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そのカスミソウは、ピンク色  作者: 木原 美狼
切なる願い
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橋本かすみ 2


「かすみ、おはよう。」

「おはよう、雅今日は早いね。」

「そうなの、今日は頑張ったんだ。」

「偉い偉い。」


と頭を撫でる。いつも通り。大丈夫、ちゃんとできている。休み時間の会話も、授業でのグループワークも全ていつも通り。


「かすみ、これ食べる?」

「食べたい。」

「あーん。」


口元まで運んでくる。いつものこと。そう思っても、ドキドキしてしまう。


「美味しい、ありがとう。」


精一杯のいつも通りで返すと、雅はいつものあの笑顔で言う。


「今日も可愛いね。かすみの笑顔癒されるから好き。」


その二文字に私が何度心揺さぶられたことか。自然と口元が緩んでしまう。その気がないと分かっていながらも、嬉しくなってしまう。苦しくなってしまう。私のこの気持ちは、雅との間に距離を作った。勝手に気まずくなり、そっけなくしてしまう。


時間が経てば経つほど、私の気持ちは大きくなりそれに比例するかのように雅との間に距離ができた。だからといって、話さなくなるというようなことはない。私が、勝手にそっけなくなってしまうだけ。ただそれだけのことだった。



委員会で図書室に足を運ぶ。あれから何度か、想君と一緒に窓の外を眺めた。あの時間が私は意外と好きだ。不思議と想君といると落ち着く。会話はほとんどなく、ただただ向かい合って座り同じように外を眺めるだけ。今日も仕事を早く終わらせて外を眺めよう。そう思いながら仕事をこなす。今日はいつもより多かったが集中したおかげでそれほど時間がかからずに終わった。


「今日も一緒に見る?」


想君がいつもの席に座りながら聞く。私は頷いて向かいの席に座る。二人でサッカー部の練習を眺める。少しだけ開いた窓から気持ちのいい風が吹く。


どうしてか急に悲しくなった…違う。急にじゃない。本当は毎日悲しかった。なんで、こんなに苦しい恋愛をしているんだろうって。ドキドキした気持ちよりもいつの間にか、胸を締め付ける痛みの方が大きくなっていた。誰にも言えなくて、許されることのないこの気持ちを持ってしまった自分に自信がなくなっていた。それでもこの気持ちを終わらせることができない。出会わなければよかったのかな。胸が締め付けられるような苦しさが私を襲う。


「どうしたの、大丈夫?」


いつの間にか想君は私の隣の席に座っていた。優しい声で問いかけ心配そうに私の顔を覗き込む。


「急にどうしたの?」


と聞くと想君はハンカチを私の頬に当てる。


「さっきから声かけてたよ。橋本さん、泣いてるからどうしたのかなって思って。」


そう言われて初めて気が付いた。私は今泣いているんだ。想君からハンカチを受け取り頬に当てる。人前で泣くことが苦手な私は自分でも驚いて急いで涙を止めようとするが、涙は止まらない。


「大丈夫だよ。何かあるなら、話聞こうか。」


背中を擦りながら声をかけてくれる彼の優しさに甘えたいと思った。一人ではもう抱えきれなくて、話を聞いてもらうことにした。


「私ね、好きな人がいるの。相手は友達で女の子なんだけど、すごく好きなの。女の子にこういう感情抱くの初めてで、でもこの気持ちを大切にしたいと思った。」


嗚咽交じりで告げる。想君は、背中を擦りながら優しく相槌を打ち話を聞いてくれた。


「でも、相手には彼氏がいて、この気持ち諦めようと思ったけど諦められなくて、むしろどんどん好きになっていくの。けど、自分の中でも気持ちの整理つかないままで、その子と普通に話せているのかもわからなくて、勝手に気まずくなっちゃって距離ができちゃった。私、もうどうしたらいいかわからない。辛い、悲しい、でも好きなの。」


そこまで話すと、また涙が溢れてくる。彼は私の背中から手を放し、視線を一瞬窓の外に移し私の方を見ながら話す。


「その気持ち、わかるよ。俺も、今片思いしていて、相手は男の人なんだ。彼女もいる。」


その言葉に顔を上げる。想君は今までに見たことがない、少し悲しそうな顔で笑っていた。


「好きになった人がたまたま同性だった。それだけ。恋をしているときの気持ちはみんなと一緒だよ。だから、無理に諦めなくていいと思う。それに、相手に恋人がいても好きな気持ちは止められないよね。」


私は心がスーッと軽くなるのを感じた。先程までの胸の痛みもなくなったような気がする。同性であるということは、それほど大きな問題ではないのかもしれない。相手に恋人がいても密かに想いを寄せることは許されると思った。


「ありがとう、そう言ってもらえてなんか心が軽くなった気がする。」

「よかった。俺でよければこれからも相談に乗るよ。」

「いいの、ありがとう。私も、もし想君が何か困ってたら力になるね。」

「ありがとう。その時はよろしく。」


私はいつのまにか泣き止んでいた。想君に話を聞いてもらえてすっきりした。


「私、また明日から頑張るね。」

「応援してる。」


雅との距離を前までのように戻せるように頑張ろうと決意する。


その日は二人で鍵閉めをして下駄箱に向かった。正門に向かって歩いていると、想君が花壇の前で立ち止まる。


「どうしたの?」

「カスミソウ、ピンク色。」

「本当だ、可愛いね。」

「『切なる願い』。」

「?切なる願い、ってどういうこと。」

「ピンク色のカスミソウの花言葉。今の橋本さんにぴったりだね。」

「え、そうかな。」

「うん、願い届くといいね。かすみ。」


突然呼ばれた名前にビックリする。図書室で見た少し悲しそうな笑顔とは違いふわっと優しい笑顔を向けられる。その笑顔に私も自然と満面の笑顔になる。今日一日で友達として距離が縮まった感じがして嬉しかった。


「そうだね。お互い届くといいね。」


正門に着くとお互い逆の方向に歩いて行った。去り際には、心の底からの感謝を伝えて。


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