エリエ 18歳
「お兄ちゃんにはわかんないよ、裏口入学だから」エリエは言った。
「俺は頭、良かったからなあ」僕は夜食のクッキーと紅茶をエリエの机に置いた。紅茶はエリエの要望に従って、カフェインレスだ。
「普通ないからね、大学から声がかかるなんて。あーうらやまし。遺伝子はそんなに変わんないはずなのに」
「俺、お前くらいの歳にはもう研究所に勤めて、機人工学の論文とか出してたし」僕は開きっぱなしになっていたエリエの部屋のカーテンを閉めた。
「あ、ちょっと」エリエが抗議の声を上げ、立ち上がる。エリエは星が好きで、夜でもカーテンを閉めないから、そとから部屋の様子が丸見えだ。
「私の唯一の癒やしが……」そう言いながら、エリエはどすんと椅子に座り込み、チョコチップが散りばめられたクッキーを齧った。「太るから糖質は止してって言ってるのになあ」
エリエの机の上には付箋だらけの数学の教科書とタブレット端末が置いてある。タブレットに映る教師は、数学の授業中と思われ、教鞭を掲げたまま一時停止を食らっていた。
「どこで躓いてるんだ?」
「躓いてる前提で話すのやめてくれる? ちょっと休憩してただけだから」
「あててやろう、行列だろ」
「ちょっと、なんで分かるの。今そのページ開いてないじゃん」
「お前が苦手なとこくらい予想できるさ。兄上様だからな」僕は教科書のページを何枚か繰って、問題の一つを指差した。「こことか」
「は、意味分かんない」
「困ったらいつでも天才を呼べよ」
「もう出ていって。邪魔しに来ないで」エリエは立ち上がって僕を部屋の出入り口に押しやった。
「エリエ」僕は抵抗しながら言った。「お前は大丈夫だよ」
「いや、それなんの励ましにもならないから」僕の背を押す腕にいよいよ力がこもる。
「お前は希望の大学へ行けるし、そこで友人にも恵まれる。良い教授の下でたくさん勉強できるよ。だから安心して勉学に励みたまえ」
「それはどうも、預言者様」エリエは遂に厄介者の兄を部屋からはじき出すことに成功した。「おやすみなさい」そういうとドアを乱暴に閉めた。
「無理するなよ」僕は言った。「受験が終わったら、旅行に連れてってやるよ」
「無理しなくていいよ、忙しいだろうし」ドア越しから声が聴こえる。「でも本当に行くなら、私北海道で流氷見てみたいなあ」
「わかった、約束しよう」
僕は本当にそうなるように、心から願った。




