2-15 人形遣い、仲間に裏切られて殺されそうになったら異世界人の婚約者が出来ました。
⚠端末の関係上一字下がりが出来なくなっています。見にくいかと思いますがご容赦くださいませ。
アーテは人形遣いだ。手作りの人形を魔力で操り、時に自立思考させ魔物を狩る。
並の人形遣いよりも強力な魔法を使い、まるで本物のような人形たちを使う。そして彼女を雇うには莫大な金がかかる。
ついたあだ名は金食い虫。
仲間に引き入れると依頼の成功も上がるが支出が増える。
それでもそんな彼女がいいと仲間に引き入れてくれた奇特なヤツらがいた。
そしてそれが嬉しかったアーテは頑張った。できるだけ節約しつつも彼らのために索敵し、戦い、支援した。
その結果……彼女は仲間たちに殺されることになったのだった。
「お前みたいな金のかかる、しかも無駄金使うやつ、要らないんだよ」
どぽんと間抜けな音が一瞬遅れて聞こえた。
さっきまで蔑んでいるようにこちらを見ていた仲間達が、何故か下の方に流れていき、青い空と真っ白な太陽が目を焼いた。
ごぽりと口からでたあぶくがキラキラと水面に登っていくのが綺麗で目で追った。
──あ、湖に落ちた。ううん。落とされた。
どぽん、どぽん。あとを追いかけるように大小様々な人形やぬいぐるみが落ちてくる。全部自分が集めて作り上げた可愛い我が子達だ。
最後に落ちてきた人形、マリアンヌを見てようやく私の間抜けな頭は自体を把握した。
まあ、仲間に裏切られたのだ。まさか殺されるとは思わなかったが、仕方が無いのだろう。
ごぽり、またあぶくが口から離れる。キラキラと登るあぶく。
水に落ちたのだから空気が勿体ないと無意味に手を伸ばしたが当然届く訳もなく。
死ぬ前の走馬灯のような間延びした感覚、感情も息苦しさも全て薄皮1枚向こう側で起きているような乖離感を感じつつも腰のポーチに入れていた呼吸器を取り出す。
スライムを乾燥させて作った呼吸器と呼ばれる浮き袋に水に濡らした──この場合は落ちた時点で勝手に濡れているが。あぶく石と呼ばれる石を入れる。
胸の当たりが締め付けられるように苦しく、今更ながら鼻と喉がとても痛い。急がねばさすがに命が危ない。そんな焦りを抱えつつも何とか記憶の中の指示書に書いてあった通りに体は動いた。
濡れると空気を出してくれるあぶく石、そしてスライムを特殊な加工をした呼吸器、それらを口元を覆うように密着させ、付属のベルトを頭の後ろで締め付けて深く息を吸う、勢いよく入ってきた空気と出ていこうとする水に噎せてしまう、吸うための空気ではなく、吐く時の空気と水だけあぶくとなって呼吸器を貫通して出ていく。仕組みはよく分からない。
原理も仕組みもよく分からないが異世界の知識とを使ったのだと豪語していた商業ギルドのサイトゥから念の為と買っておいてよかった。
この命、500レソ。帰ったら値切ったぶんの4500レソと詫びの酒を買わなきゃ。
そんなことを考えながら水を蹴り、ゆらゆらと落ちていくマリアンヌを抱きしめる。
「起きて、マリアンヌ」
抱きしめて体内で撚り合わせた魔力の糸を繋げると彼女の、薄桃色の魔石を磨いて作った瞳が微かに動き、瞬きをする。
『お母様、兄妹たちを助けたらいいの?』
「ええ、まずはケルピーのハンセを助けましょう」
私の言葉はあぶくに包まれたが海魔の鼓膜を使っている彼女は一言一句違えずに聞き分け、私を抱きしめると少し離れた所に沈んでいくケルピーの人形に向かって尾ひれをしならせた。
海に住む翼と魚の尾を持つ魔物、セイレーンをイメージし、あらゆる素材を組みあわせて作った彼女を見送りつつも私は水面に向かって水を蹴った。
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「それで?これからどうするんだアーテ」
「べつに、この子達の点検が終わったら他のグループに入るかソロで活動するだけだけど」
あれから全ての我が子を湖から回収し、元仲間たちの所業をギルドに報告し、元々の依頼の金を受け取り、その金で酒を買ってサイトゥの工房に向かった。タクノミと言うらしい。
サイトゥが極極たまに出してくれるイモジョーチュやアサヒも飲みつつ、ぬいぐるみや人形達の中で今回の池ダイブで整備が必要な子をゆっくりと整備していく。
「そもそも、どうにも出来ないでしょう?あの人たちは冒険者の決まりで裁かれた後に法で裁かれる。私はこの子達の手入れでお金と時間が飛ぶ。……ああ嫌だ。治安兵に話をしに行かないといけないのね……めんどくさいわ、できるだけ厳罰にして欲しいと金も握らせないと」
「人形遣いも大変だね」
人形遣い、それはゴーレムマスターの派生の職種。
人形を魔力出紡いだ糸で意のままに操ることが出来る人達。木片を単純に繋いだ物や石なんかに予め術式を付与し、爆発魔法を付与して囮や、遊撃。支援や回復の術式を刻めば仲間たちの間にを使ったものが主流だが、形や間接などがより本物らしく動くものの方が攻撃などの威力も上がるらしい。
そしてそうしてこだわって作るものはどれも高い。
人形の出来が良ければ良いほど能力は上がるが維持費もかかれば制作費もかかるのだ。
私の場合はサイトゥとの共同作成や自作もできるからまだマシだが、一流の人形師が一流の素材で作る人形で城が建つとも言われている。
そのため、人形の出来に拘るような人形遣いのほとんどの場合が、貴族の姫の可愛らしい護衛か、旅芸人に身をやつしているのが現状だ。
「アーテもさ、もっと実用的な人形にしたらいいんだよ。自爆機能とか、実際冒険者のほとんどの人形遣いが動く爆弾程度にしてるんだろう?」
「うるさいわね、そんな残酷なこと、たとえどんなに楽になろうともするわけないでしょう」
私の人形やぬいぐるみは高い。そして繊細だ。強力な力を秘めてはいるがこまめな整備が必要だし、それとは別に服屋などにお願いして高いレースや布を買って服をそれぞれの子のために作ったりもしている。
用途別に30を超える子達がいるため、維持費が馬鹿にならない。
一般的な人形遣いの必要経費が術式を刻む魔術師への依頼料がほとんどを占めるのに対し、30を超える我が子達の日々の整備に使う材料費、そして新しい子の開発費、色んなものを思いつき、開発するサイトゥへの依頼費など、私の場合は多岐にわたる。
依頼の成功報酬はギルドによる平等分配方式と貢献度で変わる方式の2パターンあり、私たちは貢献度方式だった。
仲間たちも1番魔物を倒したり、支援をしたりとはいえ、理解のできない私の、人形への愛情や魔物素材の割り当て等納得いっていなかったのだろう。かといって殺していい訳では無いが。
金、金、金。この世で生きるには金が必要だ。そして住む場所。新しい街に移動すると言われて部屋を引き払ってしまったのだ。人形たちの手入れにかかる金、当座の部屋代、治安兵たちに払う賄賂。今回の依頼で割り当てられた成功金じゃとても足りない。どうしてもため息ばかり落ちてしまう。
「……なら俺の部屋に住まないか?」
「はあ?」
未婚の男女がひとつ屋根の下。その言葉のあまりのはしたなさに思わず眉を寄せてしまう。私の信仰している神が貞淑を重んじているのはサイトゥも知っているはずなのに。
「お前と道具を作るのがこの世界に来て1番楽しかったんだ。異世界の素材、異世界の常識、異世界の技術!何よりもお前の柔軟な発想!ここに落ちた時にお前に拾われた恩もまだ返せていない。だから、暮らしてみないか」
「……部屋、とても狭くなるわ」
「知ってる。だからギルド長にローンという概念を教えて元貴族の屋敷の一等地を買った」
「まだ承諾してないんだけど」
「お前が承諾しなくても行先はそこだ」
「……私たちただの顔見知りよね?」
「顔見知り兼命の恩人、共同開発者、そしていま、一緒に住んでもらおうと結婚を前提に婚約を申し込んでる」
「貴方が異世界から来た人間だと知らなかったらハレンチな結婚詐欺師だと頬を叩いているところだわ」
自慢げな顔でこちらを見下ろすサイトゥの頬をひねってから自身の右手につけていた銀の指輪を外して相手に預ける。
「婚約でいいのね」
「嗚呼、婚姻はまだ早いだろう。それに断りづらい状態で結婚しても意味が無い」
「婚約もそう思って欲しかったけど」
「それはそれ、これはこれだ」
ふふん、と鼻を鳴らす相手にそっと魔法をかけると無骨な銀の指輪から茨のような模様が幾重にも浮かぶ。貞節を重んじる女神の戒めの茨だ。
「花乙女の聖なる茨。私がその家に滞在している間に浮気をしたらその指が腐り落ちるわ」
「……熱烈だなぁ」
少しだけ、頬が熱くなる。サイトゥは知らないと思うがこの魔法の茨は、魔法をかけた本人の相手への気持ちの強さを表しているのだ。絶対に、教えてはあげないけど。
「顔が赤い。飲みすぎか?ほら、少し水飲んで休むといい、奥にカウチがある」
本当は膝枕くらいしたいがな、と呟くサイトゥに呆れながら隣に座る。膝に落ちた人形たちの整備で出たゴミを床に落とす。
「これくらいなら女神もお目こぼししてくれるでしょう。肩貸して」
サイトゥの少し変わった匂いを嗅いでいるととろとろと瞼が降りてくる。
「ゆっくり休め」
囁くような声を聞いた気がした。