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1◇オークが転生しました◇


 俺は名もなきオーク。


 そう、豚の魔物だ。


 これまで割りと好き放題にやってきた。

 群れの中で一番の切れ者として通った俺は、群れを率いて旅人を襲い、奪い、犯し、殺した。


 村を襲い、奪い、犯し、殺した。


 街を襲い、奪い、犯し、殺しつくした。



 好き放題だった。

 俺を止める者は誰もいなかったが、そんな俺にも年貢の納め時が来た。


 勇者だ。



 誰だ。

 俺なら勇者なんて楽勝だ、なんて言った奴は。


 相手にならなかった。

 股を濡らして跪いて赦しを請うた。

 これからは誰も殺さない。

 誰かの役に立つ者になるってな。


 そんな俺に勇者は言った。

「死んでやり直せ」ってな。


 俺は死んだ。

 一切の容赦なしだ。


 だから俺は、生まれ変わったらやり直したい。

 誰かの役に立つ者になりたい。


 生まれ変われたら…………。





◇◇◇


 どうやら俺は生まれ変わったようだ。


 目が見えん。

 体も思うように動かせん。


 腹は減ったが、自分の体がガチャガチャゴチャゴチャと揉みくちゃにされて動けん。


 自分が何者かは分からんが、どうやら産仔数さんしすうの多い生き物のようだ。

 纏わり付くガチャガチャゴチャゴチャは兄弟であろう。


 しょうがない。

 俺は誰かの役に立つと決めたのだ。


 蠢く兄弟たちを、恐らく母であろう一際大きな個体の腹へと押してやる。

 そうしてから俺用の乳首を探す。

 食事にありつけたのは良いが、乳の出が最も悪い端っこの乳首だな。


 まあ良い。

 生まれてすぐに誰かの役に立った。

 俺は満足だ。



◇◇◇


 思い出しただけで恐怖が蘇る。


 違う。

 俺を殺した勇者の事ではない。

 生まれて数日後、俺はもう雄ではなくなったのだ。


 どうも俺たち兄弟は人族に飼われていて、人族の話す内容を聞いた限りでは去勢する事で良い事があるようだ。


 そうだ。

 何故かは知らないが俺は、人族の言葉を理解できている。

 逆に母や兄弟の言葉はよく分からない。

「ブヒブヒ、ブーブー」と鳴いているようにしか聞こえぬ。


 俺はどうやら豚に生まれ変わったようだな。

 オークから豚。

 なんの冗談だと叫びたい。

 が、俺はこの境遇を受け入れたい。

 誰かの役に立てばそれで良い。


 去勢され、さらに二十日ほど。


 今度は母や兄弟と引き離された。人族の身勝手さに溜息が出る。

 さりげなく手助けした兄弟たちは元気にしているのか。兄弟たちに乳を多く与えたせいで、俺は兄弟の中で一番体が小さかったのだがな。



 無理矢理に乳離れさせられた後は、配合飼料という餌を与えられた。

 理に適った餌のようだ。俺以外の豚たちはガツガツと食べ、日に日に体を大きくしているのだから。

 ただ、どうしても俺の味覚には合わん。味も素っ気もないのだからしょうがない。だからまた、仲間の豚たちに多く食べさせた結果、誰よりも小さい個体となった。





 生まれて百五十日ほどが過ぎた。

 相変わらず俺は皆に比べて小さいままだ。


「美味しいお肉になるんだよ」

「いっぱい食べて大きくなれよ」

 この施設を出て行く仲間たちへ、ここの人族どもが話し掛ける内容を勘案するに、どうやら俺たちは食用の豚として育てられているようだ。


 ふん。

 生まれ変わった先が肉の為の豚とはな。

 笑えぬ。

 が、この境遇をも受け入れたい。

 誰かの幸せの為に役立てられればそれで良い。


 肉として生まれたからには、美味しい肉になるのが、この施設で働く人族の為、俺を食べる誰かの為になるのであろう。

 そう考え、味も素っ気もない配合飼料を我慢して食べるようになった。



 しかしだ。

 この施設の環境はどうだ。


 狭い豚舎にひしめき合う豚ども。

 垂れ流した糞尿にまみれた豚ども。


 劣悪だ。


 こんな環境で美味い肉になれるとは思えぬ。



『おい、人族の男よ』


 キョロキョロするこの施設で働く人族の男。


『そうだ、お前だ。……そうだ、俺だ。俺がお前の心に話し掛けている』



 その後は大騒ぎであった。

 どうやらこちらの豚どもには念話で話す能力は無いらしい。


 『てれびきょく』とか言う連中が来て、前後に長い黒い箱を俺に向けてなんだかんだと喚いておった。

 ここに来た連中は俺の念話に驚いておったが、黒い箱の向こうには声が届かないと嘆いておった。

 この時は何の事か分からなかったが、後日、自分が『からーてれび』という分厚い黒い箱に映る姿を見た時に合点がいった。


 馬が引かなくても走る不思議な『とらっく』とか言う車に乗せられ、どこかへも連れて行かれた。

 頭にペタペタと貼られ、何やら俺の頭を調べておったがな、結局何も分からなかったらしい。

 こちらの世界の技術は進んでおるのか遅れておるのか分からんな。


 頭を抱える白衣の男達を尻目に、俺は俺の望みを伝える。


『俺は、俺たち豚の環境改善を求める。あの劣悪な環境では美味い肉になれるとは思えぬ』


 食用の豚を育てる仕事、養豚業界に激震が走ったそうだ。

 何せ豚からの意見は初めてだったらしいからな。


 それから直ぐに環境は改善された。

 聞く耳を持った人族たちで僥倖であったわ。

 俺より後に生まれた豚どもは、豚同士で体をぶつけ合い肉質を落とすことなく、衛生的な環境ですくすく育ち、みな美味い肉となってこの施設を出て行った。


 俺か?


 俺も生後二百日ほど経った頃、これからも豚を代表して意見が欲しいと具申があったが、ようやく百『きろ』を超え食肉として適応した大きさへと育った俺は、また俺の望みを伝えた。


『食肉として誰かの為になりたい』とな。


 僅かに『美味しい肉』となる期間は過ぎてはおったが、俺の望みは聞き届けられた。

 『とちくじょう』という施設へ向かう『とらっく』に揺られている。


 何度も考えを改める様に意見を受けたが、やはり俺の選択は間違っていないはずだ。

 食肉の道を選ばなかった方が、人族や豚どもに取って役に立ったかも知れん。


 しかし、俺は食肉になる事を選んで良かった。


 どこかの食卓に上る俺。

 『とんかつ』か、『ぽーくそてー』か、献立は何だって良い。

 美味しそうな顔をして俺を食べて貰えれば満足だ。


 惜しむらくは、その美味しそうな顔を見れん事だな。


 また生まれ変わっても、誰かの役に立つ道を選ぼう。

 では、さらばだ。

 またな。

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