異世界怪談『龍の鱗』
「うぎゃあ!」
正直、油断はしていた。とリーフェは言う。
村の近くにある原っぱで、彼女は薬草集めをしていた。
薬草集めは、村の子供たちにとってわずかながらのお小遣いを集める手段だった。
さらに、リーフェには特技があった。
足の裏で草を踏むと、それが薬草かそうではないかを判別することができるのだ。
薬草は踏むと、なんだか地下から湧き上がる水の中に足を突っ込んだような感覚があるのだ。
だから薬草を探している間はいつも素足なのだが、それが今回は失敗だったし、成功でもあった。
ぐさり。と、なにかが足の裏に突き刺さったのだ。
肉を押しのけるその感触に、リーフェは全身から脂汗が滲むのを感じた。
大声をあげて、彼女は原っぱの上に横たわった。じんわりと足の裏から体の中に染みていく痛みに、リーフェは顔をしかめながら、自分の足の裏を確認した。
そこには、握り拳大の尖った石が突き刺さっていた。見てみると、余計に痛みを感じる。
リーフェはそれを掴むと、目に涙を浮かべながら思いっきり引っこ抜いた。思ったよりも血は流れなかった。
自分の血がべったりとついた尖った石を、リーフェは睨みつける。
それは魚の鱗を大きくしたもののようにも見えた。リーファはそれに見覚えがあった。
父親が読んできた図鑑で見たことがあったような気がした。
「……そうだ、龍の鱗だ」
リーフェは痛みを忘れて立ち上がった。
龍といえば、悠久の永い永い時を生きるモノであり、その時の間で磨かれた鱗と骨は、そんじょそこらの宝石よりも価値があるのだという。生きている龍から鱗や骨を奪うのは不可能に近く、彼らの死体から採取することになるのだが、彼らは自分の死体を隠すように死ぬのだ。
そんな貴重なものが、どうしてこんな草原に埋まっていたのだろうか。
これがもし本物なら、薬草探しなんてする必要がなくなるぐらいのお金が手に入る。とリーファは喜んで小躍りをしたらしい。
龍の死体だというのなら、きっとこれ以外にもたくさん落ちているに違いない。
足の裏をケガした脚を引きずりながら、リーフェはさっそく辺りの地面を掘ったりしながら鱗を探してまわった。日が沈むまでずっと探し続けたが、鱗はでてこなかった。
夜になっても帰ってこなかったら、家族も心配するだろうし、モンスターも出てくるだろう。リーフェはさっき見つけた自分の血で濡れた龍の鱗を拾い上げて、帰ろうとした。
「あれ?」
しかし、探しても探しても龍の鱗は見つからなかった。どこかで落としてしまったのだろうか。そう考えて、さっきまで歩いていた道を巻き戻るようにして探して回ったけれども、見つからなかった。
とうとう太陽が隠れてしまうぐらいになっても見つかることはなかった。
リーファは明日探そうと、至極残念そうに唇を噛みながら家に帰った。
次の日である。
ベッドから足をおろしたリーファは左足に痛みを覚えて、床に倒れこんだという。
昨日、龍の鱗を踏んだ足だ。リーファは痛みに悶絶しながら、足の裏を確認した。
小さなコブみたいなものができていたらしい。カサブタにしては大きいし分厚い。
きっと、昨日龍の鱗を踏んだときに変なものが体の中に入ってしまったのだろう。
不気味だったけれども、彼女は親に相談したりはしなかった。
まあ。いつか治るだろう。リーファはそう考えて、またあの草原に向かったらしい。
今度は素足ではなくて、靴を履いて。薬草を探してではなく、龍の鱗を探してだ。
昨日龍の鱗を踏んだ場所に立つ。そこから周りをくまなく歩きまわって探した。左足は歩くたびに激痛がはしった。痛くて痛くて仕方なかったけれども、はやく見つけないと誰かに龍の鱗が取られてしまうかもしれない。リーファはそんな理由で、左足を引きずりながら草原を歩き回った。
けれども、何日も探しても見つからなかった。足の裏のコブは日に日に治るどころか、どんどん大きくなっていっていた。今となっては拳大ぐらいまで大きくなっていて、もう靴を履くことすらままならなくなって、空気に触れるだけで全身に痛みがはしるぐらいにまでなっていた。そこまでくると誰もが違和感に気づく。しかし、その違和感が確実なものになったのは、彼女が龍の鱗を踏んでから二週間ほど過ぎたある日だった。
目を覚ましたというのに、目の前は真っ暗だった。まぶたを閉じたまま目を覚ましたらこんな感じだろうか。しかし、まぶたを閉じているつもりは更々ないわけで。
不思議に思ったリーファは自分の目を触った。
まぶたは閉じていなかった。けれども、自分の目を触ることはできなかった。
なぜなら、まぶたの上にできた大きな大きなまん丸としたデキモノが、リーファの目を塞ぐようにできていたからだ。
それに気づいてから、急に頭が痛くなってきた。吐き気が腹の奥からせり上がってきて吐いてから、彼女は意識を失った。
目を覚ますと、リーファはベッドの上で横たわっていた。目を覆うような大きなデキモノはなくなっていて、まるでさっきまでのは夢の話であるかのようだった。
よろよろ上半身を持ち上げると、手を拭いているお医者さんの姿が見えた。その手は真っ赤になっていた。
「目を覚ましたかい?」
と、呼びかけられてリーファは静かに頷く。調子は、気分は、痛みはないか? と連続で尋ねられて、リーファはそれに対して順番に頷いていく。痛みがあるか。という質問には、ある。と答えた。
目の上のデキモノはなくなったけれども、それでも痛みは続いていた。
お医者さんは困ったように首を傾げてから、どこかデキモノができたりはしてないかな。と尋ねてきた。リーファは足の裏を指さした。そこにあったデキモノはもはや足を覆いつくさんばかりに大きくなっていた。それを見たお医者さんは。
「よくここまで放置していたね」
と苦笑混じりに言った。
お医者さんは小さなナイフを取りだすと、おもむろにデキモノを切った。針の先で指を刺したような軽い痛みがした。
「ああ、こっちにも詰まってた」
お医者さんは呟く。
リーファは恐る恐る足の方を見る。
デキモノの中からゴロゴロと龍の鱗と骨が転がって出てきた。
もう、一体どこにこんなに入っていたのだろう。というぐらいでてきた。
「もしかしてきみ、龍の墓を荒したりしなかった?」
次の日リーファは街の神殿まで親に連れて行ってもらい、そこでお祓いをしたという。




