第4話 ミラベルとエルト、酒場で頑張る
翌日からカレンの酒場にて、本格的なシチュー修行が始まった。
姿勢正しく、挨拶するミラベルとエルト。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
これにカレンは苦笑する。
「なにもそこまでかしこまらなくても」
二人を厨房に連れていき、腕まくりするカレン。
「でもま、せっかくだからあたしのシチュー作りを見せてあげようか」
鍋を用意するカレン。
「牛肉や豚肉、それから野菜をたっぷり入れて……」
説明しながら鍋に材料を入れていく。
「とろみをつけるために小麦粉も入れる」
うなずきながら聞く二人。
「それからたっぷり水を入れて、コトコト煮込むって感じだね」
「ずいぶんシンプルなのねぇ」
「だからこそ奥が深いってもんさ。あたしだって今の味を出せるまでに結構苦労したんだ」
「なるほどねぇ」
「とりあえず、小さな鍋で色々作ってみることだね。いずれ自分なりの味ってやつにたどり着けるさ」
「はいっ!」
「はい」
カレンが厨房は自由に使っていいと言ってくれたので、さっそく二人はシチューを作ってみる。
「どぉう?」試作品第一号を食べさせるミラベル。
「おいしいよ。でもまだまだカレンさんには及ばないかな」
「だよねぇ……」
「アハハッ、そう簡単に及ばれちゃったらあたしの立つ瀬もないからね」
豪快に笑うカレン。
もちろん、ずっとシチュー作りをさせてもらえるわけではない。
適宜酒場の手伝いも行う。
「ミラベルちゃん、このお酒あっちのテーブルに持っていってー!」
「はぁ~い」
「エルト君、お皿洗ってくれる?」
「分かりました!」
カレンの指示に従い、一生懸命働く二人。
力を合わせ料理の盛り付けをする。
「あなた、いいとこのお坊ちゃんのくせに頑張るわねぇ」とミラベル。
「君こそ令嬢なのに、すごい働きぶりじゃないか」
「私は令嬢といっても勘当されてる身だからねぇ。こういうお仕事に抵抗はないわぁ」
「勘当……そういえば君はエルトラン王子に婚約破棄されて……」
「そうそう! 顔も見たことない王子に婚約破棄されちゃったの! おかげで家は落ちぶれて、私は追い出されて……毒を作ってたら毒の沼に落ちちゃったって感じよぉ」
笑いながら過去のトラウマを話すミラベル。
一方、エルトは深刻そうな表情を浮かべる。
「ってなんで、あなたがそんな顔するのよ。自分が元凶みたいな顔しちゃって」
「いや……」
「でも悪い事ばかりじゃないけどね」
「え……?」
顔を上げるエルト。
「だって、一人で毒を作る生活もなんだかんだ楽しくはあったし、そうしてたおかげであなたとも出会えたしねぇ」
「ミラベル……」
ミラベルらしからぬ屈託のない笑顔に、エルトも顔を赤くする。
「だけど、ずっとこのままってわけにもいかないからねぇ。私自身、どうにかしなきゃって思いはずっとあったわ」
「ひょっとして、フェスタの件も……?」
「そうよぉ、成功したら家を再興してもらえることになってるの。依頼主はそれぐらいのことができる人なんだって」
「そうだったのか……」
エルトは勇ましく言う。
「だったら……この“仕事”、絶対成功させなきゃね!」
「う、うん」
いつになく強い口調のエルトに、ミラベルも押され気味となった。
……
酒場のテーブル席で二人組の男が酒を酌み交わしている。
二人とも大工である。
「最近は景気のいい話ねぇなぁ……」
「俺は王宮の補修工事に行ってきたぜ。金払いもよかった」
「ちっ、いいねえ! お偉いさんにゃ会えたのかい?」
「ああ、王子様に一人な」
「へぇ~」
たまたま給仕をしていたミラベルは「王子」という言葉が気になり、耳を傾ける。
「王子ってことは未来の王様ってやつかい?」
「いや……その弟だな」
「弟?」
「ああ、弟のディゴス……ディゴス・ヘリオドールだ」
聞き耳を立てているミラベルにとっては、婚約者だった男の弟になる。
「どんな奴だった?」
「ゾロゾロと大勢部下引き連れて、いけ好かねえ若造って感じだったな」
「ま、王子なんてのはそんなもんじゃないのかい? 偉そうにするのも仕事のうちだろ」
「まぁな。それにこのディゴス、ちょいと黒い噂もある」
「黒い噂?」
「なんでも兄貴から王位を分捕ろうとしてるなんて話があるんだ」
「王家も色々ときな臭いんだなぁ。ま、どっちが王になろうとかまわんけど、景気は良くしてほしいな」
「まったくだ」
他愛ない話に戻る二人。
「おーい、姉ちゃん! 酒だ、酒!」
「はぁ~い」
ここからミラベルも忙しくなり、ドタバタしつつこの日の仕事は終わった。
……
仕事の合間のシチュー研究も、順調に進んでいく。
コトコト煮込んだシチューをエルトとカレンに食べさせる。
「どぉう?」
食べた二人の反応は――
「うん、おいしいよ! しかもカレンさんの味とはまた違う、独特の味に仕上がってる!」
「なにしろ私、毒作りが得意だもの」
「ああ、スジがいいよ、あんた!」
「えへへ……」
二人に絶賛され、嬉しそうに微笑むミラベル。
フェスタまでは残り二週間。このままいけばシチュー作りに関しては問題なさそうだな、とミラベルは思った。