母親の苦悩
私の可愛い一人息子のルフナが、あのグレイル・バーレイから王国軍の騎士にならないかと誘われた。
とても名誉なことで、喜ばしいことだ。
ルフナは「家族と相談してから」と返事を保留にしてきたようだけれど、この子の目を見ればわかる。
今まで村の中だけだった彼の世界。
それが村の外の、見たことのない新しい世界へと広がっていく。
感じたことのない刺激、思い描いたことのなかった未来に、胸を躍らせている。
できるなら、全力でルフナのことを応援したい。
諸手を挙げて賛成して、彼と同じように喜び飛び上がって、抱きしめてあげたい。
それは私の偽りのない本心。
けれどそれ以上に、大きな不安が邪魔をする。
私は、グレイルのことをよく知っている。
ルフナを産む前、マロア親子と出会う前は、王都で暮らしていた。
私はこの村でステアと名乗っているけれど、本当の名前は『ティア』という。
偽名を名乗っているのは、ティアという名前がフラッシュ伯爵家の長女として名が知れてしまっているからだ。
このことは、マロアにもルフナにも…誰にも話していない。
私は18歳で夫の元に嫁ぎ、そして一年も経たずに捨てられた。
あの馬車の事故で、私は死んだことになっているはず。
もし生きていると知れたら、また殺そうとしてくるかも知れない。
それにもし、ルフナが夫との子どもだとわかったら…?
ルフナも命を狙われるかもしれない。
自分が殺されることよりも、それが何より恐ろしかった。
王都に行けば、私の顔を覚えている貴族が街を歩いているとも限らない。
ルフナが安全に暮らすためには、私(ティア)が生きていることを誰にも知られてはいけないのだ。