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ひとの気も知らないで  作者: 原田楓香
49/61

49.  じゃあね。


 「忘れもん、ない?」

 「う、うん」

 「パスポート、その他もろもろは?」

 「大丈夫。 もってる。 今朝、しつこいくらい確認した」

 「じゃ、 行こか」

 大きな荷物は、あらかじめ送ってあるので、想子さんは、ショルダーバッグ1つだ。

 

 空港に向かう電車の中では、なんだか、2人ともあまり言葉が出てこなくて、時々、窓の外の景色について、ぽそっと話すくらいだ。

 隣同士に並んで座りながら、恋人ではない僕らは、手をつなぐこともない。肩と肩はふれあうのに、その肩に腕を回すことができない(あの雨の日は、例外だ)。 想子さんの膝の上の小さな握りこぶしを、僕は切なく見つめるだけだ。 誰よりも近くにいるのに、これ以上触れられない、僕。

 想子さんの横顔を、窓の外を見るふりで、そっと見つめながら、僕は心の中でいっぱい問いかける。

(想子さん。今、何考えてるん? さみしくない? 楽しいの? 平気なの? 平気とちゃうよね? お昼に、僕の握ったおにぎり見ながら、泣いてたよね?)

 今は、穏やかなその横顔からは、何も読み取れなくて。 僕は、なんだか泣きたくなってしまう。


(やっぱり、行くなって言えばよかった。 いつでも会えるところにおってや、って。

 違う。

 そうじゃない。

 好きや、って。

 ずっとずっと、いつもいつでも、誰よりも大好きや、って……そう言いたかった。

 言えばよかった。 寝たふりなんかせんと、ちゃんと直接言えばよかった。

 ……いや、でも、もし言ってしまって、気まずくなったら、つらい。

 もう、二度と、姉弟にも戻れなくなってしまうのは……いやだ。絶対に。でも……)

  

僕の頭に、本に挟んだルーズリーフのメッセージが、浮かぶ。

 最後に付け足した1行を、僕は、少し、後悔し始めていた。 今さらやけど。

 『待ってるから。絶対、僕のところに帰ってきて』 僕は、はじめ、そう書いた。でも、それでは、きっと、鈍感な想子さんには、伝わらない。 ただの弟からのメッセージだとしか。 そんな気がした。

 それで、僕は、急いで1行付け足した。

 『これは、僕からのプロポーズやで』

 (どうやろ? 伝わるやろか? 微妙? 大好き、の方がよかったか? )


 ぐるぐる考えているうちに、僕は、うとうとしてしまっていたようだ。

 「ダイ。 降りるよ」

 想子さんの声で、目が覚める。想子さんにもたれて、眠っていたみたいだ。 

 想子さんが笑っている。

 「ダイの頭、案外、重いね」

 「……脳みそ、いっぱい詰まってるから」 

 「ふふふ。 そうかもね」

 想子さん、なんだか上機嫌。悔しいような、悲しいような。僕は、少しやけくそのような気持ちになる。

 

 「まだ時間あるし、軽く、お茶する?」

 想子さんが、提案する。

 「そやな」

 カフェに入って、想子さんはサンドイッチとコーヒー。僕はジンジャーエールを注文する。

 「え、それだけでええの?」

 「うん。 帰ったら、家で晩ご飯食べるし。おにぎり、まだ何個か残ってるから」

 「そっか。いっぱい作ってくれたもんな。めっちゃ美味しかったよ。ありがとう」

 「それなら、よかった」

 「あ、そうそう。ごめんやけど、頼みがあるねん」

 「なに?」

 「枕カバーとシーツ類、洗濯するの忘れてたから、頼むね」

 「うん。それくらい、お安いご用や。 自分のやるついでにやっとくよ」

 「ありがと」

 「なんか他に、やっといたらええことあったら、言うてや。やるから」

 「うん。今は、それだけ。また思い出したら、メールで言うわ」

 

 時間は、ゆっくりのようで、あっという間に過ぎてゆく。

 大したことも、大事なことも、何一つ話していないのに、時間はどんどん過ぎてゆく。

 

 想子さんが、立ち上がる。

 「じゃあ、行ってくるね」

 「うん」

 「見送り、ありがとう」

 「気をつけて。行ってらっしゃい」

 言葉が、心の上をすべり落ちてゆくみたいだ。

 

 保安検査場の近くまで来ると、

 「じゃあね」

 想子さんは、手を振って、ゆっくり僕から離れていった。

 (行ってしまう。行ってしまう。行ってしまう、想子さん!)

 僕は、かたまってしまう。喉に、セメントが詰まったみたいになって、声が出ない。

 ヘタレな僕は、彼女の後ろ姿をかたまったまま、見送る。

 検査場に入っていく人の列に想子さんが並ぶ。

 列が少しずつ、前に進む。僕は身動きもできずに、想子さんの背中を見つめる。

 

 そのとき、一瞬足を止めた想子さんが、急に体の向きを変えた。

 真っ直ぐに、僕に向かって走ってくる。



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