第一章2
二人は今、馬並みに速いのではと思われる速度で道を走っている。昨日の女性の居場所はそう遠くないけれど、刀を売られてしまっては探すのが大変になってしまうからだ。
「私ってこんなに速く走れたのね」
一瞬で後ろに遠ざかる木々を見て律が不思議そうに言う。
「勇者となれば体が多少変化するらしいゾ。このままなら昼前には街へ着くだろウ。あの女に動きもないシ、無理はしなくていいからナ」
そういって気遣うオーブは、律の全速力にも余裕でついてくる。
「でもその街より向こうにあの人はいるんでしょう。あの人は足が速かったし、急がなくちゃ」
「そうだガ、体力は考えろヨ」
夜明け前に起きて朝日とともに出発して以来、二人はずっと走り通しだ。律が無理をしていないかと、オーブはずっと心配している。それなのに少し律がスピードを上げた。ため息をついた後、二人は無言で街を目指した。
「寝てロ!」
「まだ走れるわよ」
街について早々、律は宿屋の粗末な寝台に寝かしつけられた。オーブはご丁寧にも術を使っているらしく、律の体は起き上がらない。
「無理しやがっテ。自分の足を見てみロ、最低でも夜中まで動かさないからナ」
確かに律の足は真っ赤に腫れていて、爪にもひびが入っている。こんな状態でたどり着いても取り返せるものかと言うオーブの言葉は正しい。
「必要なものは俺が調達してきてやル。おとなしくしてロ」
オーブは手早く必要な処置をして、部屋を出ていく。その姿を律は恨めし気に見送った。
どうもうまくいかない、と律は思った。何がといえば力の入れ方だろうか。体内が今までと違うように感じられる。体力が有り余っているようで、なんだか脆くなった感じもする。すぐにでも出発したいと律の心は急くのに、足は感覚が感じられず思うように動かなかった。
「うー」
オーブが心配してくれていることは、律にだって分かっている。しかしどうにも悔しくて情けない。しかし結局、根が真面目な律は回復が先だと受け入れて眠りについた。
律が目覚めたのは夜だった。部屋には小さく明かりがともされていて、目を動かすと椅子に座ったオーブが視界に入った。
「起きたカ。足の調子はどうダ」
そう言ってオーブが明かりを持って近づいてくる。オーブはオーブは優しく律の足に触れると、驚いたように体が固まり患部をまじまじと見つめた。その様子を見て訝しんだ律が自分の足を見ると、腫れも傷もないきれいな足があった。
「どういうこと」
呆然とつぶやく律にオーブは分からないと首を振る。寝台から降りて足踏みをしてみても、調子はすこぶる良いようだった。
「どうする行くカ? ゆっくり走っても朝には着くと思ウ」
律はもちろんだと頷いて荷物をもち、二人は街を後にした。
その街は前の街よりもはるかに大きく、朝からとても賑わっていた。露店や店先に並んだ珍しい品々に律は興味津々だったが、まっすぐに女性の居場所を目指した。そこは街のはずれに位置するあまり治安のよくない場所だった。
「こんにちは。早速ですけど、先日あなたが盗った私の刀を返してください」
開け放たれた戸を律儀にノックしたうえで律は言い放った。中にいた女性は驚いたようで、上っていた梯子から落っこちた。
「えっ、あんた、なんで」
律を指さす腕が震えている。
「まあいろいろとありまして。返してくれますか」
小首をかしげて律が問う。後ろにいるオーブは威圧感を発しているし、女性は逃げ道を探すように目をきょろきょろと動かしている。
「そんなに怯えないでください。私は律です、あなたのお名前は?」
律がささっと女性に近づいてその両手を握る。目を合わせた女性は観念したように答えた。
「アルク=フレッチャよ。あんたから盗ったカタナ? はもう持ってないわ。もっとひどい奴らに奪われちゃったの」
首をすくめる彼女の体には、よく見ると所々包帯が巻かれていた。その傷も気になったが、律は刀がないかと周りを見回した。アルクの家の中は整然としていて物が少なく、刀は見当たらない。
「調べるゾ」
オーブの手から光のようなものがこぼれでる。その光はしばらく空中を漂っていたが、オーブが残念そうに首を振ると消えた。
「誰に盗られたんですか。居場所は分かります?」
「あんた取り返しに行くつもり? やめときなさい。魔王の軍には異形の者や戦闘狂が多いんだから」
すぐにでも出かけそうな勢いで律が尋ねると、アルクはあわてて引き留めた。
「どういうことですか? 話してください」
握っていた手を放して問いかけると、アルクは戸口に向かった。あたりを見回して近くに人の気配がないことを確かめる。扉を閉め律たちのほうに戻ってくると、躊躇いがちに小さな声で話し始めた。
「あんたたちも知ってると思うけど、ここみたいな大きな街には魔王が配下を常駐させてるでしょ。治安維持って名目だけど実態は真逆。普段から近づきたくない連中だけど、一昨日あたしがあんたのカタナを盗ってきてどうやって売ろうか考えてたら奴らに見つかったのよ。そんで珍しいから没収するなんて言うから、抗議したらこんな目にあったのよ」
そう言って自分の包帯を示した。
「男三人で女を殴るような奴らよ。もっとひどい目にあった人もこの街にはたくさんいるわ。あんたたちも同じ目に合うだけよ。大切なものかもしれないけど、あきらめたほうがいいわ」
あきらめたほうがいい。その言葉に力を込めてアレクは話を締めくくった。二人とも真剣に話を聞いていた。
「魔王の配下についてもっと詳しく教えてもらえませんか。人数や戦力、居所などいろいろ」
彼女の話を聞き終わってすぐに律はこう質問した。オーブは予想していたのか何も言わなかったが、アルクは信じられないものを見たというように目を見開いた。
「あんた話聞いてた? やめたほうがいいのよ」
「聞いていました。でも、私は必ず刀を取り戻さないといけないし、その相手が魔王と関係しているならなおのこと引けません。そのためには情報が必要なんです」
だから教えてくださいと身を乗り出して律は言った。瞳には決意が表れている。
「なんで取り戻す必要があるの」
呆れて、もしくは腑に落ちなくてアルクはそう尋ねた。
「あの刀は、私が元の場所へ帰るための道しるべだからです」
アルクは視線の先をオーブに移し、目で問いかける。
「俺は律の支援をするだけダ」
この言葉にアルクはますます目を丸くして、二人を交互に見る。
「あなたの話せる範囲で構いませんし、他言もしません。お願いします」
律が頭を下げ、オーブはじっと見つめてくる。アルクは視線をさまよわせながら、どうしようかと悩んだ。




