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第3話 毒殺はどうせならおいしいシチューで

 翌日、ミラベルとエルトは城下町の中心地で待ち合わせをした。

 ミラベルは相変わらずの毒々しいドレスで、エルトは庶民的な服装である。


「それじゃ、行きましょうか」


「うん」


 町を歩き、さっそくあるレストランに入る。

 二人でシチューを注文し、白いシチューが出てくる。


「これは……おいしそうねぇ」


「うん、きっとミルクを使ってるんだろうね」


 さっそく食べる二人。みるみる表情が明るくなる。


「おいひいわぁ!」


「ふんわりとしたとろみと甘みがあって、とても優しい味だね」


「よし、決まり! ここのレストランで修行させてもらおう!」


 ミラベルは店主に頼みに行くが――


「一ヶ月だけ? しかもシチュー作りだけを習いたい? 悪いけど、うちもそんなに暇じゃないんだよねえ……」


 あっさり断られてしまった。

 しかし、ミラベルはへこたれない。


「もう一軒行きましょ、もう一軒!」


「君の行動力はすごいなぁ……」エルトも感心する。


 しかし――


「うちはシチューだけの店じゃないからねえ」

「お嬢さんのお遊びに付き合ってる暇ないよ」

「人手は足りてるんでね」


 どの店も忙しく、「シチュー作りを教えて欲しい」という頼みは聞いてもらえなかった。


 さすがのミラベルも落ち込んでしまう。


「うう……」


「仕方ないよ。みんな、それぞれの事情や生活があるんだから」


「そうねぇ……」


 疲れている様子のミラベルを見て、エルトが提案する。


「そうだ、どこかで一休みしない? 休憩しながらゆっくり次の手を考えようよ」


「ええ、そうしましょうか」


 近くにあった酒場に入る二人。


 カウンター席に座ると、若い女主人が注文を聞いてきた。明るめの短めの赤髪で、気の強そうな美人である。


「おや、二人とも若いね。何を飲むんだい?」


「えーと……」口ごもるミラベル。「私、お酒は遠慮しておこうかしらぁ」


 もちろん理由はあった。


「私毒を扱う仕事してるでしょ。万が一にも事故が起こっちゃいけないから、お酒は控えてるのよねぇ」


 エルトはうなずくと、


「僕も……お酒はあまり飲めなくて」


 二人は悩んだ末、女主人にこう注文した。


「シチューってある?」

「シチューってあるでしょうか?」


 これを聞いた女主人は笑った。


「アハハ、面白いお客だね。酒場に来てシチュー頼むだなんて!」


「すみません……」謝るエルト。


「いやいや、ウチはそんな心の狭い店じゃないからね! シチューもあるし、出してやるよ!」


「え、ホント? やったぁ!」喜ぶミラベル。


 まもなくシチューが出てきた。

 具は肉と野菜、オーソドックスな茶色いシチューである。


「いただきまぁす」

「いただきます」


 一口食べた瞬間、二人は目を丸くした。


「おいしいっ!」


「うん、おいしい!」


 シチューをあっという間に平らげる二人。


「おいしかったねー」


「うん、シンプルながらコクがありまろやかで、なぜだか懐かしさを感じる味だ……」


「なかなかいい食レポじゃない、エルト」


「ありがとう」照れるエルト。


 そして、ミラベルは女主人に顔を近づける。


「お願いがあるの!」


「なんだい?」


「私にこのシチューの作り方を教えて!」


「へ?」


 必死に訴えるミラベル。

 ここでダメなら仕方ない、だからこそ今までにも増して心がこもった懇願となった。


「僕からもお願いします!」


 エルトも援護射撃をする。


「お願いします!!!」


 二人揃って頭を下げる。


「なんなんだ、あんたら?」


「しがない令嬢よぉ」

「しがない青年です」


「ぷぷっ、なんだいそりゃ!」


 二人の自己紹介に思わず吹き出してしまう女主人。


「そんなしがない二人が、どうしてシチューの作り方なんか知りたいんだい?」


「えーと、実はシチューで第一王子を毒……」

「僕たち、フェスタに店を出すんです!」


 失言しそうになったミラベルを、慌ててフォローするエルト。危うくまたも計画を漏らすところだった。


「ありがとぉ……」


「頼むよ……」


 エルトから「ミラベルはフェスタに店を出す予定で、シチュー修行がしたい」という旨を説明する。

 女主人は少し考えた後、笑顔でこう答えた。


「いいよ、お安いご用さ。ただし、酒場の仕事もある程度手伝ってもらうけどね」


「ありがとう! やったね!」


 ミラベルに微笑まれて、エルトもはにかむ。


「あたしはカレンっていうんだ。よろしくね」


 酒場を手伝う代わりに、女主人カレンからシチュー作りを教えてもらえることになった。


「じゃあさっそく教えてちょうだいな」


「ちょーっと待った」


 乗り気のミラベルを、カレンが遮る。


「初日からいきなり教えてもらおうなんてちょっと甘いんじゃないのかい。今日のところは食器洗いでもやってもらおうかな」


「え~……!」


「まあまあ、シチュー作りは教えてもらえるんだし、いいじゃないか」


「うん、そうねぇ」


「じゃあカウンターのこっち側に入ってきてくれ」


 カレンに指図通り、食器洗いを始める二人。


 ミラベルは手際よく酒瓶や皿を洗っていく。


「ん~ふふふ……毒を扱えどお皿は綺麗に~」


 ただし奇妙な歌を歌いながらではあるが。


「すごいね、スピードも速いし綺麗だ」


「まあね~、毒を扱う身としては容器も扱い慣れてるもの」


 一方、エルトは非常にモタモタした手つきである。


「あなたは下手ねえ」呆れるミラベル。


「面目ない……食器洗いをしたことがなくて……」


「へぇ~、あなた結構いいとこのお坊ちゃんだったりする?」


「う、うん……まあね……」


「なにしろ毒薬を欲してたぐらいだもんね。色々あるわよねぇ。だったら私が食器洗いを教えてあげる!」


「え、いいの?」


「もちろんよぉ」


 ミラベルはエルトに食器洗いのコツを教えると、エルトの手つきも多少は改善された。


 やがて、溜まっていた食器が全てなくなる。


「お疲れさん! 二人ともよくやってくれたよ!」


 喜ぶカレン。


「ありがとう!」


「ありがとうございます」


「じゃあ今日のところはこれぐらいにして、また明日来ておくれ。明日はちゃんとシチューの作り方を教えるから」


 二人は酒場を出る。


「エルト、今日は楽しかったわぁ」


「僕もだよ」


「少しは“死にたい”って気持ちがなくなった?」


「うん……まあ、そうかな」


 これを聞いて、ほっとするミラベル。


「それじゃ明日も頑張ろうねぇ」


「うん、頑張ろう!」


 手を振って別れる二人。

 ミラベルは王都郊外の自宅へ。そして、エルトは――


「さて、急いで城に戻らないと……」

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