黒木想 1
夏休み明け早々で図書委員会の仕事の当番になってしまった。今日はサッカー部も部活が休みだし、早く仕事を片付けて帰ろうと思い早速本を手に取る。すると、いつもより乱暴に扉を開ける音がして振り向くとそこには見覚えのある人がいた。
「雅、だよな。久ぶり。」
「久ぶり。中々会わなかったけど元気にしてた?」
「元気だよ。かすみと知り合いだったんだ。」
そう言ってかすみに視線を向けると扉を閉めながら「そうだよ。」と短く返事をした。
「雅とは同じクラスで高校入ってからずっと仲良くしてもらってるの。」
そうか、ここの繋がりがあるとは思わなかった。世間って狭いんだと思う。でも、かすみは、俺と雅が同じ中学出身だってことは知らなかったのか。
「俺と雅と奏多は同じ中学出身なんだ。」
「そうだったんだ。すごい偶然だね。」
「本当だよね。私もビックリしてる。」
雅は相変わらず声が大きくて元気そうだった。三人で話していると、先生が来てかすみが呼び出された。どうやら、夏休み明けの図書委員には別の仕事もあるらしい。かすみを送り出すと、雅が本を手に取りながら話し出した。
「かすみとは仲良くやってるの?」
と聞いてくる口調はさながら母親のようだ。
「もちろん、あの子は良い子だよね。話しやすいし、一緒にいて気が楽だ。」
「そっか、ならよかった。かすみはさ、本音を隠す癖があるからもし何かあったら想も力になってあげてね。」
「うん。雅はかすみのことが大切なんだね。」
「当たり前でしょ。友達だからっていうのはあるけど、かすみは何か守りたくなるの。」
そう言って本を閉じる。俺は「そうか。」と言いながら本を手に取り本棚まで持っていった。雅は少しだけ手伝ってくれたがすぐに飽きてしまったらしく、本棚を眺めながらうろうろしていた。今日の仕事が終わりまた雅と雑談をしていると、かすみが帰ってきた。
「ただいま、こっちの仕事終わった?」
「うん、終わったよ。お疲れ様。」
戻ってきたかすみに雅が抱き着く。
「おかえりー。やっぱりかすみに抱き着くと癒される。大好き。」
その言葉に、かすみは少し照れているように見えた。二人の仲の良さに感心していると、また図書室の扉が少し乱暴に開けられる。
「おーい、雅いる?迎えに来た。」
そこには、雅の彼氏である奏多がいた。奏多は雅を見つけると嬉しそうに駆け寄り頭を撫でる。雅はやめて、と言いながらも嬉しそうでカップルのイチャイチャを見せつけられた。幸せそうな二人を見て、喜ばしいことのはずなのに、俺の心は素直に喜べなかった。奏多がいるだけで、俺の心はかき乱される。いまは胸がズキズキする。見慣れたはずなのに、この心の痛みに慣れたはずなのに、どうしてこうなってしまうのだろう。そう思いながらも二人の近くに行き一緒に話をする。その時は気づかなかった。その場にもう一人俺と同じような気持ちでいる人がいたことに。
あの日雅と会ってからは、四人で話す機会が増えた。奏多と雅が互いの教室に話しに行くときに付き添うのが俺とかすみだった。かすみは、二人の話を聞きながら特に目立った発言をすることはなく、笑顔で相槌を打つだけだった。俺はというと、中学の頃とは変わってしまった関係にどう接していいのかわからずにいた。あの頃は、まだ三人で友達だったのに。今は、二人は恋人同士だ。簡単に俺が入れるような空気が今はないように思えた。勉強をしているときも、休み時間も、いつも考えてしまう。
窓を開けると秋の訪れを感じる風が吹きつける。図書室の特等席。あの席が一番よく見える。サッカー部の練習を頑張る奏多の姿を見ることが俺は好きだ。好きな人を目で追いたくなるのは当たり前だと思う。特に、その人が好きなことに全力で取り組む姿は一段と輝いて見えるだろう。普段とは違い、全力で走り汗が輝く奏多の姿はすごく綺麗だ。
この特等席を教えたのは、かすみが初めてだった。委員会を少しさぼり、いつも窓の外を眺める俺に優しく声をかけてくれた。俺は嬉しかった。悩み事を話してくれた時も気を許してくれた気がして、友達になれたんだと改めて実感できた。そのお陰で今まで以上に図書室のこの特等席が好きになった。かすみと一緒に窓の外を、サッカー部の練習を眺める時間は意外と好きだ。かすみといると不思議と落ち着くことができる。心が安らぐような気がしていた。
雅がかすみを気に入っている理由がよくわかる。雅はさっぱりしているから、奏多みたいに考えるより先に言葉が出てしまうタイプとも上手くやっていけるのだろう。奏多は時々、相手に失礼な言葉を言ってしまうときがある。言った後にそのことに気づきすごく申し訳なさそうな顔をする。思っていることが全て顔に出るところも、俺は愛おしいと思う。そういう奏多だから、仲良くなった。そして、好きになったんだ。