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ひとの気も知らないで  作者: 原田楓香
47/61

47.  気のせい?


「……ひとの気も知らないで」

 想子さんは、確かにそう言った。

 (それって、どういう意味なん? )

 僕には、よくわからない。

 (なあ。どういう意味なん?)

 想子さん本人に訊きたいところだけど。

 寝たふりしてしまった僕が、訊けるわけもなく。

 ……やっぱり、僕は、マヌケすぎるみたいだ。寝たふりなんかせずに、正々堂々、『好きや』って言えばよかったかもしれない。……今さらやけど。

 

 壁を挟んで、隣の部屋から、かすかに音楽が聞こえてくる。まだ、想子さんは起きている。

 今から、彼女の部屋に行って、そして、言う?

 ……むり。どうにも、間が悪い。

 はああああ……。

 僕は、ため息をつく。


 ため息を繰り返しているうちに、いつのまにか、眠ってしまっていたようで、次に目覚めたときは、普通に夜は明けていた。 スッキリしない頭で、目をこすりながら起き上がると、

 「ダイ! 朝ご飯! 用意できたよ。 早く降りといで~」

 想子さんが、階下から、僕を呼ぶ声がする。

 「ごめん。すぐ行く」

 ドアを開けて、返事をし、大急ぎで着替えて、階段を降りる。

 

「おはよ」

 想子さんが、最高に可愛い笑顔で、僕に笑いかける。

 「お、おはよ」

 僕は、彼女の笑顔のまぶしさに、少し焦りながら答える。どうにも気分が落ち着かない。

 (ああ。出発前の最後の朝、ちゃんとカッコよく身支度して、おはようって言いたかったのに)

 「ダイ。髪の毛、はねてる」

 想子さんが笑って、僕の髪を手ぐしで整えてくれる。

 「あ。ありがと」 

昨夜のことを思い出して、僕の心臓が一瞬飛び跳ねる。

 「パン、もう焼いていい?」 想子さんが訊く。

 「う、うん」

 「ほら。今日は、新鮮な自家製野菜ジュース作ったよ」

 僕は、想子さんの差し出すグラスを受け取る。

 「……ありがと」

 向かい合わせに座って、焼き上がったばかりのトーストを皿に載せて、半分バターを塗る。

 「納豆は?」 今度は僕が訊く。

 「いる」

 「じゃ、半分こ」

 「ん」

 想子さん特製の、自家製野菜ジュースは、ちょっぴりセロリの味が印象的な、かなり微妙な味だったけど、僕は、一気飲みした。それでも、やっぱり気分が落ち着かない。

 「おかわり、いる?」 想子さんが、ミキサーの方を振り返る。容器に、まだたっぷり2杯分くらい残っている。

 「いや、……いいわ」 僕は、控えめに断る。

 「そう? ヘルシーやねんけどな」

 ちょっと残念そうだ。 でも、どうやら、想子さん自身も、おかわりをする気配がない。

 彼女が、何か食べ物に関して、『ヘルシー』としか言わないときは、たいがい、味が微妙だと思っているときなのだ。 想子さんが、ちょっとがっかりした顔になったので、僕は、急いで付け足す。

 「また、あとで飲むからさ」

 「うん。じゃあ、冷蔵庫に入れとくね」

 

テレビのニュースと天気予報を見ながら、いつもの朝と変わらない会話を交わす。 番組の中の今日の運勢のコーナーでは、想子さんの星座は6位で、『うっかりミスに気をつけて。お出かけ前に、持ち物の確認を』だった。

 「あとで、ちゃんと確認しよう。パスポートとか」

 「そやな」

 

 

 出発は夜だけど、余裕を持って、3時過ぎに2人で家を出ることになっている。

 それまでの時間をどう過ごすのがいいのだろう。

 いつも通りに、笑って2人でおしゃべりをする?

 いつも通りに、テーブルの両端に座って、勉強したり仕事したりして過ごす?

 いつも通りに? 

 いつも通り、ってどんなだったっけ? なんだか、よくわからなくなる。

 僕の心の中で、いろんな想いが、ぐるぐる渦を巻いている。

 (この期に及んで、『行かないで』なんて言われても、きっと困るよな)

 (『連れてってや』なんて言われても、もっと困るよな)

 (『好き』って言われても、もっともっと困るんやろうな……)

 

 テーブルの向こうの端で、パソコンに向かって仕事をしている想子さんを、横目で見る。僕は、問題集を取りに行くふりをして、テーブルを離れて、2階に上がる。


自分の部屋に入ると、机に向かい、急いで、ルーズリーフに、メッセージを書く。

 『待ってるから。絶対、僕のところに帰ってきて』  

そこまで書いて、一瞬手が止まる。 僕は、しばし考えてから、思い切って、もう1行、書き加えた。

そして、ルーズリーフを4つに折りたたむ。 それと一緒に、適当に棚から取った問題集を持って、隣の部屋に行く。

荷物は、まだ想子さんの部屋にあるのだ。 機内に持ち込むショルダーバッグには、パスポートや財布、簡単なメイク道具などの入ったポーチ以外に、文庫本が1冊入っている。僕は、その本の最後のページに折りたたんだルーズリーフをはさんで元に戻した。

 

 秘かに重大な任務(僕にとって)を無事終えて、ホッとした気持ちになった僕は、いかにも、この問題集が必要だった、という顔をして、リビングに戻り、勉強を再開する。

 想子さんは、ひとの気も知らないで、熱心にパソコンに向かっている。時々、何かひらめいたのか、嬉しそうに、ぽん!と手をたたいたりしている。 マイペースだよな……いつも。いつでも。

 

それからしばらくして、顔を上げた想子さんが言った。

 「ちょっと、休憩せえへん?」 

 「いいね。お茶いれようか?」  

 僕の言葉に、にっと笑った想子さんが言った。

 「野菜ジュースの残りは?」

 「げ」

 思わず、本音が漏れる。

 「げ、って何よ。げ、って」

 「あ、いや、そんなこと言うてません。気のせいです」 僕は顔の前でパタパタ手を振る。

 「しかと聞いたわ。バツとして、残りは全部、ダイが飲む」

 「ええ~、そんなせっしょうな……」

 「特製やねんで。ヘルシーやねんで」 想子さんが力説するので、思わず僕は指摘する。

 「なあ、知ってる? 想子さんが、味のことなんも言わんと、ヘルシーとしか言わへんときって、めっちゃ微妙な味のときなんやで」

 「……え。バレてたん」

 「あたりまえや。何年の付き合いやと思てんの」

 「へへへ……そっか。そやな」

 想子さんは、笑って、キッチンから持ってきた2つのグラスに、特製野菜ジュースを注ぐ。

そして、 「半分こね」 と言った。

 「なんか、僕の方が多いんちゃう?」

 「気のせいです」


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