2-16 隣の席の黒聖女は、俺の元カノを祓いたい
それは放課後、俺の机の中に入ってた一枚の紙から始まった。
『大事なお話があります。放課後、旧校舎4F一番奥の部室でお待ちしております。』
隣の席の安部さんが置いていったこの手紙に誘われて旧校舎へと向かった俺は、不思議な光景と彼女の予想外の姿に驚かされることになる。
そんな彼女は俺が隠していたはずの秘密を言い当てる。
それは俺にしか声が聞こえず、姿が見えなくなっていたはずのかつて付き合っていた元カノという存在。
安部さんは俺を守るために、思いもよらない方法で彼女を祓おうとする。
「藤代くん。一緒にこの元カノさんとやらを祓いましょう」
絶対に俺のそばにいたい元カノと、異世界帰りの黒聖女による冷たくて熱い戦いが今ここから始まる。
放課後、全部の授業が終わったあとに帰ろうとすると俺の机の中に丁寧に四つ折りになった状態で白い紙が置かれていることに気づいた。
周りにだれもいないことを確認しながら、慎重に中身を開くとこんな文章が書かれていた。
『藤代綾人くんへ。
大事なお話があります。放課後、旧校舎4F一番奥の部室でお待ちしております。
安部真里奈』
慌てて俺はこの手紙をポケットに放り込む。
丸みを帯びた女の子らしい文字ではなくしっかりと丁寧な文字で書かれているのがなんか彼女らしいなと思った。
差出人である安部さんは昨日うちの学校に転校してきた生徒なのだが、さっきまで俺の隣の席で授業を受けていたはずだ。しかし彼女はすでに教室にはいなかった。この手紙から察するに先にこの場所へ向かってしまったのだろうか。
どうしたものかと思っていたのだけれど、転校二日目の彼女を放っておくというわけにもいかず俺は旧校舎へと向かうのであった。
「いや、だからさ。そんなつもりはないって」
スマホを耳に当てつつ、階段をゆっくり上がっていく。
本来なら学校内での緊急以外でスマホを使うのはダメなのだが、この時間に旧校舎の上の階へ来る先生はまずいないはずなのでまず問題はない。
うちの学校の旧校舎は、今は各部活動用の準備室や更衣室として使われている。
一階は運動系。二階は文化系でも吹奏楽部などの人気所が使っている。三階になると文化系でも人が少ないところになる。
で、四階は廃部になって今はもう使われていない部室たちが並ぶ。なので、ここには基本的には誰も居ないはずの場所なのだ。
「うん、もしそうだったとしても……断るから。安心してよ」
そう言って僕はスマホを下ろす。画面は真っ暗のままで何も映り込んではいない。使ってないのだから当然だ。先生がいることは少ない旧校舎でも生徒はいる。独り言だとおかしい人と思われるかもしれないから、こうやってカモフラージュしていたのだ。
しかし、安部さんはなぜこんなところに呼び出したのだろう。
俺は疑問に思いながらも目的の場所へと足を進めていく。
俺も隣の席だったこともあり、色々教えたりはしたのだが、だからって二日目に手紙を置いていくとは……。
とは言えここで彼女が俺に一目惚れしたのかもなんて自惚れることはない。
もしかしたら、俺をからかうためにここに読んだのかもしれない。あるいは女子グループからそんな風にそそのかされたのかもしれない。
そんなことを考えていると目的の部屋にたどり着いていた。
扉には消えかかった文字で何かが書かれていたのだけれど、かろうじて『オカルト研究会』と読むことができた。
一旦息を吐いて自分の心を落ち着かせて何が起きても大丈夫なように心の準備をする。そしてドアをノックした。
「ちょ、ちょっと待ってください」
なにかドタバタした音とともに声が返ってきた。確かに安部さんの声だ。しかし彼女は中で何をしているだろう。
部屋の前で待っていると、肩に何かが触れた気がして振り向く。
だが誰もいない。ああ、今日はどうやら機嫌が悪いらしい。こんなときに俺をおちょくらないでくれと思ってしまう。でもそんなことをしていたおかげなのか少し緊張した気持ちが和らいだ。
「ど、どうぞ。入ってきてください」
ふざけている間に彼女の準備が終わったらしい。
「入るよ」と言って俺は扉に指をかけた。
扉を開けるとそこには祭壇があった。
自分でも何を言っているのかわからないけれど。祭壇だ。
祭壇には火の付いた蝋燭や壺とかが置いてある。そして床には奇妙な魔法陣みたいな物が赤い何かで書かれてる。これ後で片付けるの大変そうだな……。このあまりにも妙な光景に変な感想が浮かんできていた。
そして、肝心の安部さんは……。なんか黒い服を着ていた。
最初にイメージしたのはファンタジーのゲームとか小説で出てくる僧侶が着る法衣だ。
白だったら本当にそういうキャラのコスプレか何かにしか見えなかっただろう。
でも彼女の普段の雰囲気からすれば全く別物と言えるはずなのに黒いその法衣のような服はなぜか彼女に似合っている気がした。
「え、えっと……。その……」
安部さんは恥ずかしそうにこちらをチラチラと見ながら服装を正していた。
俺がこの不可思議な状況に戸惑っていると彼女は顔を赤くした状態で意を決したように声を上げた。
「この服。にっ、似合ってますか!?」
「あー……。うん」
予想していなかった唐突な質問に情けない返答しかできなかった。そんな返答にも関わらず安部さんは俺から顔を背けて「に、似合ってるんだ……」って呟きつつ満足そうな笑みを浮かべる。
彼女は少しの間ニヤニヤとしていたのだけれど、しばらくしてコホンとわざとらしい咳をしたあと我に返ったようだった。
「藤代くん。あの……。今日の手紙で書いてた大事なお話なんだけれどね」
安部さんは先程までの気が抜けた表情から一変して神妙な顔つきになった。
「なにか困ったことはないかな? 変な事が起きたりとか……」
変な事といえば、間違いなく今のこの状況なのだけれど、それを直接言ってしまうと彼女が泣き出してしまいそうとか思ってしまい首を軽く横に振ってから俺は返答する。
「いや、何もないよ」
「そ、そんなわけないです!」
俺の言葉に食いつくかのように彼女がその言葉を否定する。
「本当に何もないわけが……。藤代くん。質問を変えますね」
安部さんは胸元にかかったペンダントを握りしめて言葉を続ける。
「周りに人がいないのに誰かの視線を感じたりしませんか? もしくは誰も話していないはずなのに誰かの声が聞こえたりしませんか?」
俺は言葉を詰まらせた。それは俺の秘密であって他の誰にも知られていなかったことだったから。
「なるほど、その様子だと認識してるんですね」
安部さんは俺が無言でいることが肯定を意味しているのだと判断したようだった。
「あなたの仕業ですね! そこにいるのはわかっているのです!」
と言って安部さんは俺の方を。――正しくは俺の隣りにいる彼女に対して指を向けた。
「へぇ……視えるんだ」
彼女が声を出した。本来ならそれは俺にしか聞こえないはずの声。
赤みの混じったダークブラウンの長い髪を後ろで束ね、白いTシャツとスキニージーンズを着た女性が俺の前に立つ。その服装はあの日からずっと変わっていなかった。
「藤代くん。もう大丈夫ですから! 私がこの方を祓ってみせますから!」
安部さんがペンダントを握りしめたまま彼女に相対する。頭一つ分安部さんが小さいことを除けば、それはまるで怪異とそれを退治しようとするエクソシストが並んでるかのようだった。
――祓う? それは幽霊とかを成仏させるときに言葉だ。遊華が消える?
俺は咄嗟に遊華の前に立つ。彼女を守るように。そして今までにないほどの大きな声を出す。
「駄目だ」
「藤代くん!? 離れてください。そいつは非常に危ない存在なんです!」
安部さんが俺の大声に反論する可能に声を荒らげる。
――そんな訳あるか、遊華は俺の……。
「違う! 遊華は俺の……。俺の元カノなんだ」
「「元カノ?」」
二人のその反応を見て、俺は今の発言が完全な失言だと気がつく。現に先程まで感じなかった寒気がこの部屋中に蔓延し始める。
「ねぇ綾人。元カノってどういう意味?」
振り向けない。背中からチクチクと刺さるような冷たい視線を感じるが今絶対に振り向いてはいけないと直感する。
「私と綾人は! 今も付き合ってるよね!」
その声ととも部屋がきしむような音を立てつつ、床が揺れるような振動を感じる。
やばい、今回はガチで怒ってる。なんとか彼女を鎮めないと。そう思い俺は揺れる床を慎重に進みつつ遊華の前に立つ。そして彼女の頭を撫でるように手を動かす。もちろん触っても感触はないのだが。
「遊華! 俺が間違ってた。だから落ち着いて」
その言葉とともに起きていた現象が収まっていく。
「……ほんと?」
「うん。俺と遊華は今も付き合ってる。俺が悪かった」
遊華は泣きそうな声を出しながら俺に抱きつく。全身にゾクッとした寒さが伝わってくるが今は我慢だ。
少しして完全に現象は収まる。どうやら上手く行ったらしい。
「ねぇ。綾人」
遊華が指を向ける。そこには崩れ落ちたかのような放心状態の安部さんがへたり込んでいた。そして何かずっとブツブツと呟いている。
「あの……安部さん。……大丈夫?」
祭壇は半壊してるし、床の魔法陣もぐちゃぐちゃになっているが、蝋燭の火は全部消えているので火事の心配もないし、どうやら彼女に怪我はないようだった。
「藤代くん?」
気が付いた安部さんも周囲を見回して部屋の悲惨な状況に言葉を失ったようだった。
「えっと……」
片付け手伝おうか? 俺がそう言おうとした瞬間、彼女はむくりと立ち上がる。
そして何故か俺の手を握りしめる。汗ばんだ彼女の手から感じるぬくもりに思わず息を呑む。
「藤代くん。――私をあなたの彼女にしてください。そして一緒にこの元カノさんとやらを祓いましょう」
安部さんの目が座ってた。と言うよりはなんか吹っ切れた感まであるんですが。
この状況でその発言はあまりにもアウトすぎるだろ!? という俺がツッコミを入れる前に「はぁ!?」という氷点下の気温のような冷たい言葉とともに二度目の部屋の揺れが俺達に襲いかかるのであった。