第8話 フェスタ開幕
フェスタ当日。
会場となる大広場は、大勢の市民で賑わっている。
買い食いをする者、ダンスを踊る者、大道芸を楽しむ者、とにかくはしゃぐ者、皆がそれぞれの楽しみ方をしている。
ミラベルは国から指定されたスペースに「シチュー屋」の露店を建て、調理を開始する。カレンの店で一ヶ月間鍛えた腕の見せ所である。
野菜と肉を入れ、小麦粉を加え、水をたっぷり入れ、グツグツと煮込む。
鍋の中には、エルトの舌を唸らせたミラベル風特別シチューが完成する。
「さあ、いらっしゃーい! いらっしゃーい! おいしいシチューはいかがー!」
市民たちがシチューの匂いにつられて集まってくる。
「シチュー一杯ください」
「ありがとぉ」
食べた客の反応は上々だった。
それがさらなる客を呼び、連鎖的に客が増えていく。
「シチューください!」
「一杯ください」
「おお、うまそうだな……」
飛ぶように売れる、売れる、売れる。
「私、毒作りやめてシチュー専門店でもやった方が儲かるかも」
こんな軽口まで飛び出す。
「繁盛してるじゃないか」
ミラベルが振り返ると、カレンがいた。約束通りフェスタに顔を出してくれたのだ。
「それじゃ、シチューをもらおうかな」
「毎度!」
差し出されたシチューを食べたカレン。
「うん、おいしい!」
「カレンさん、ありがとう!」
「それじゃあたしの知り合いが他にもいるからもう行くけど、しっかりやりなよ」
「うん、全部売り切っちゃう!」
カレンがいなくなってからもシチュー屋は好調だった。
しかし、売れば売るほど、ミラベルは思い出してしまう。
自分の本当の目的を。シチューを売って儲けるためにこのフェスタに店を出しているわけではないことを。
まもなく、フェスタの空気が変わる。
「第一王子が来られたぞ! 第二王子もだ!」
ついに来た――標的エルトラン・ヘリオドール。
エルトランはさまざまな店を回っていずれこの店にも来るだろう。
その時毒を盛れば、自分を婚約破棄した相手に意趣返しでき、クレーディア家の名誉は回復され、自分も貴族としての生活に戻れる。いいこと尽くめである。
しかし、決心がつかない。
やがて――
正装に身を包んだ王子エルトランがやってきた。大広場で見かけた弟とは違い、部下は引き連れていない模様。
顔を見たこともない元婚約者と、初めて顔と顔を合わせる。
毒殺の決心はまだ固まってない。せめて堂々と向き合ってやる、とミラベルは顔を上げた。
「……」
ミラベルは我が目を疑った。
「おいしそうな匂いだけどここはシチュー屋か。一杯食べさせてもらえるかな?」
「エルト……!?」
目の前に立っている青年は昨日までとは恰好こそ違うも、顔は紛れもなくエルトだった。
穏やかな笑みを浮かべている。
「どうして……」
「黙っていてごめんよ」
驚きつつもミラベルは心のどこかでこうなる予感をしていた。
数々の出来事からエルトがただの庶民ではないことは分かっていたし、なにより第二王子ディゴスにはエルトの面影があった。
そう、心のどこかでは気づいていたのかもしれない。
しかし、信じたくなかった。エルトランは非道で、毒を盛られて当然な人間であって欲しかった。
「さあ、早く。シチューを」
シチューを催促するエルトことエルトラン。
むろん、これは「シチューを食べさせてくれ」という意味ではない。「自分を毒殺してくれ」という意味である。自分を踏み台にして名誉回復しろ、と言っているのだ。
「できないよ……」
首を振るミラベル。
「しかし、やらなければ君は浮かび上がれない。やるしかないんだ。さあ、早くシチューを」
あくまで拒否するミラベル。
「何をしている……毒は持ってきてるだろう。さあ、早く」
ミラベルは泣きそうな顔で問いただす。
「じゃあ、せめて聞かせてよ……。どうしてそんなに死にたいの!?」
エルトランはゆっくりと口を開く。
「僕に弟がいるのは知ってるだろう」ディゴスのことである。「彼も国王になりたがっている」
「え……」
いつか酒場で聞いた噂話がよみがえる。
第二王子ディゴスは王位を狙っている、と。
「そのため、僕が幼い頃から弟を王にしたい一派はあれこれ工作を重ねてきた。それはもう、うんざりするほどに」
ミラベルとて貴族令嬢、後継者争いの恐ろしさはよく知っている。
それが王家ともなれば内容の深刻さ陰湿さも段違いだろうと想像がつく。
「おそらく僕の名前を使って、君を婚約破棄したのもその一派だ。君を陥れ、恨みを抱かせ、僕を毒殺する動機ができるよう仕組んだんだろう」
これであの前代未聞の婚約破棄劇も納得ができた。
ミラベルとエルトランが一度も顔を合わせることがないよう婚約破棄騒動を起こし、家ごと没落させ、彼女が毒殺を決意できるような土壌を作り上げた。
当のエルトランもこれに抗議するような気力はなく、こんなことがこれからも続くのなら……とついに自害を決心した。そして、彼女の元を訪ねたのである。
そこからは『自分の毒殺計画の共犯になる』という妙な展開になってしまったが。
「この一ヶ月、本当に楽しかった。もう思い残すことはない。さぁ、シチューをくれ」
「できないよぉ……」
「ミラベル……」
シチューを出そうとしないミラベルに、エルトランも戸惑ってしまう。
このままでは市民の注目を浴び、厄介なことになってしまう。
「おや、兄上じゃないですか」
そこへもう一人の王子がやってきた。
第二王子のディゴスだ。
エルトランと違って数人の兵士を引き連れている。
ミラベルの店に、王族が二人もやってきてしまう格好となった。