自己紹介の話
2000年に突入してすぐの四月、僕は中学生になりました。
ピカピカの学ランに着られながら、これからやってくる避けられない儀式を想像すると、人見知りレベルがカンストしてる僕の胸の鼓動は徐々にラウド、かつスピーディーに暴れていきます。
その儀式、それは自己紹介。
大丈夫、自分の名前は、さすがに言える。それに誕生日もOK。好きなテレビ番組は、めちゃイケと笑う犬。うん、大丈夫。ここまでは。
(好きな音楽って何を言えばいいの……?)
今ほど音楽に対する興味が無かった僕にとって、この項目は鬼門でした。っていうか、改めて考えてみてこの項目って必要? 興味あるの? サブスクも無かった時代なんだから、聴いてない人はマジで聴いてないと違う?
とりあえず頭の中をグルグル回していると、幸運な事に、一曲だけ、自信を持って好きだと言える歌を思い出せました。
SMAPの『らいおんハート』です。
そうだ、これならイケる……! 好きだし、何なら主題歌だったドラマの『フードファイト』まで観てた……SPまで観てた!その話も出来る!勝った!
「ねぇねぇ、好きな音楽ってなに言うか決まった?」
「え?」
安堵への道を見つけ油断してた僕に話しかけきた彼は、一緒の小学校から進学してきた友達でした。彼はいつも明るくて皆を笑わせてくれて、スクールカーストという言葉が当時あったら、間違いなく上位でした。まぁ20人前後しか居ないクラスだったのでカーストもクソも無かったと思うんですけど。いいとこドッジボールが強いか弱いかぐらいか。
「うん。決まったよ」
「なに?」
……彼、もしかしたら決まってないのかな? いや、でも。うーん。
「……バラードかな」
「そうなんだ!」
あぁ、なぜ僕はここで嘘をついてしまったんでしょう。いや、確かに『らいおんハート』はバラードだけど。というか、よくバラードって言葉を知ってたな当時の僕。そこだけは褒めたい。
万が一、真似されたくなかったんですよね。だから秘密にしておきたかった。ホント、彼には申し訳ないんだけれど、僕はSMAPに賭けているので、防衛本能の一種だと思っていただければ幸いです……
自己紹介の時間がやってきました。
僕の名字は五十音順でいうと真ん中ちょい下で、さっきの彼のほうが先。
さすが、壇上に歩いていく彼は自信に満ちていました。しゃべり方もハッキリです。もうね、メンタルのスペックが違うよね。いいなぁ。凄いなぁ。
「好きな音楽はバラードです!!」
おっと?
一瞬、心臓がドキィッ!! としましたが、まぁね、まぁまぁ落ち着こうよ。多分、これは真似したとかじゃなくて、言うなれば「マラソン大会は一緒に走ろうね!」みたいな感じの類。そもそも僕にはSMAPの、
いや、違う。
よく考えると、これは不味い。
ここで僕がバラード以外の曲をいうと、彼は恐らく、こう思うでしょう。
「嘘をつかれた」と。
これに関しては仕方がない。僕の自業自得、浅ましい嘘が生んだ身から出た錆です。
問題は次です。
ここで僕が彼に気をつかってバラードと言うと、周りは恐らく、こう思うでしょう。
「あ、あいつパクった」と。
ええええええっ?! いや待ってちょいタンマ!! それは理不尽だって!!
でも仕方がない。主観の真実がどうであれ、客観の事実は「あいつが先で、こいつが後」なんです。
しかも思春期の男子中学生が好きな音楽でバラードなんてオシャレな言葉で被ることなんてないんですよ。なので、このルートへ進んだら僕のあだ名は「パクリ魔」で確実なんですよ! そ、そんな馬鹿な……!
今、僕に残されている道は二つです。
友情ルート:あだ名「パクリ魔」
裏切りルート:彼の気持ちが……
クソゲー。そして、鬱ゲー。
答えが出ないまま、僕は壇上へ向かいました。
名前、誕生日、好きなテレビ番組、言うと決めていた事は、思ったよりスラスラと言えました。それどころじゃなかったので。
次です。ここからは完全にアドリブです。
「好きな音楽は…………特に無いです」
リセットボタン、押しました。
周りに流れる「それ、ありなの?」な空気。
彼のキョトンとした「え?」な顔。
ちょっとした早足で席に戻る僕。
僕の平成の学生生活は、ガン逃げで始まりました。
その先、彼とは変わらず交流していましたし、周りとも普通でしたので、何も問題はありませんでした。いやー良かった。本当に良かった。
そんなわけで、令和の今に、改めて自己紹介を。
こんにちは。勇 亮です。
誕生日は控えますが、好きなテレビ番組は、あちこちオードリーです。
好きな音楽はヘヴィミュージックで、特に好きなのはX JAPANとDIR EN GREYとBUMP OF CHICKENです。らいおんハートも今でも好きです。
どうか、よろしくお願いします。