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そのカスミソウは、ピンク色  作者: 木原 美狼
変化
8/19

松永奏多 1


今日は部活が休みだった。ちょうどいい機会だし、想に相談に乗ってもらうことにした。いつもは雅と歩くこの道を、今は想と二人で歩いている。普段は俺が喋って想が相槌をして会話が成り立っていることがほとんどで、想から話を振ってくることは少ない。そのため、俺が口を開かない今、無言で歩いていることになる。でも、想との間にあるこの空気は決して嫌なものではなかった。今の俺には何よりも救いになるものだった。


家に着くと、お茶と簡単なお菓子を手に自室へ向かった。雅も想も何度も来たことがあるこの場所に、お互い今更緊張などはしていなかった。想はかなり心配してくれていたようで、自分から「相談って何?」と話すように促してくれた。


「最近、雅が一緒にいても上の空な気がするんだよな。」


そう、最近の雅は何を話してもどこか上の空で、話の内容を聞き返すことが増えた。一緒に帰っていてもデートをしていても、雅は隣にいるのに、雅の心はそこにないような気がした。


「うーん、部活が忙しくて疲れてるとかじゃない。」

「俺もそう思ったんだけど、デートとかする時もそうだから違うのかと思って。」

「なるほど。」


想は真剣に考えだした。こんなに真剣になって考えてくれるなんて、想に話してよかった。一人で考えていてもきっと何も答えを出せなかっただろう。


「でも、珍しいね。奏多ってそういう時はいつも本人に聞くでしょ?」

「まあ、聞いたんだけどね。ちゃんとした答えは返ってこなくてさ。」

「そっか、それはわからないね。もしかしたら、かすみになら何か話しているかもしれないよ。」

「この前、聞いてみたけど特に思い当たらないって言われた。」


俺にも、かすみにも想にも話していないとなると本当にわからない。何度聞いても、うんとか大丈夫とか言われて終わりだ。こんなことは初めてで正直かなり戸惑っている。


「すごく悩んでいたけど、想に話聞いてもらえて気が楽になったよ。ありがとう。また今度本人に聞いてみるよ。」

「うん、あんまり役に立てなくてごめんね。俺も何かわかったら協力するよ。」


気分は大分楽になったため、いつものようにゲームをして夜ご飯を食べて想を見送った。


その日から何度か聞いたが、やっぱりちゃんとは答えてくれなかった。でも、雅は「もう少しで答えが出そうだから待っていて。」というので、俺は今はとりあえず待つことにした。


その数日後には、部活が忙しくなるので帰りは別々に帰ることになった。俺は、部活の仲間と一緒に帰ったりしてそれなりにその期間を楽しんでいた。夜にはたまに雅と電話をして、その日あったことを話した。雅に合わない期間も雅のことで頭がいっぱいだった。電話の声では雅の本当の気持ちに気づくことはできない。もう答えが出たのかどうか、自分は関係していることなのか、気になることが増えるばかりだった。



冬の寒さが本格的になる頃には、雅の部活も落ち着いてまた一緒に帰るようになった。そんなある日の帰り、寒さをしのぐために自動販売機でコーヒーとミルクティーを買った。


「温かいね。」

「そうだね、寒い中で飲む温かい飲み物って最高だよな。」


いつも通りの会話をしていると、雅が立ち止まる。少しできた距離をそのままに振り返り声をかける。二人の間を冷たい風が吹き抜ける。


「どうした?」

「あのね、私たち別れよう。」


突然のその言葉に、思わずコーヒーが手から滑り落ちる。その言葉を脳が処理するのに時間はかからなかった。


「別れるって、恋人じゃなくなるってことだよね。」


当たり前のことを聞いてしまう。そんなことわかっているのに、受け入れたくなくて咄嗟に口にした。足がちゃんと地面についているのかわからない。頭では理解しているはずなのに、感情が追い付かない。温かかった缶コーヒーのぬくもりは手から消え、全身が冷えて震えていた。


「そういうことになるね。もう友達に戻ろう。」


そう言う雅の表情は暗くてよく見えなかったが、少しだけ悲しそうな顔をしているように見えた。なんで雅がそんな顔をするのか、悲しいのは、泣きたいのは俺の方なのに。そんな言葉を口にしそうになり頭を働かせる。言ってはダメだ。きっと、最近上の空だったのはこのことを考えていたからなのだろう。あんなに考えて出した答え。別れを切り出す方も辛いということはよくわかる。だからこそ、今俺が言うべき言葉はあんな言葉ではない。


「わかった、友達に戻ろう。」


これで間違っていないだろう。手に力を込めてこぶしを握る。眉間に力を入れて涙を流さないようにする。こうでもしないと、色々言ってしまい、今にも最悪な空気を作り出しそうだった。


「ありがとう、これからは友達としてよろしくね。」

「うん。よろしく。」


俺は落とした缶を拾い、「送るよ。」と言い歩き出した。俺も雅もいつもよりゆっくり歩いていた。それなのに歩いている間、雅とできたその距離は縮まることはなかった。冬の闇の中に、自分たちの足音だけが響いた。肌に刺さる寒さはいつもよりも鋭い気がした。



悲しいことがあっても、変わらず朝は来る。いつもとは時間をずらし登校する。教室に入ると想が驚いた顔で近づいてきて俺の目元を触る。


「大丈夫、目腫れてるよ。」

「うん…今日の昼休み話がある。」


それだけ伝えて席に着く。机に伏せ話しかけられないようにする。我ながら子供らしいと思う。でも、こんな顔皆に見せられない。話しかけられてもいつも通りに接することはできない。昼休みになると想が声をかけてくれた。お弁当を持ち校舎裏に行く。普段はこんな所で食べないが今日は別だ。二人で腰を下ろし、お弁当を食べる。悲しくて食欲はないのにお腹がすくのは何故だろう、などというどうでもいいことを考えている。その間も静かな空気が流れている。想は俺が口を開くまで無理に、何があったかを聞くようなことはしない。そういう奴だ。


「昨日、雅に振られた。」


お弁当を食べる手を止め、想は俺の方を見る。


「そっか、目痛くない?」

「うん、大丈夫。」

「そっか。」


それだけ言うと、想は俺の頭を撫でた。何か言うのではなく、ただ黙って前を向きながら優しい手つきで頭を撫でた。俺はその優しさに縋るように、声を押し殺し泣いた。自分でもよくわからないくらいに、色々な感情でぐちゃぐちゃになった。途中から嗚咽が漏れていることもわかったが止まらなかった。


昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴ると、想は頭から手を放しお弁当を片付けた。そして「サボろうか。」と言って目をつぶり壁に背を預けた。俺は「おう。」と短く返事をして目をつぶった。真面目な想が、授業をサボろうと言った。俺の気持ちを優先して、考えてくれたのだろう。その気遣いが嬉しくて、呼吸が楽になった。


一時間だけサボってその後はまた、授業に出た。サボった授業は朝から俺の様子がおかしいと思った友達が上手く誤魔化してくれたらしく、特に罰を受けることはなかった。泣きすぎて真っ赤になった目を見ても誰も何も言わなかった。暗い気持ちで過ごした一日だったが、友達の、想の優しさに救われた一日でもあった。あの夜から俺の生活は変わった。頻繁に開いていた携帯を全く触らなくなり、登下校は音楽を聴きながら一人で歩く、それが当たり前に変わろうとしていた。


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