思議そうな顔をした。
「魔法使えばいいのに」
ごもっとも。
「みんなに見られたら困るんだ。魔法の国に帰らないと行けなくなるからね」
女の子はあわてて自分の口をふさいだ。
その顔がすごくかわいかったので、ボクは思わず笑ってしまった。
「またバカなことを」
本多のあきれた声が後ろから届く。
いいじゃないか。女の子に優しくするのは紳士の勤めなんだから。
駅を横断してロータリーにつくと、女の子はこっちだといいながら僕らを先導した。
なんだかんだいいながらついてくる本多と一緒に後を追う。
線路づたいに細い道を行くと、白い車が停まっていて、中から女の人がでてきた。
「遅かったじゃない」
こう言いながら降りてきたのは。
うちのゼミの先生だった。
ゼミに入ってから一度も笑顔を見せたことがない先生が、満面の笑みを浮かべている。
ボクは思わず荷物を落とし、本多も口をあんぐり開けた。
先生もボクらに気づいたようだ。
顔を真っ赤にし、言葉にならない悲鳴を上げている。
叫びたいのはボクらも同じなんだけど。
そう思ったらおかしくなって、ボクはげらげら笑いだした。
一呼吸おいて本多も笑う。
先生も吹き出してそのまま笑った。
女の子だけがぽかんとしている。
この小さな奇跡からボクの人生はちょっと変わったみたいなんだけど、それはまた別の話。今回はここまでってことで。
読んでくれてありがとうございました。
なんにも考えなかったので奇跡は起きませんでしたが、ちっさな奇跡だったらこのくらいで十分でしょう。