第2話 毒作り大好き令嬢と死にたい青年
「……え?」
ミラベルは自分の耳を疑った。今エルトという青年はこう言ったのだ。
「死ぬための毒薬を売って欲しい」と。
他殺の次は自殺の依頼か、とミラベルも困惑してしまう。
「とりあえず……ここでする話じゃないわ。中に入ってくれる?」
「お邪魔します」
エルトを先ほどの仮面男のようにソファに座らせ、対面する格好となる。
「あなたはなんで死にたいの?」
「え?」
「なんで死にたいのって聞いてるの」
「……」
エルトは答えようとしない。
「死にたい理由も言えないのに、毒薬なんて売れないわよ」
さらに強く理由を問いただすミラベル。
「僕は……生きていてはいけない人間なんだ」
絞り出すように、エルトは口を開く。
「生きてたらいけない人間なんていないわよぉ」
と言いつつ、先ほど第一王子の毒殺を引き受けたことを思い出し、内心苦笑するミラベル。
「いや……僕が生きていると、いざこざが起きて、大勢の人が迷惑するんだ」
「あなたのせいで……? 絶対考えすぎよぉ!」
そう励ますも、エルトの暗い表情は変わらない。
生半可な言葉では効果はなさそうだ。ミラベルもカウンセリングの経験などないので、どうしていいのか分からなくなる。
やがて、エルトがあるものに目をつけた。
「これは?」
「ああ、それ金貨が入ってるの」
仮面の男が残していった金貨袋である。
「なにかの仕事の報酬?」
「うん、そうなのぉ。さっき第一王子の毒殺を頼まれちゃって、その前金だって。成功したらもっともらえるの」
「え……」
しばしの沈黙。
そして、ミラベルが絶叫する。
「ああああああああああああああああああっ!!!」
とんでもない失言をしてしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 今の内緒にしてもらえない!?」
エルトに懇願する。
「う、うん……いいよ。誰にも言わないよ」
「ありがとぉ~、あなたいい人ね!」
エルトの手を握るミラベル。異性との触れ合いに慣れていないのか、エルトは赤面する。
すると、エルトは立ち上がった。
「さてと、僕はもう行こうかな」
「あらぁ? もういいの? 毒薬は?」
「うん、僕の用事は済んだようなものだ。お仕事、頑張ってね」
エルトは今にも存在が消え去りそうな儚い笑顔を見せる。
ドアに向かって歩いて行くエルトの後ろ姿は、濃厚な死の匂いが漂っていた。
ミラベルが「ここで放っておいたら彼は死ぬ」と確信してしまうほどに。
「ま、待って!」
「?」
呼び止めたものの、いい励ましが思いつかなかった。
ミラベルの頭が高速回転する。
今にも消えそうな彼を生きさせるには「何か生きる目的を与えてやらねばならない」という結論に達した。
そして――
「エルト! あなた……私の王子毒殺手伝わない?」
「……!」
「ほら、私も人を毒殺するなんてやったことないし、どうせなら共犯者がいた方が心強いな~と思って……」
もじもじしながら物騒な勧誘をするミラベルに、エルトは穏やかな笑みを浮かべる。
「うん、いいよ。僕でよければ」
「ホント!?」
これでエルトの命を延ばすことができた。少なくとも王子毒殺を決行する一ヶ月後までは。
ミラベルは両拳を握る。
「よーし、私らで頑張って第一王子毒殺しよう!」
「う、うん」
「えいえい、オーッ!」
「おー」
「声が小さい!」
「オーッ!」
共通の目的「第一王子毒殺」に向けて、声を上げる二人であった。
……
ソファに戻り、王子毒殺計画を話し合う。
「どうやってエルトラン王子を毒殺するつもりなの?」
「一ヶ月後にフェスタがあるでしょぉ? そこで王子も色んな店を回るっていうから、その時毒を盛る感じね」
仮面の男が提案した計画にそのまま乗る形になる。
「なるほどね」
「まず、何をすべきなのかしら?」
「とりあえず……王宮に行って店を出す手続きをすべきだね。だけど、その前になんの店を出すか決めないといけない」
「あ、そっかぁ」
腕を組み、悩むミラベル。
「『毒料理屋』なんてどぉう? 古今東西の毒を味わえるの!」
「絶対申請が通らないよ……」
「そりゃそうよね」
「なにか得意料理はないのかい?」
「私、毒の調合は得意だけど、料理はあんまり……。せめて、エルトラン王子の好みが分かればいいんだけどねぇ……。ちゃんと食べてくれた方が成功率は上がるし」
「僕はシチューが好きだよ。じっくりコトコト煮込んだシチュー」
「あなたの好みは聞いてないわよ」
「ご、ごめん……!」慌てるエルト。
「でもシチューか……いいかもしんない! よぉし、王子様の最後の晩餐はシチューにしよう!」
「決まりだね」
第一王子エルトラン毒殺メニューはシチューに決まった。
「それじゃあ『シチュー屋』を出すってことで、王宮に手続きにいきましょうか」
***
ファシール王国王宮近くまでやってきた二人。
仮面の男の言う通り、フェスタに向けた受付スペースが設けられていた。
「あそこで申請するわけね」
「……」
「どうしたの?」
「ご、ごめん。僕はここで待たせてもらっていいかな?」
「え、どうして? 一緒に行こうよ」
「王宮はどうも苦手で……」
「王宮アレルギーってやつぅ?」
「うん、まあ、そんなようなものかな」
王宮アレルギーなど聞いたこともないが、ミラベルはそれを咎めたりからかったりはしなかった。
「ふうん。なら仕方ないわね。私一人で行ってくる!」
ミラベルは受付の係員に話しかける。
「こんにちはぁ」
「いらっしゃいませ」
「フェスタに出店したいから、手続きに来たの」
さっそく書類を提出する。
「シチュー屋ね。エルトラン殿下はシチューが好物だと聞いたことがあるし、喜ばれるかもな」
「……」
そのシチューでエルトランを毒殺すると思うと複雑な心境になる。
「じゃあ、これにて手続き終了。当日指定された場所に店を設営してくれ」
「分かったわぁ、ありがとう!」
手続きは終了した。
王宮から少し離れた、エルトが待っている場所に戻る。
「これで、当日王子を毒殺するだけだね」
エルトがどこか寂し気な笑みを浮かべる。
「そうねぇ。でもどうせやるなら、本気でやりたいわよね」
「え、どういうこと?」
「なるべくおいしいシチューで毒殺してやりたいってこと!」
これにはエルトも目を丸くする。
「いいんじゃない? どうせ殺してしまうんだし、味なんてそこまでじゃなくても」
「そうはいかないわぁ。だから今のレベルを確認するために、一度シチューを作ってみる! あなたも手伝って!」
「わ、分かったよ」
半ば強引にエルトを連れ、ミラベルは自宅に戻った。
……
自宅に戻り、さっそくミラベルはシチュー作りを始める。
あり合わせの材料を煮込んで、鍋にシチューが出来上がった。
皿によそい、エルトに差し出す。
「さ、食べてみて!」
「うん……いただきます」
礼儀正しい所作でシチューをすくい、口に含むエルト。
「どう? お味は?」
「……」
明らかに言葉を選ぼうとしている様子のエルトを見て、ミラベルが口を出す。
「正直に言ってね。私、絶対傷つかないから!」
「う、うん……あんまりおいしくない、かな」
「やっぱり?」
ミラベルも味には自信がなかったようだ。
「私、毒作りは得意だけど、料理はイマイチでねぇ。ちゃんと勉強したこともないし」
「でも食べられないというほどじゃないし……いいんじゃないかな、これで」
「よくない!!!」
ビクッとするエルト。
「初めてやる人の毒殺なんだし、やっぱり妥協しちゃいけないのよ! この一ヶ月でちゃんとしたシチューを作れるようになりたい!」
ミラベルの熱意にエルトは圧倒される。
「というわけで町に出て、シチュー作りの修行をできる店を探しましょ!」
「あ、だけど、僕……そろそろ帰らなくちゃ」
「え、そうなの?」
「うん、わけあってあまり自由時間がないんだ」
「そうなんだ、大変ねえ。明日は何時に会える?」
「お昼の一時から、3~4時間は会えると思う」
「そっか。じゃあお店探しは明日にしましょう!」
「そうだね」
エルトを見て、ミラベルがニヤリと笑う。
「んふふふ、ちょっと元気出てきたじゃない、エルト」
「そうかな……ありがとう」
ミラベルが手を振ると、エルトも照れながら振り返し、二人は別れた。