母親の決断
グレイルに勧誘された翌日、ルフナは彼に承諾の返事をしに行った。
豊穣祭が終わったら帰還する騎士団と共に王都へ向かい、その三日後には騎士学校に編入することになった。
「えっ?ここに残る?!」
「…うん、王都にはルフナだけ行ってもらおうと思って」
出店の片づけを終えて、自宅に帰る前に昨日あったことをマロアに相談したら、怒られてしまった。
信じられないといった顔で、テーブルに両掌を叩きつけるようにして立ち上がる。
「なに言ってるの?!お店のことを気にしてるんなら、心配しなくていいから。ルフナについて行ってあげて!」
「そうしたいんだけど…。でも…その…、」
まさか「王都に行ったら殺されるんです」とは言えなくて、言葉に詰まってしまう。
するとマロアは盛大に溜息を吐いて、立った時の勢いで倒れた木の椅子を元に戻した。
「…わかっているわよ、あなたに言えない事情があることは」
「え…」
「王都の近くで事故にあって、『家はあるけど帰っていいかわからない』なんて言うんだもの…誰だって訳アリだと思うでしょう?」
マロアは私を助けてくれた時、15歳だった。
15歳の女の子なら、説明ができない大人の事情も察せるだろう。
混乱していたとはいえ、もう少し言葉を選べばよかったと、今更になって反省する。
「ルフナを産んだことだって、秘密にしておきたい。そうでしょう?」
「…ええ」
「ねえ、ステア。あれから一体何年経ったかしら?あなたがどれ程顔が広いのかは知らないけれど、住む人も街も、随分変わっているんじゃない?」
言われてみれば、その通りだ。
王都で暮らしていたといっても、伯爵家のタウンハウスで、外出もほとんどしたことがない。
夫の婚約者として頻繁にお茶会や夜会には出席していたけれど、顔が広いといっても招待された貴族の間でだけ。
そして私を知る紳士や淑女達は、私と同じく自ら王都へ買い物に行くような人達ではない。
一般的に貴族と言うものは、欲しいものがあれば使用人に命令じて買ってこさせ、懇意の大商人を家に呼び付けて商品を持ってこさせる。
私が王都の街中で暮らしても、案外誰も気付かないかも知れない。
ルフナの身を案じてついて行くことは諦めていたけれど、なんだか希望が湧いてきた。
「ステアと過ごす間に、私はロンネルに出会って結婚して、可愛いラシーも生まれたわ。あの頃には想像もしていなかったことよ!こんな小さな村でだって、17年でこんなに生活が変わるんですもの。あなたの周りにいた人達だって、変わっているはずだわ」