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第13話 ありがとう

 ミーコは後ろ脚のケガと骨折それに酷い脱水症状があったものの、入院してからはみるみる回復していった。


 そして、退院の日。そのまま、ミーコは松原涼子の両親に引き取られることになった。動物病院には、涼子の両親だけでなく彼女の弟と妹らしき合わせて四人が迎えにきている。

 彼らは入院中も頻繁にミーコを見舞いに来ていたようで、すっかり動物病院のスタッフとも親しくなっていた。


 一応、引き渡されるところを見届けに来た千夏と晴高に、涼子の両親は深く頭を下げる。


「ミーコをみつけてくださって、本当にありがとうございます。これで涼子も安心して眠れると思います」


 彼らの持つペットゲージの中で、ミーコは安心しきった様子で丸まっている。


「いえ。ミーコちゃん。元気になって、本当によかったです」


 両親には、ミーコがアパートに自分で戻ってきたところを千夏たちが見つけたという風に説明してあった。まさか、涼子の霊が教えてくれただなんて言えるわけがない。


 そして、動物病院の前で彼らと別れる。駅へと向かう彼らの後姿を見送っていると、涼子の妹さんが突然立ち止まった。彼女はこちらをパッと振り向くともう一度深く頭を下げる。両親と弟さんはそれに構わず、どんどん歩いていってしまう。彼女が立ち止まったことに気づいていないようだった。


「え?」


 淡い水色のワンピースの彼女。顔を上げたその顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいた。 


『ありがとう…………』


 そう、頭の中に声が響く。


「あれ、松原涼子さんだな」


 と、隣の元気が言う。


「ミーコが元気になった姿を見届けたかったんだろうな」


 と、これは晴高。


「え、ええええっ!?」


 元気と晴高の二人には、とっくにわかっていたらしい。

 てっきり妹さんだとばかり思っていた人は、涼子本人だった。つまりミーコのお迎えに来ていたのはご両親と弟さんだけで、そこに涼子が混じっていたのだ。


 涼子はあのアパートの部屋で見た恐ろしい姿とはまるで別人のように、穏やかに微笑んでいた。こちらが本来の彼女の姿なのだろう。もう怖いと思う気持ちはまったくなかった。むしろ、彼女を見ているとなぜかあたたかな気持ちになってくる。春風のようなあたたかさ。

 千夏は彼女に向って手を振る。


「こちらこそ、ありがとう。ミーコちゃんを救ったのは、あなただよ!」


 もう一度、涼子は嬉しそうに微笑むと、光の粒子が空に昇っていくようにふわりと見えなくなった。


「……逝っちまったな」


 ぽつりと晴高が呟く。


「そっか。ミーコの無事が確認できて未練がなくなったんですね」


 千夏はしばらく彼女が昇って行った空を眺める。よく晴れた雲一つない良い天気。隣で晴高がズボンのポケットから煙草を取り出すと、口に咥えて火をつけた。


「禁煙、してたんじゃないのかよ?」


 元気に指摘されるものの、晴高は紫煙を細く口から吐きながらしれっと言う。


「送り火だ。……それにしても、まさか成仏じょうぶつさせるとはな」


 紫煙はゆったりと空へと登って行く。


「成仏って、除霊とは違うんですか?」


「似てるようで、全然違う。除霊は言ってみれば、あの世への強制送還だ。本人《霊》の意思とは無関係に、無理やりこの世からはぎとってあの世へ送りつける。未練を残したままだと、当然霊の方も抵抗してくる」


 たしかに、さきほどの涼子の姿は、最初アパートで晴高に除霊されそうになったときとではまるで様子が違っていた。


「一方、成仏っていうのは、霊本人がこの世への未練をなくし、納得して自分であの世へ旅立つことをいう」


「じゃあ、成仏の方がいいんですね」


 千夏の言葉に、晴高は煙草を手に苦笑した。


「そりゃ、そうするに越したことはないが、そうそう全部にかかわってもいられないし、そもそも未練に凝り固まって話すら通じないやつも少なくないからな。悪霊化してしまってたりしたらなおさらだ。彼女だって、もしあのままミーコが命尽きてたら、どうなってたかわからん」


「そう、なんですね……」


 あんな風に穏やかに彼岸に逝けるのならば、そちらの方がいいに決まっている。なんとか間に合ったことに、心からホッと胸をなでおろしす。

 そして、隣の幽霊男のことを見上げた。


「元気は、なんの未練があってここに残ってんの? いつか成仏すんの?」


 千夏に聞かれて、元気は小首をかしげた。


「さぁ。自分でもよくわかんないんだよな」


 そこに晴高が、


「除霊するか」


 なんて口を挟むものだから、元気は晴高からすすっと数歩離れた。

 なにはともあれ、こうして千夏が抱えた初事案は無事解決したのだった。

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