第一章3
「彼女が言うにはここで間違いないのよね」
眠たくなる陽気が降り注ぐ小道から、律とオーブはアルクに教わった場所を眺める。屈強な人間もいれば、どう見たって人ではないものもいる。アルクの話では、八人かける五つの分隊を一人の小隊長がまとめているらしい。
日が傾くまで観察を続けていると、戻った八人と入れ違いに出て行ったグループの中に律の刀を持つものを視認した。四十人よりは八人のほうが取り返しやすいわけで、二人もすぐに彼らを追う。幸いなことに、彼らは和やかに話しながら人気のないほうに向かっていく。
「おい、つけてるのはわかってるんだ。さっさと出て来い」
開けた場所で彼らは立ち止まり、分隊長とみられる人が睨みを利かせて言った。とはいえその方向は、律たちがいる場所と真逆である。
「私たちに言ってるのか、それとも別に尾行してる人がいたのか。どっち?」
「あんなに堂々としてるから別にいたんじゃないカ?」
二人は尾行初心者なので見つかることは覚悟していたが、こうも見当はずれなことをされると戸惑ってしまう。しかも話している人以外の七人は、隊長を囲んで座り込んだり囃し立てたりしている。ヤンキー座りというやつだ。
「来ないならこっちから行くぞ」
腕組みをしてふんぞり返った隊長が歩いていく。その先に人が隠れているようには見えない。
「あんなので大丈夫なの。勝てそうなんだけど」
「力が強いだけなんだろウ。なんだか哀れダ、飛び道具も持ってないし出て行ってやらないカ」
あきれて目を瞬かせる律にオーブが提案する。そうねと言って二人が物陰から出ていくと、その音で彼らが振り返った。二つのグループの間にはそれなりに距離があるのに、明らかに動揺しているのが見て取れる。
「はじめまして、こんにちは。私は律と申します。あなた方が奪った赤い刀はもともと私のものなのです。返していただけないでしょうか」
早足で近づきながら笑顔で言う。相手方にはさらに動揺が走ったものの、律が目の前に立った時にはもう態勢を整えていた。
「なんだまだ小さいじゃないか。ねえちゃん、ここのルールはとったもん勝ちだ。知らないわけじゃないだろ。最初に盗まれた時点でもうこれはお前のものじゃない」
にやにやと意地悪く馬鹿にしたように言う。周りの奴らも口々に囃し立ててせせら笑っている。
「後ろの坊ちゃんは身なりがいいねぇ。身ぐるみおいて行ったら見逃してやるぜ。ああ、ねえちゃんはこっちで俺らの相手をしてくれや」
顔を伏せて動かない律の肩に手をまわし、あんた美人だからなと舐めるような視線をよこす。周りの見下した発言と下卑た視線を受けて、律はため息をついた。肩に回っていた腕をひねり上げ、持ち上げた男を地面にたたきつける。
「うん。勝てるわこれ」
顔を上げた律は心底呆れた顔で近くにいた別の男も蹴り飛ばす。残りの奴らはあわてて武器を取り臨戦態勢に入るが、それより早く律は刀を手にし構えた。
「展開としてありがちすぎると思います」
棍棒やら何やらを手にして向かってくる男たちを華麗によけながら、律は鞘の付いたままの刀で殴り倒していく。律がどれだけ激しく動いても、鞘が外れるようには見えない。地に付した男たちが動く気配はなく、最後の男を仕留めようと律が体を向けると、刀が届くよりも早く男が笛のようなものを吹いた。キンと頭に痛みが走る。
「まずいゾ律。呼子ダ。早くここを離れたほうがいい」
笛を吹いた男を気絶させ、振り返った律にオーブが言う。
「もう遅いみたいよ。それよりこれ離れないんだけど」
平然と言う律は刀を引っ張るが、合わせ目は少しもずれない。
「それこそどうでもいイ。うわッ」
律に向かって走っていたオーブの前に大剣が落ちてくる。後ろからも前からも、ぞろぞろと残りの人たちが出てきて囲んでいる。
「君が私の部下を倒したのか」
一際強そうな雰囲気を放ち、冷静そうな男が進み出る。オーブはさっと律の後ろに移動し、男は突き刺さった剣を抜いた。
「私の刀を返してほしいとお願いしたのですが、交渉が決裂してしまいまして。この方々曰く、とったもの勝ちがルールだそうですね。私が取り返しても問題ないのでは?」
律は男を見つめて警戒を解かずに言った。オーブも辺りに気を配り構えている。
「まあ確かに通常はそうだが、もう一つルールがあることを伝え忘れているようだ」
魔王の配下に逆らうな、男は静かな声で言った。男が薄く微笑んだ次の瞬間、オーブが律をつかんで横へ跳んだ。律が男を見ると剣をふるった体制でこちらを眺めており、二人がいた場所には大きな溝ができていた。男の剣戟で何人かの部下は吹き飛んでいる。
「ほう、君は後ろの少年に感謝をするべきだね。私の風を避けられる人は、そんなにいないのだから」
律は男のほうを向いたまま、ありがとうと言って手を放してもらう。
「つまり、民衆小なり魔王の配下という力関係ですか。そして配下の中でも上下関係は絶対ということですね」
先ほどの一撃で死んでしまった数人を、ちらりと見て律は言った。他の部下は顔色も変えていない。
「あ、はじめまして。私は律と申します。あなたのお名前は?」
思い出したようにニコリと笑って律が言うと、男は表情を変えずにシマキと名乗った。
「自己紹介とは豪胆だね。まあここで死んでいただくわけだが、礼儀正しい人を殺すのは惜しいな」
「じゃあ見逃してくれませんか。私はこの刀以外に用はないので」
「そうはいかない」
まっすぐ突撃してくるシマキの剣を受けさせられる。もちろん耐えきれるわけがないので律は吹き飛ばされた。部下の男も道ずれに廃墟の壁に叩き付けられ、崩れた建材に埋もれる。
「上下関係をしっかり規律しなければ乱れるのでね。さて少年、大人しくしていればできるだけ痛みを与えず楽にしてやろう」
ゆっくりと剣先がオーブに向けられる。オーブの顔を見たシマキは、その外見に似合わない老成したまなざしで見つめられた。
「律はまだ実戦経験が不足しているんダ。お前が相手なら十分鍛錬になるだろウ、刀も抜けるに違いなイ」
その言葉に応えるかのように、がれきが崩れた。姿を現した律の服はボロボロだったが、大した傷は負っていない。
「痛みの割には五体満足でよかったです。次はこちらからいきますよ」
剣と柄が激しくぶつかり合う音がする。いまだ律の刀は抜けていなかったが、うまくシマキの攻撃を避けつつ打撃を与えることに成功している。だんだんと彼の速さに慣れていっているようだ。とはいえ周りにはまだ二十人を超えるシマキの部下がいて、手を出す機会をうかがっている。
さてそんな中でオーブがどこにいるのかというと、一人で離れた場所にある建物の三階に避難していた。窓から律の動きを見守っている。
「ちょっとあんた、隠れてるだけで支援してないじゃない。あんなにかっこつけたのにさ」
突然肩をたたかれたオーブは跳びあがって距離を取る。よく見ると後ろから声をかけたのはアルクだった。
「なんだオマエか。何しに来たんダ?」
平然とした様子を取り繕っているのがおかしい。
「あんたらが心配でこっそり付いてきたのよ。そしたらなに、一人だけさっさと逃げてるじゃないの」
「逃げてるんじゃなイ、これは律が乗り越えるべき試練なんダ!」
アルクはどう見てもびびってるし、とあきれながら突っ込みを入れる。オーブは誤解を解くべく必死で説明するが、アルクは半信半疑である。
「まあ、これがあの子の訓練だってことはわかったけど、あの強い隊長さん以外はあんたが倒してもいいんじゃないの」
笑いながら説明を聞き終わり、真顔になって言う。なにせいつ自分の上司に加勢するかわからないのだ。
「今の俺は弱イ。鳥にも負けル」
「は?」
予想すらしない発言にアルクが素で聞き返すと、オーブは目をそらして言い訳としか聞こえないような言葉を並べた。曰く、もともと肉体の耐久力が弱く、それを強大な魔力でカバーしていたこと。しかしこの世界ではその魔力すらも限定され、肉体的な攻撃力はスズメにも劣ること。そして武器でもあればよかったのだが、現在何一つ持っていないこと。
「よくわからない発言もあったけど、とりあえず、嘘でしょう」
オーブが大きく首を振る。ためしにでこピンをさせてみると、そよ風よりも弱い刺激だった。
「……」
「ナイフでもあれば別だったんダ!」
じっとりした目で見つめるアルクに向かってオーブが叫ぶ。アルクは何か考えながら長く長く息を吐いた。そして、弓矢を握り窓の外を見下ろす。そこでは、バランスを崩した律が、向かってくる男たちを間一髪でかわしていた。
「仕方ないわね。あたしがやるわ」
そう言ってアルクは弓を構える。
「ちょ、ちょっと待テ。《掩蔽》《錯覚》」
オーブが手をかざして叫ぶと同時に矢が放たれた。矢は一直線に飛んで、シマキの部下を射抜く。
「腕がいいナ」
「ありがと。何をしたの」
第二射を放ちながら、アルクは問いかけた。この矢も狂いなく相手の胴を射抜いた。
「居場所がばれないように目くらましをしたんダ。接近された困るからナ」
「なるほどねえ」
矢は風を切り正確に命中していく。どこから狙われているのかがわからず、浮足立つ部下たちに向かってシマキが何事か叫ぶ。すると、冷静さを取り戻したようで、周囲を警戒しながら律が逃げられないように周りを囲み始めた。
「悪いんですが、そういうちまちました攻撃やめてもらえませんか」
シマキが作り出す小さな竜巻をよけつつ、彼の剣も避ける。しかし数が多く、律の体には小さな切り傷が増えていく。大技でも出れば隙ができるのではないかと、挑発的に言ったものの、シマキは確実にしとめる動きしかしない。
「小物っぽいですよ」
律の発言は全く気に障らないようだ。周りの男たちも、飛んでくる矢が脅威ではなくなったようで、律の動ける範囲が狭くなっていく。
「いたっ」
後方の竜巻の動きを一つ見落としていた。律が前に飛ばされると、横から来ていた竜巻に正面からぶつかってしまう。
「さて、ここまで手間をかけさせられたからな。死んでもらおう」
すぐに立ち上がろうとした律の首元に、剣の切っ先があてられた。ごくりと唾を飲み込みシマキを見上げる。律は口元を笑ませた。
「まあ、散々言われたからな。最期は私のとっておきで逝ってもらおうか」
「それってさっきのやつですか?」
「いいや。倍以上だな」
剣を引き、腰で構え突きの体制をとる。剣全体に風が集まっていき、強大なエネルギーが蓄えられている。こんな危機的な状況でもなぜか律は焦りを感じなかった。刀は抜ける。絶対大丈夫。そんな確信がどこからともなく湧いていて、柄を握りしめた。




