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ヘヴィ/プラスティック=キャデラック  作者: 式丞 凜
Chapter1 ── Forte(フォルテ)
4/6

#4

 すっかり日が昇った荒野──疾走する漆黒のリムジン=キャデラック・ビースト。


 その車内──むくれるアニー/寡黙なフォルテ。


「マジであり得ないんだけど! どーして『スニッカーズ』買い忘れるわけ? あれだけ自信満々で『わかった』とかカッコつけてたくせに! フォルテのばーか、しね!」


 フォルテの声色を(つか)うアニー──今日で二十回目の当て擦り。


 捕食者(カメレオン)を打ち負かし、すっかり興奮状態だったフォルテは、コンビニエンスストアで購入したアニーの好物を忘れてキャデラックへと戻ったのだった。そして、発進してから数分後、落ち着かない素振りだったアニーがその原因を思い出し、フォルテを散々に責め立てた。最初こそ平謝りしていたフォルテだったが、アニーはいっこうに叱責の手を緩めようとはしなかった。


「なんか言い訳とかないわけ? ってゆーか、今度コンビニ見つけたら絶対買いなさいよ。次、忘れたら知らないからっ!」


 アニーはぴしゃりと言い放ち、ふんと鼻を鳴らすと窓の外へ顔を向けた。どうやら、ひとまず腹の虫は治まったらしい。最初の三回目まではまともに取り合っていたフォルテも、今やおざなりに頷き返すだけだった。


 ハスキーボイスが止み、車内は再び静寂を取り戻す。V型八気筒エンジンが放つ轟々たる駆動音は、厚さ十二センチの防弾ガラスで遮られて車内には届かない。アニーは後方に流れていく荒野をぼんやりと眺めていたが、やがて退屈してきたらしく、おもむろに携帯端末を取り出すとカーステレオに接続し、音楽を流し始めた。


 喧騒めいた前世紀のロックミュージックが静寂を打ち破る。フォルテは思わず顔を(しか)めたが、音楽を止めるようアニーを説得する気力が起こらず、(かまびす)しい旋律を甘んじて受け入れることにした。


 アニーは意気揚々とハミングし、シートから放り出した細い脚をぶらぶらと揺らしている。そのあどけない仕草を横目に、フォルテは黙々と車を走らせた。


 しばらくすると、視界一面に開けた荒野に、黒い棒のようなものがいくつも立っているのが遠目に見て取れた。脚だけではもの足らず、ついに全身を揺らしてリズムに乗っていたアニーもそれを認め、ぴたりと動きを止めて前方へ目を凝らす。


「なんなの、あれ? 通信用の端末?」


「それにしては背が低い。案山子(かかし)のようにも見えるが、なぜこんなところに……」


「カカシ? なんそれ? お菓子か何か?」


 アニー──きょとんとした様子。


「なんでもお菓子に結びつけようとするな。自分で調べてみろ。なんのために《クリティカルネット》があると思ってる」


 フォルテ──(あき)れたように大きくため息をつきながら返答。言い終えてから、《大厄災(メイルストロム)》以降、世界中のサーバーが死滅していることを思い出した。


「カカシというのはな……」自分の失言を取り(つくろ)うように、ぼそりと切り出す。


「へぇ〜 ”農場とかにある害獣を追い払うための装置”だってさ。昔の人って頭良いよねー。今よりも文明は劣ってるけど、一周回って先進的って感じ」


 歴史を馬鹿にするな、と(いさめ)ようとして、フォルテは盛大にブレーキを踏んだ。


 総重量九トンの車体が、じっくり十秒の時間を要して制動──強引な力が加わり、アニーが前につんのめる。


「ちょっと! 何すんのよ、この馬鹿ぁ!」


「このあたりは通信が繋がるのか?」


「自分で確かめればいいじゃん。ってか、そんなことのために、わざわざ急ブレーキかけたの? マジあり得ない。しね、ばーか」


 アニーの小言を聞き流し、フォルテは右の視界に浮かんだ蒼白い文字列へ焦点を合わせた。


 《プロトコル──HARMONY/ステータス──ESTABLISHED》


 可読性を重視した無機質なフォントで示されたそれが示すのは、この一帯は通信可能な状態にあるということだった。視線を動かしてコンソール画面を調べると、聞いたことのないネットーワーク名が表示された。どうやら、この周囲には大規模な個人ネットワークを構築している酔狂な人物がいるらしい。今朝立ち寄ったガソリンスタンドのような店舗や施設ならいざ知らず、人類が根こそぎ旅立った地球で、いったい誰のためにネットワークを構築しているのだろうか。ふとそんな疑問が()いたとき、助手席のアニーがフォルテの肘を小さく突いた。まるでスーパーマーケットでお菓子をねだる子どものように。


「どうした?」


 フォルテが車内に焦点を戻し、助手席へ顔を向ける。


「ん……あれ」


 アニーが神妙な面持ちでフロントガラスを指差した。


 薄いピンク色のマニキュアが塗られたその指の先へ視線を転じる──広漠たる荒野に突っ立った無数の()()()──だが、よく目を凝らしてみると、それが害獣除けの装置などではないことが見てとれた。


「あれは……」


 その実体を知ったフォルテが言葉を失う。


 カカシのように見えていたそれは、錆びた鉄の十字架に磔にされた擬肢体(サイボーグ)遺骸(いがい)だった。


 磔刑(たっけい)にされた機械生命体(マシンメイド)──ある者は片腕をもぎ取られ/ある者は半身を喪失し/ある者は人工皮膜を()ぎ取られて、鋼鉄の骨格が()き出しになっている。


 同族を狩る徘徊者(ハイエナ)の仕業──狩り殺され/生体部品(バイオパーツ)を奪い取られ/餌食(えじき)にされた擬肢体(サイボーグ)たちの墳墓(ふんぼ)。その凄惨なやり口に、吐き気とともに抑えがたい怒りが沸き起こる。


「ハイエナどもの仕業だ。見るんじゃない」


 フォルテがそう言ってアニーの肩に手を伸ばし、そっと抱き寄せた。


 アニーは小さく頷くとフォルテの腕に身体を預け、きゅっと全身をこわばらせた。フォルテは腕の中で震える小さな頭を撫でながら、沈んだ気分を断ち切るように猛然とアクセルを踏み込んだ。


 (まも)らなくてはならない──俺は、何としても、この()(まも)らなくてはならない。


 主人に──アニーの父親に刷り込ま(プリント)れた命令(オーダー)を、何度も心の中で繰り返しながら、乱立する十字架の狭間を駆け抜けた。


 腕の中で怯える少女──どうしようもなく()()()()()()()な、人間の少女。


 その()()()な温もりを感じながら、フォルテはキャデラックを走らせる。





 しばらくすると、地平線の向こう側に林立する廃墟群が見えた。過剰なまでに増えすぎた人口を限られた土地に収容するべく建てられた、細長い建造物──天高く聳える尖塔の数々=世界人口100億人の現代では主流となった”尖軸(アール・ポイント)様式”の住居群。


 すっかり濁りきった川を越え、さらに接近すると、その廃墟群の周囲を10メートルほどの壁が、ぐるりと取り囲んでいるのがわかった。個人ネットワークの帯域下にあることから、どこかに風化した街があると踏んでいたのだが、どうやら予想が当たったらしい。


 徐々に減速し、壁の前で停車──アーチを描く城門めいた街の入り口に立っていた二人の男がキャデラックをみとめ、歩み寄ってきた。


 フォルテは運転席の窓を開け、ネクタイを直す振りをしながら外套の中に右手を差し込んだ。フェンダーの硬質な感触が指先に伝わる。


「あんたら、どっから来た?」


 衛兵の一人──くたびれたシャツを着た男が、フォルテを見下ろし尋ねた。


 開いた窓から穏やかな風が流れ込み、ほのかな潮の香りが鼻をくすぐった。すぐ近くに海があるのかもしれない──そんなことを考えながら、フォルテは顔をあげた。


「ニューヨークからだ。俺はフォルテ。この腕の中で寝てるのが、アニー。ここは街なのか? 城のような構えをしてるが」


 フォルテが努めて愛想よく答えた。腕の中で寝息を立てていたアニーが、むにゃむにゃと寝言めいた呻きを発した。


「ニューヨークから? えらくまた遠方から来たんだな。そういや、お前は北側の出身だったろ?」


 憲兵がぐるりと振り返り、背後に立つもう一人の男に訊いた。


()()()()()のはシカゴだが、それから1世紀もずっとここルイジアナで暮らしてるんだ。俺はもう、れっきとした南部人だぜ」


 男は得意げに胸をぽんと叩いてみせた。


「ここはルイジアナ州なのか?」


「あぁ。来る途中でミシシッピ川を越えてきたろ?」


 先ほど渡った濁流の河川がどうやらそれにあたるらしい。


 シャツを着た男が運転席の窓枠に肘を乗せ、ちらりと車内を一瞥してから手を差し伸べた。


ようこそ(ウェルカム・トゥ)、ルイジアナへ。見たところ、あんたらは怪しい者じゃなさそうだ。ま、大したものはないが、旅の疲れを癒してくれ」


 限りなく人体に似せてあるが、人間の手にしては冷たすぎる。紛れもない擬肢体(サイボーグ)の手だった。その手を握り返しながら、フォルテが尋ねる。


「ありがとう。さっそくで悪いんだが、どこかで『スニッカーズ』は売ってないか? ちょっと入り用でな」


「あんたも擬肢体(サイボーグ)だろ? わざわざチョコレート菓子を食うなんて、変わった趣味してんな」


 フォルテは曖昧に笑ってごまかした。いちいち事情を説明するのも手間だったし、アニーが人間だと知られれば、男が態度を変えるかもしれなかったからだ。《箱舟》への乗船を拒み、地球に留まった人間──いわゆる《残留組(ステイヤーズ)》は、圧倒的な少数派(マイノリティ)ゆえに、とかく擬肢体(サイボーグ)たちから白眼視されている。これまで長きに渡って擬肢体(サイボーグ)への隷属を()いてきた主人。今や数の利で勝る擬肢体(サイボーグ)たちは、今までの鬱憤を晴らすように、人間を排斥しようとする傾向にあった。とはいえ、擬肢体(サイボーグ)と人間を一目で見分ける方法はないので、こちらから打ち明けさえしなければ、相手に素性を知られることはない。


「街の中心部にある市場(マーケット)へ行けば、たいていの()(もん)は手に入る。まぁ、俺には食事を()()にする連中の気が知れないけどな」


 男は大仰に肩をすくめてみせた。


「けっ、おめぇみたいに鈍感な野郎には、食い物の醍醐味なんざ分かりっこねぇんだよ」


 もう一方の男が、心底から呆れたように言った。


「なんだと⁉ どうせ口からモノを放り込んでも、胃袋ん中に溜まった消化ナノマシンが余さず食い尽くすんだ。()()小っさい機械に(えさ)与えて何の得があるってんだよ!」


 シャツの男が傲然(ごうぜん)と身を(ひるがえ)し、もう一人の男に食ってかかる。


 その背中を見送って、フォルテはそそくさとキャデラックを発進させた。

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