第6話 毒草を求めて
フェスタまで一週間を切った。
今日酒場は休みなので、ミラベルは自宅でエルトとシチュー作りをしていた。
「どぉう?」
「うん……すごくおいしいよ!」
ミラベルのシチューはかなりのレベルに仕上がっていた。
少なくともエルトに初めて試食させた時とは比べ物にならない。
「いやー、この三週間酒場で修行したかいがあったわねぇ」
「カレンさんにも感謝しないとね」
「ホントよぉ。もう足向けて寝られないわ」
笑い合う二人。
エルトが真剣な表情になる。
「ところでミラベル」
「ん?」
「第一王子はどんな毒で毒殺するんだい?」
ミラベルはハッとする。
「そういえばそうねえ。全然考えてなかったわぁ」
毒殺の主役はやはり毒である。毒を盛るためのシチューは、いわば補助役に過ぎない。
「フェスタでシチューに毒を盛るんだよね?」
「そうよ」
「だったらある程度遅効性の毒の方がいいんじゃないかな。シチューを食べてすぐ苦しんだら君が疑われてしまう」
「そうねぇ、だったらうってつけの毒が……」
ここでミラベルは――
「あーっ!!!」
「ど、どうしたの?」
「私が作ろうとしてる毒には『ヒドレア』って毒草がいるんだけど……それ採ってこないと!」
「ええっ! 毒を常備してないの?」
「うん……毒をここに保管しておいて、盗まれたりしたら大変なことになるでしょ。だから殺傷力の高い毒はなるべくその都度作るようにしてるの」
「なるほど。それでヒドレアはどこにあるんだい?」
「王都から少し離れた……グレンの森に生えてるわ」
「あそこは……猛獣もいるね」
「うん、薬草専門の行商人から売ってもらえることが多いんだけど、そう都合よく来るとは限らないし……私が行くしかないわねぇ」
「だったら僕も行くよ!」
「え、エルトが?」
「うん、君のことは僕が守るよ」
剣の腕を知った今となっては頼もしいエルトの言葉に、ミラベルも甘えることにする。
「ありがとう、エルト! じゃあ、一緒に行きましょ!」
二人は家を出て、王都の西にあるグレンの森を目指した。
***
森にたどり着いた二人。
「さ、ヒドレア探しにレッツゴー!」
「行こう!」
はりきって森を歩く二人。
しかし、ミラベルの方が森歩きにはるかに慣れている。草をかき分け器用にぬかるみを避け、進むスピードが違う。
「は、速いねミラベル。こういう森にはよく来るのかい?」
「まあね、森は毒の宝庫だもの」
歩き続ける二人。
毛虫が出る。
悲鳴を上げるエルト。
「うひゃああああああっ!?」
「大丈夫ぅ?」
「け、毛虫が……」
「ほらどけてあげる」指でつまんで平然と捨ててしまうミラベル。
「よく平気だね……」
「普段から毒草や毒虫を扱ってるもの。虫を怖がってたら商売にならないわぁ。カレンさんがお酒を怖がっちゃうようなもんよ」
「なるほど……」
にんまりと笑うミラベル。納得するエルト。
さらに奥へと進んでいく二人。
30分ほど歩いたところで、ようやく毒草『ヒドレア』を発見する。
ミラベルが手袋を使って慎重に採取する。
「やったわぁ」
「これで……毒殺もバッチリだね!」
喜ぶエルトとは対照的にミラベルは複雑な表情をしている。
「うん……」
あとは引き返して森を抜けるだけ。
というところで、茂みからガサガサと音がする。
「ん?」
「なにかしら?」
現れたのは緑色の熊――グリーンベアだった。
緑という穏やかそうな体色とは裏腹に、テリトリーへの侵入者に対しては非常に凶暴である。
「グルルルルル……!」
ミラベルはもちろん対策なしで森に入ったわけではない。ちゃんと武器を持っている。
熊をも昏倒させる矢を塗ってある吹き矢だ。
「これで――」
「ガアアアアアアッ!!!」
しかし、グリーンベアの吼える声に驚いて、落としてしまう。
「ああっ!」
すかさずエルトが熊の前に立ちはだかる。今日の彼は剣を持参していた。
「ミラベル、君は僕が守る!」
「エルト!」
グリーンべアが立ち上がり、勢いよく前脚を振り下ろす。
エルトもそれを華麗にかわす。
「でぇやぁ!」
そこへ一撃!
傷を負ったグリーンベア。「まだやるのか!」と叫ぶエルト。
手強いと判断したのか、迫力に圧倒されたのか、グリーンベアは逃げていった。
「ふぅ……」
緊張が解け、エルトは大きく息を吐く。
「ありがとう、エルト!」
「いや……君が無事でよかったよ。さあ、帰ろう!」
***
自宅に戻り、採取したヒドレアと数種の毒草を調合して、毒薬を作るミラベル。
知識がなければただの雑草にしか見えないヒドレアが瞬く間に、粉薬になっていく様子は、エルトからすれば魔術を見ているようであった。
「完成!」
「この粉が毒薬?」
「そうよ。王子様が食べるシチューに混ぜれば、あの世行きってわけ」
「どんな風に死ぬんだろう?」
「効果が出るのは摂取してから一時間後ぐらい。心臓と呼吸が止まって、そのままバタンって感じになると思うわぁ」
「一時間……それなら君が疑われる心配もまずないね! 大丈夫、絶対やれるさ!」
「うん……」
毒殺に乗り気のエルトとは裏腹に、ミラベルの表情はやはり暗いままであった。