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ひとの気も知らないで  作者: 原田楓香
55/61

55. 半分正解


「行ってきます!」

 荷物を肩にかけて、両親に見送られ、僕は、大学入試前日に家を出る。今日は、試験会場近くの宿で、前泊する予定だ。歩いて駅へ向かい、ホームで、僕は電車を待つ。

 

 僕の家から大学までは、2時間かけて、電車を2回乗り換えていくことになる。入試当日に、万が一電車が動かないことがあっても大丈夫なように、受験生宿泊パックを予約していた。受験生用に、広めの会議室を自習室として開放してくれたり、自分の部屋用に、電気スタンドの貸し出しもあるという。さらに、当日会場までの送迎や、昼のお弁当を会場まで届けてくれるなどの、こまやかなサービスもある。


「絶対、こういうの利用しておくといいよ」

 前にそう言って、教えてくれたのは想子さんだった。

「当日、どんなに悪天候でも、いざとなったら歩いて行ける場所におれば、安心やろ?」 想子さんは言った。

「そやな。確かに」

「早めに予約するねんで。便利なところや、評判のいいところはすぐに予約埋まるからね」

「うん。わかった」

「あ、それとね、素泊まりとかじゃあかんで。必ず、食事もついて、当日会場までの送迎やお弁当の配達もしてくれるとか、とにかくサービスの充実したやつにするねんで。お部屋に、電気スタンドの貸し出しも頼むねんで。……ん~。なんなら、私が、予約しようか」

 想子さんは、心配症だ。そして、けっこう世話焼きだ。もし、今日本にいたら、まちがいなく、僕より先に電話の受話器を手にしていたかもしれない。あ、いや、ネット予約か。

「大丈夫。自分のことやし、自分でやるよ」 僕は笑って言った。

「ほんま? 大丈夫?」

「うん。……ありがと。いろいろ」 

 いつもあれこれと、僕を気遣ってくれる想子さんに、僕の胸は、ほわっと温かくなる。

「……ダイ」

 想子さんが、画面の向こうで僕の名を呼んで、めちゃくちゃ素敵にほほ笑んでいる。

「想子さん」

 僕も、彼女の名前を呼ぶ。精一杯の想いを込めて。

 

 いつのまにか、僕たちの勝負は、どれだけ想いを込めて名前を呼べるか、に進化?していた。

 ルールはシンプルだ。お互い心を込めて名前を呼んで見つめ合う。真剣に。めちゃくちゃ真剣に。

 目をそらしたり、笑ったりしたら負け。

「え、それって、ほとんどにらめっこちゃうん?」 僕が言うと、

「まあ、基本路線は、にらめっこと似てるね」 想子さんは言った。

「似てるも何も」 (にらめっこそのものやと思うけど?)

「いや、ただのにらめっことは違う。眼差しにどれだけ真剣な想いを込められるかってところが、にらめっこより、はるかに深い」

「なるほど」


 そうして始まった勝負で、今のところ、僕は、ひたすら連敗記録を更新している。

 いつも見つめ合ってる途中で、ついつい照れくさくて吹き出してしまうのだ。想いを込めれば込めるほど、真剣に見つめれば見つめるほど、我慢できなくて笑ってしまう。



 そして今朝も。

「はい。ダイの負け~。ダイ、すぐ笑うねんもん。弱すぎ」

「え~、でもさ、じっと見つめ合ってたら、なんかむずむずして笑けてくるやん」

「私が、こんなに真剣な想いを込めて見つめてるのに?」

 ひとの気も知らないで、想子さんが、ちょっといたずらっぽく笑いながら言う。

「ダイ、明日は、もっと真剣にね」

「え~これ以上むり~」 

ボヤく僕に、想子さんは言った。

「ふふ。ダイ、明日は、楽しんでね。たとえ入試問題とだって、出会いは出会い。大いに出会いを楽しんでね」

 想子さんの笑顔の気配を残しながら、電話が切れた。


(想子さん)

 その名を口にするたびに、僕の胸には、切ないくらい温かな想いが溢れてくる。

 はじめのうち、離れることはさみしいことだとしか、僕は思っていなかった。それは、半分正解で、半分違っていた。ずうっと昔の歌に、『会えない時間が愛を育てる』みたいな歌詞があったけど、それは真理かもしれない。離れてから、僕は、たぶん前よりずっともっと深く、想子さんが好きだ。


 ホームに電車が入ってきた。

(出会いを楽しむ。そうやね。想子さん。楽しんでくるよ。行ってきます!)

 心の中で、想子さんに告げ、僕は電車に乗り込んだ。

 


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