第5話 二人で城下町を歩こう
第一王子エルトランを毒殺しなければならないフェスタまではあと十日余り。
今日もミラベルとエルトの二人は、酒場で働いていた。
「ミラベルちゃん、酒くれーっ!」
「はぁ~い」
「ミラベルちゃんってパッと見不気味だけど、見慣れると可愛いよなぁ」
「あらぁ、嬉しいこと言ってくれちゃって」
貴族令嬢でありながら、ミラベルはすっかり看板娘の風情だ。
一方のエルトも食器洗いをカレンに褒められる。
「エルト君、だいぶ上達してきたじゃないか」
「ありがとうございます!」
「しかし、あたしも色んな人間に出会ってきたけど、あんたみたいに楽しんで皿洗いする人間も珍しいよ」
「今までこうやって働いたことがなかったので……」
「そうかい。ま、フェスタの日まではしっかり頼むよ」
「任せて下さい!」
……
昼の3時頃、カレンが二人を呼びつける。
「ちょっとー、二人とも!」
「なぁに?」
「なんですか?」
「買い物を頼みたいんだけど……二人で行ってきてくれないかい?」
財布とメモを渡される。買う物はパンや野菜など、ありふれたものだった。量も大したことはない。
「これぐらいなら、どちらか一人が行けばいいのでは……」とエルト。
「まあいいから、いいから。二人でゆっくりしてきなよ。ね?」
ウインクするカレン。
カレンの言わんとしていることが分かり、喜ぶミラベル、照れるエルト。
「ありがとね、カレンさん。じゃあ行こうか、エルト」
「うん」
二人の背中を見つめ、カレンは「若いっていいねえ」とつぶやいた。
***
城下町を並んで歩くミラベルとエルト。
「とりあえず、野菜から買いましょうか」
「そうだね」
八百屋で言われた通りの野菜を買う。
「じゃあエルト、お金出して」
エルトが、カレンから預かった財布から硬貨を取り出す。
「これで足りるかな?」
明らかに硬貨慣れしていない手つきである。
「多すぎよぉ。もしかして、自分であまり買い物もしないの?」
「う、うん……」
「じゃあ私が払ってあげる」
ミラベルが支払い、事なきを得る。
「いやー、ありがとう。恥ずかしいところを見せちゃったね」
「別にかまわないけど、ホントいいとこのお坊ちゃんなのねぇ。服装は庶民的なのに」
エルトには不審な点が多いが、ミラベルはそれに関してはあまり根掘り葉掘り聞くことはしなかった。
なにしろ少し前までは死にたがっていた青年なのだから。
歩いていると、悲鳴が聞こえてきた。
「なんだろう?」
「あっちから誰か走ってくるわぁ!」
走ってきたのは、見るからに人相の悪い男だった。
「ひったくりよー!」
男の手には女物の赤いバッグがある。これが盗品である。
「どうしよう……!」
おろおろするミラベル。
「ここは僕に任せて」
エルトは近くにあった木材を、剣のように構えた。
気弱なエルトが戦えるとはとても思えない。
「やめた方がいいわよぉ!」叫ぶミラベル。
「どけやガキィ!」ひったくりが突っ込んでくる。
しかし、勝負は一瞬だった。
「せやっ!」
ひったくりはエルトの攻撃で倒された。肩に強烈な一打を浴びたのだ。
「う、うぐぐ……! ち、ちぐしょ……!」
しかし、ひったくりはまだ足掻こうとしている。
すかさずミラベルが懐から瓶を取り出す。
それを地面に垂らすとジュワッと嫌な音がした。万一のためにと持っていた護身用の毒である。
「大人しくしてねぇ。動くとこれかけちゃうわよ?」
「ひ、ひええ……!」
たまらず、借りてきた猫のように大人しくなる。
二人の力でひったくりはお縄になった。
「やったわねぇ、エルト」
「うん!」
「それにしてもあなた、あんなに剣術が得意だとは思わなかったわ」
「幼い頃から、たしなみとしてやっていたからね」
「ふうん……」
町民がたしなみで剣術をやるわけがない。貴族でもよほど裕福でなければ――
しかし、ミラベルはやはりそれ以上は尋ねなかった。
代わりに次行きたい場所を持ちかける。
「ねえ、フェスタ会場に行かない? 下見しておきたいし」
「いいよ!」
フェスタが開かれる大広場へ向かう。
すると、こんな声が聞こえてきた。
「ディゴス王子が来てるぞ」
「フェスタの下見か……熱心だな」
「人気取りに必死なんだろ」
第二王子が来ているという情報に、ミラベルが目を輝かせる。
「エルト、王子様が来てるんだって! これは一目見ておかないと!」
「……! あ、いや、僕はいいや。やっぱり君一人で行ってきてよ」
先ほどまで乗り気だったのに、態度を翻すエルト。
「そぉう? じゃあ一目だけ見てくる!」
フェスタ会場となる大広場に到着したミラベル。
町民たちの会話通り、数人の兵士を連れた男がいた。豪奢な身なりからして、周囲とは一線を画している。
「あれが……ディゴス王子?」
さすがに近寄るわけにはいかないので、ミラベルは遠くから第二王子を見る。
ディゴスは金髪で目鼻立ちは整い、なにより自信に満ちた表情をしていた。
「ふーん……王子様ってやっぱりハンサムねえ」
しかし、ふと何かに気づく。
「誰かに……似てるような……。面影があるような……」
下見を終えたらしいディゴスは大広場を出ようとする。
その時、たまたまミラベルと目が合った。
すると――
「え……」
ミラベルを見たディゴスはうっすらと微笑んだ。
市民に向けた愛想笑いとはまた違う。なんというか、悪意を秘めた笑みに思えた。
しかし、ミラベルには彼の真意を推測する術など持たなかった。
「なんだったのかしら、今の……」
その後、ミラベルはエルトと合流する。
エルトの顔をじっと見つめるミラベル。
「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」
「……ううん、なんでもない! 酒場に戻りましょ!」
この日の酒場仕事はこれで終わった。
第一王子毒殺のためのフェスタは近い――