第一章4
金属と金属が触れる音とともに、シマキが蓄えた力は掻き消えた。律の刀は鞘から放たれ、シマキの剣を弾き飛ばしていた。暖かい光が降り注いでいるように見える。その状態を見たオーブは窓から飛び降り、ふわりと着地すると律に向かって駆け出した。
我に返ったシマキが急いで剣を手にし力を発動させようとするが、風は一つも集まらない。
「どういうことだ」
シマキが律をにらみつけるが、律自身にも何が起きたのかはわかっていなかった。もう一度風を集めようとしてみるが、何の反応もない。
「お前は何者だ。何をした」
シマキが律に掴みかかろうとしたその時、どこからともなく紙飛行機が飛んできて二人の間に落ちた。一筋の白い煙が紙飛行機からは上がっており、駆けつけたオーブが警戒して律を後ろにかばった。
「シマキ、もう帰ってきていいよ。尋ね人は見つかった」
柔らかな青年の声が聞こえてきた。煙の向こうから誰かがこちらを見ている。
「君が新しい勇者なんだね。永遠に来なくていいと思っていたのに……。僕のことはわかるかい」
「あなたが魔王ですか?」
「そうだよ」
魔王アリスレイは軽い調子で肯定する。二人の目が合った。
「必ず君を殺す」
「私も必ずあなたを倒します」
魔王の瞳を正面から受け止めて律は返した。魔王が悲しそうに笑ったように見えたが、緑色の炎に包まれ確認できなかった。
「勇者様には手を出さずに帰れ。いいな」
最後にシマキに命令をして、紙飛行機は燃え尽きた。灰の一つまみも残っていない。三人ともしばらく無言で地面を見つめていると、シマキが先に動いた。はっとしたように律が構える。
「お前たち城に帰るぞ」
忌々しそうに発声して踵を返し、布を数枚懐から出して地面に敷いた。部下たちは戸惑いながらも後に続きその布に乗った。
「お前が何をしたかは関係ない。次は仕留める」
最後に振り向いたシマキはそういうと、何事か唱え全員消えた。その場には、律とオーブと建物から出て走ってくるアルクが残された。
「リツ。ありがとう。あいつらを追い出してくれたんでしょ」
興奮気味に話しかけるアルクに、律は微妙な顔を返した。
「どうなんでしょう。一時撤退って感じでしたが。そもそも私はそういう目的で動いたわけではありません」
「手柄にしといたらいいのよ、真面目ねぇ。自分の技がかき消された時のあいつの顔見た? 間抜け面ですっきりしたわ」
はぁ、と気の抜けた声で返事をする律にどんどん褒め言葉をかけるアルク。困った様子の律を見て、オーブが止めに入った。
「とりあえず刀は取り返したシ、当初の目的地を目指すゾ」
アルクを押しやり律の袖を引いて急いで立ち去ろうとする。律もお世話になったお礼を述べて歩き出そうとするが、アルクは両手を広げて立ち塞がった。
「魔王がどうの勇者がどうの聞こえたけど、説明しなさいよ。あの弱っちいのと二人で倒しに行くつもり?」
「私個人の問題ですから、アルクさんを巻き込むわけにはいきません」
アルクの腕をよけて、前にいるオーブのところへ歩き出す。
「あたしはあんたのカタナを盗んだし、さっきはあんたを助けたわ。まるきり無関係じゃないでしょ。教えなさいよ」
律の背中に向けて強い語調でいう。
「さっきのはオマエが勝手にやっただけだロ」
オーブも強く言い返す。しかし律は振り返らずにいった。
「私は手違いでこの世界に来て、元の世界に戻るために勇者の剣を抜きました。私は元の世界に戻るために魔王を倒さないといけません。私の行動は徹頭徹尾自分のためです。先ほどあなたは私にお礼を言いましたが、私は刀を返してもらうために行動したのであってこの街のためではありません」
「ですから、何も気にする必要はありません」
一呼吸おいて話を締めくくると、律は歩き出した。オーブを追い越し、まっすぐ前を見て歩いていく。オーブも後に続いて歩き、二人が遠ざかったところでアルクが叫んだ。
「あたしもあたしのためにあんたたちについて行くわ」
そしてそのまま走ってきて律の背に抱き着く。
「あたしの快適な生活のために魔王を倒さないといけないわ」
肩越しに律の顔を覗くと、瞳が揺れている。
「オマエ何言ってんダ」
アルクを引きはがし詰め寄る。そんなオーブを見下ろしてアルクは口の端をあげて笑った。
「利害が一致してるんだから、共闘したほうがいいでしょ。ねぇ、リツ」
律は無言のまま振り向いた。そして否定の言葉を紡ごうと口を開きかける。
「何が起きてもあたしの自己責任だから。一緒に行きましょ、旅は道連れがいたほうが楽しいのよ」
軽い口調と笑顔の中に気迫を感じて、律は頷くしかなかった。
「さてと、まずはあんたのぼろぼろの服をなんとかしにハンデルに行きましょ」
現在オーブと律はアルクの家にいる。シマキとの戦いで切り裂かれた服をなんとかするために、あの後引きずられるようにして連れてこられたのだ。もちろんオーブが直すこともできたが、アルクがあげるといってきかなかったのだ。
しかし、アルクの服は露出が多く、またサイズの違いによりその話はなくなった。その代りに、新しい服を調達しに行こうというのである。
「それだったら俺が直ス。無駄に金は使えないからナ」
うんうんと賛成する律を見てアルクはため息をついた。
「あんたたちわかってないわね。そんな普通の布じゃまたすぐ破れるし、何の保護にもなってないわ。ハンデルにはいろんな商品が集まるの。魔法で強化された服もあるのよ」
「俺でもそれくらいできるガ」
「あんたはセンスがないでしょ!」
ぴしゃりと言い切られオーブはうなだれる。先ほどアルクの服のサイズを律に合わせて直したら、蛍光色になったうえにおかしな装飾までついてきた。元に戻すのと作り変えるのでは勝手が違うらしい。
「ねえリツ。リツだってかわいい服のほうがいいでしょ」
律の肩に手を置いて顔を覗きこみ、甘い声で説得にかかる。
「そうですね」
オーブの感性がずれていることをよく知っている律は、苦笑いをしながらオーブを見た。
「うッ。高いのは買わないからナ」
オーブは涙を浮かべながら、結局は律の望みを優先した。
「よーしよし。じゃあ今日は休んで明日出発しましょ」
「遠いのカ」
てっきり店の名前かと思っていたオーブが問いかけると、アルクは不思議そうな顔をしてすぐに合点がいったという表情になった。
「ああ、別のとこから来たのよね。ハンデルは世界中の物が集まる商業国家よ。この街は国境近くにあるんだけど、それでも大きめの市があるところまで行くなら2日はかかるわね」
2日と聞いてオーブが嫌そうな顔をした。市に行くためにはどちらにせよ服を直す必要があるからだ。
「かわいくて機能的な服を買うの。あなたが作る変なのじゃなくてね」
律があまりにも嬉しそうに言うので、オーブは諦めるしかなかった。




