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ヘヴィ/プラスティック=キャデラック  作者: 式丞 凜
Chapter1 ── Forte(フォルテ)
3/6

#3

 前進──接近──減速。


 光源──まばゆいばかりの/索漠とした荒野に拓かれた光──旧式のガソリンスタンド。


 自動化された全工程=入店を感知するセンサ類/車体に組み込まれた感応式給油口/まるで生命体のごとく蠢き、給油する注入(イントレット)パイプ/満タンになったガソリンタンクが完了の通知をフロントパネルに映し出す/社会保障番号に紐付けられた《ウォレット》から代金が自動で引き落とされる。


 所要時間=二分二十一秒=煙草半分にも満たない時間。


 フォルテ──フロントガラスに明滅する《給油完了》の通知を呆然と眺めながら一服。


 かたわらで眠るアニーを見る──作業を終えた給油パイプが、ひとりでにタンク側面へと戻り、ガシャンと音を立てる/アニーのか弱い瞼がわずかに動く──起きる気配は無い。


 視線を転じる──今や好事家(こうずか)蒐集(しゅうしゅう)家しか利用しないガソリンスタンド=その(さび)れた外観。


 深夜にもかかわらず頭上から燦々(さんさん)と照りつける不健康/不自然な白熱灯──閑散とした敷地内/その奥に設けられた雑貨店=全米に展開する大型チェーンのコンビニエンスストア。


 視線を車内へ戻す──助手席のアニーへ。毛布に包まり、安眠に沈む処女の肩をそっと揺さぶる。


「アニー、なにか()るものはあるか? コンビニがある。煙草はなしだ。それ以外で頼む」


 アニー=ねむけ眼を擦りながら/むっくりと身を起こす。


「ふぇ……? あ、コンビニ? ってか、ここどこ?」


「何も要らんのなら適当に買ってくるぞ」なかば演技で、なかば本気で言って、フォルテがドアを開ける──予想=アニーに引き()められる可能性=90%。


 開扉を告げるぽーんという軽快な音が鳴る/車内に外気が流れ込み、滞留した空気を和らげる──冷気を浴びたアニー=意識が覚醒。


「あ、あれ買ってきて。いつものやつ」


 予想的中──もとより、言われなくとも最初から買ってくるつもりだった。


 軽く首肯して扉を閉めるフォルテ──熊のように大きな体躯を揺らし、コンビニへ向かう。


 店内──昼夜問わず明るい照明/思わず目を眇める/合衆国の文化的発展を誇示するかのような過剰な明るさ。


 目的の物を探す──店の奥へ──ガラス張りのディスプレイ/ずらりと並ぶアルコール類/その隣にあるお子様向け飲料(ソフトドリンク)──整然と並んだ商品棚(ラック)へ移動──カラフルでポップな製菓の包装/手描きを装った商品ポップ=”長距離を運転するあなたに!”/自動運転が主流の現代人には響かない宣伝惹句(キャッチコピー)──右手に商品をわんさかと抱えてレジへ。


 《ご機嫌よう、旦那。なにか他にお手伝いできることは?》


 商品をレジの天板に置くと、向こう側に快活な青年が現れた──もちろん実在(リアル)ではない/右目に埋め込まれた視覚素子の見せる幻影/脳内に反響する幻聴=すべてまがい物(フェイク)


「煙草をくれ。『レオナルド』の(ロング)だ。カートンで頼む」フォルテの返答──レジ脇に設置されたコーヒーサーバーで特大(XL)サイズのブラックコーヒーを淹れながら/使用者を感知したコンビニの管理システムがすぐさまウォレットから代金を引き落とす/金額を(しる)した蒼い数字が右目に浮かぶ。


 《こちらでよろしいでしょうか?》店員=フォログラフィック──やけに溌剌(はつらつ)とした声。


 レジの背後に並んだ煙草の陳列棚──備え付けの駆動腕(アーム)が亜麻色のカートンを選び取り/レジの上に置いた。


 フォルテ──おざなりに頷いてカートンを脇に抱え込む/ウイスキーのボトルを手に取る/キャップを外し、湯気の立った紙コップへ琥珀(こはく)色の液を注ぎ()れる=フォルテの活力剤/動力源。


 擬肢体(アンドロイド)のフォルテにとって、飲料は娯楽にすぎない──喉の渇きを(うるお)すために飲むのではない/神経回路にまで刷り込まれ(プリント)た習慣がそれらを求めるのだ。


 煙草/酒/珈琲──悪性腫瘍の三大要因=フォルテの嗜好品/生き甲斐のすべて。


 プラスティックなこの世界で、数少ない”ヘヴィネス”を求めて、フォルテは酒気の漂うブラックコーヒーをぐいと(あお)った。


「ぎゃああああああああああ──────!!?」


 絶叫──その声=アニー。


 疾駆──猛然と/屈強な巨躯が豹のようにしなやかさで駆け出す/床に落ちる紙コップ/ぶちまけられた黒い液体。


 ガソリンスタンド──索漠とした敷地/停車する漆黒のキャデラック──その目の前に、()がいた。


 細長い真っ黒の直方体=石碑(モノリス)のように細長い──その足下=地表から数㎜で浮遊/蒼白い噴射光──ひょろ長い体躯の上部に埋め込まれた紅点=センサ/カメラ/そして攻撃手段=血のように紅い単眼(モノアイ)剣呑(けんのん)な光を放つ。


 もの言わぬ機械生命体サイレント・マシンメイド=大気浄化ナノマシン散布用無人機=捕食者(カメレオン)


 バスケットボール大の紅点が車輌へ/アニーへと向けられる──紅い球体の前で輝ける電磁の束が収斂/増幅電磁誘導(ハイ・レーザー)放射──その予備動作(モーション)


 胸に去来する金科玉条(クリード)──簡潔明瞭たるこの世界の(ルール)=”止まるな。時速190キロで(はし)り続けろ”


「どこ見てやがる! こっちだ、唐変木(とうへんぼく)!」


 フォルテの怒声=陽動──成功──捕食者(カメレオン)が滑らかな動きで転身/紅い目がこちらを凝視。


 転瞬──音もなく/卒然に/紅い目から極細の白い光線が射出/噴出/照射。


 フォルテ──脇へ()び退いて緊急回避──寸秒前まで立っていた虚空(こくう)を、女の腕くらいの直径をした光線が穿孔(せんこう)──背後にあるコンビニの窓ガラスが/商品棚が/壁が/その先1キロが一瞬のうちに()き切れた。


 身を起こす──外套の内ポケットへ右手を突っ込む/同時に思考──ガソリンへの引火は避けなければならない。選択/吟味/実行──内ポケットから武器を取り出し、ガソリンスタンドの外=無窮の暗闇へ跳躍(ダイヴ)


 獲物を捕らえた捕食者(カメレオン)──追いすがる/一定間隔を置いて電磁誘導放射(ハイ・レーザー)を放つ──警護仕様に特化した人工筋肉の効力でもって回避/回避/回避──疾走。


 右手に握った破滅銃(フェンダー)=硬質な黒い銃身/47口径の()()()()()()()──いかなる防御策も通用しない重力子照射射出装置=フェンダーを振りかぶり、照星(サイト)──迷いなく、引き金を引いた(トリガ)


 光もなく、音もなく、振動さえもない──不可視の銃撃インビジブル・ショット


 銃把(じゅうは)に装填した薬品のようなカプセル──そこに充填されるナノマシン=伝達/増幅/共振作用。


 規定現実を構成する素粒子──そこに含有される重力子を抽出/増幅/圧縮──それらを瞬時に行うことで生成される極小の虚無=()()()()()()()()()()()


 規定直径=2メートル/最大長(レンジ)=3キロにもおよぶ無慈悲な一撃(ブラストビート)が、黙然(もくぜん)と突っ立った捕食者(カメレオン)めがけて驀進(ばくしん)する。


 捕食者(カメレオン)が底部のスラスターを噴射して回避行動に入る──無体(むたい)な悪あがき。


 光速で射出された不可視の銃撃が、漆黒の筐体を丸ごと飲み込み──消失/霧散/散華(さんげ)


 まるで初めからそこに存在していなかったかのように、()()()()()()


 ゆいいつ、それを否定するのは前方3キロにわたって虚無へと帰した抉痕(けっこん)のみ。


 300年のキャリアを誇る警護要員──その愛銃=フェンダーの威力。


 およそ一介の警備要員が持つには余りある()()()()──フォルテにそれを授けたのは、1世紀前の雇い主だった。迫り来る過去の情景──明滅するフラッシュバック=チャイニーズ・マフィア/泥沼化した勢力抗争/勝つために資産を湯水のごとく投入したかつての雇い主=ボス。


 そして、ふと(よみがえ)る甘美な歌声──ヴェルヴェット・ヴォイス=VV(ヴィーヴィー)──その最後の言葉=”あたし、しくじちゃったのよね”。


 そのとき、左の視界が真っ赤に染まった──過去の情景がたちどころに消失/左目=警護仕様の擬肢体(アンドロイド)生得的に埋め込ま(プリ・インストール)れた戦闘支援システム(CPS)──その警告=《ロックオン。背後(ビハインド)


「まだ居やがったのか!」


 苦々しげに吐き捨て──転身/転進/跳躍──もう一体の捕食者(カメレオン)=背後からの不意打ち──電荷の白色光線/間一髪で直撃を回避/風でたわんだ外套の(すそ)()げついた。


 右手を構える──フェンダーの銃口──銃把下部に刻まれた細長いスリット=起生装置たるカプセルの残量を示す表示蛍光(インジケーター)


 カメレオン・グリーン=残量60%以上=装置交換の必要なし/異常なし──戦闘続行。

 紅い目がこちらを向く──その中央めがけて収斂(しゅうれん)する電荷の束──鋼鉄の黒銃を向け、射撃(トリガ)


 47口径の銃口から不可視の一撃が射出──モノリスめいた捕食者(カメレオン)の筐体へ命中。


 ──異変。


 フォルテの目が驚愕に見開かれる──一瞬のうちに消失するはずだった捕食者(カメレオン)=なおも健在──導き出される推測/結論=()()()()()()()()


「そんな馬鹿な!」


 100年もの間、一度としてなかった不首尾──空前絶後の失態。


 捕食者(カメレオン)の紅点が明滅──極細の電荷の線が射出/照射──フォルテめがけて切迫する。


「くそったれ! なんて()()()()()()()な日だ!」


 ありったけの苛立ちが口をついて出る──瞬時に身を屈め、中腰へ──電磁放射をすんでのところで(かわ)しきり、前進/疾走──最悪の想定に(もと)づき、間合いを詰める。


 フェンダーの失調/キャデラックの機関銃=残弾数を憂慮──残された最後の武器=己の拳。


 夜闇のなかを豪速で駆け抜けながら、駄目押しとばかりにもう一度フェンダーを構える。


 照星(サイト)──銃撃(トリガ)──不発(ミス)


 鋭く舌打ち/フェンダーを外套の中へ収容──迫り来る光線=捕食者(カメレオン)の猛攻──ぎりぎりまで引きつけ──跳躍。


 大きく半円を描きながら捕食者(カメレオン)の頭上を通過──背後に着地/石碑のごとく屹立する漆黒の筐体──足下でスラスター噴射/にわかに翻身(ほんしん)/利き腕=戦車の壁をも容易(たやす)くぶち抜くアンチマテリアル塗装(コーティング)された右拳──猛然と振りかぶり、渾身(こんしん)拳撃(けんげき)をぶっ放す。


「くたばれ、唐変木!」


 着撃──陥没/衝撃──全身の殺意をかき集め、右の拳に伝播/伝達──人工筋肉の臨界点──その上界(リミット)まで、出力を上げた。


 鈍い音が響き渡り、漆黒の筐体をフォルテの右腕が貫通した。


 捕食者(カメレオン)の体に穿(うが)たれた穴から蒼白い火花が飛び散る/精密機器を保護する透明な緩衝液剤ショック・アブソーバー()(こぼ)れる/断絶魔のごとく(あか)い目を不規則に明滅させ──捕食者(カメレオン)が絶息した。


「安物の外殻(シェード)を与えた雇い主を恨みな」


 フォルテの捨て台詞(ぜりふ)──黒い筐体に肩まで食い込んだ右腕を引き抜く/右手を握り/開き/繰り返して常態を確かめる。


 外套からすっかり(ひしゃ)げた煙草のパッケージを取り出し/点火/一服。


 呼気ひとつ乱れぬ練達の警護要員──その戦闘終了の合図。


 悠然と紫煙を吐き出しながら、フォルテは歩み去った──(まも)るべき、少女のもとへ。

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