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序章3

 律がトナネグの下で暮らしはじめて5日が経過した。オーブからの連絡はなにもない。律は内心焦っていたが、その様子は誰にも悟らせず笑顔で家事に勤しんでいた。

 「ごちそうさま。すまんが仕事にいってくるよ」

 トナネグは嬉しそうに律が作った弁当を持った。娘ができたようだと言っている。

 「今日は天気が良さそうなので洗濯しておきますね」

 「ありがとう。助かるよ」

 律はトナネグを戸口まで見送り、自分の仕事を始めた。籠に山のような洗濯物を入れて家の裏に向かう。井戸のそばには真新しいぬいぐるみが落ちていた。律はなんだろうと思いながら、洗濯場に物を置き井戸に近づいた。

 「律、俺ダ」

 突然ぴょこんとぬいぐるみが立ち上がって喋った。よく見ると何とも個性的な姿をしていて、何を模しているのか分からない。

 「不細工ね」

 「第一声がそれかヨ。もっとこう会いたかったわ、とか、キャーしゃべったー、とかないのカ」

 「来るのが遅いわよ、ドジっ子」

 せっかく教えたのだから名前で呼べとオーブは主張するが、律は適当にあしらって用件を言うよう促した。

 「勇者の剣がある場所が分かっタ。オマエが目覚めた森とは別のここからは遠い森にいル、湖の乙女が持っているようダ。とりあえずは剣を手に入れないと話にならン」

 「私、剣なんて使えないわよ」

 律は洗濯の手を止めずにそう言った。

 「もちろん知ってル。だガ、この村には自衛のための剣術を教える施設があるはずダ。そこで鍛えてこイ」

 ぬいぐるみの小さな足でぽてぽてと歩きながら話していたオーブに、濯ぎの水がかかる。じとーっとオーブを見る律の目には不満が見て取れた。

 「持った瞬間に抜群の使い手になるとかじゃないの?」

 「ある程度は補正されるガ、基礎になる肉体があってこそダ。オマエ自身が強くならないト」

 「分かったわ。でもトナネグさんになんて言おう」

 律が手を止めて考えていると、まあ頑張れよと言ってオーブは姿を消そうとした。その首根っこを律はむんずと掴み引っ張る。

 「何居なくなろうとしてるのよ。せっかくぬいぐるみなんだから近くにいて手伝ってよ」

 「最初からそのつもりダ! ちょっとオマエが動きやすいようにしてくるだけダ」

 そう言ってオーブは煙のように消え失せた。仕方なく律は洗濯を再開したが、その手つきは荒々しいものだった。


 「リツも護身術を習いに行くかね」

 夕食をともに食べていると、トナネグはそう言った。普通に今日あったことなどの話しをしていたのに、いきなり話題が変わって律は目を丸くした。

 「ここが夜危ないのは教えただろう。だが最近は昼間も怪物が活発に行動し始めた。身を守れた方がいいかと思ってね」

 雑談中もどのように話しを切り出そうかと思っていた律は、先にトナネグから勧めてきたことに安堵した。

 「私もお願いしたかったんです。故郷に帰るときに必要かと思って。まだ思い出せていませんが」

 「それならよかった。昼の鐘がなったら集まるんだが、教会の場所は分かるかね?」

 律が頷くと、トナネグも安心した様子を見せる。夕食も終わり律が食器を片付けていると、何故かトナネグは首を捻っていた。


「うまくいっただロ」

 明日の準備をしてもう寝ようというときに、ぬいぐるみ姿のオーブが律の部屋に表れた。空中に浮いたぬいぐるみは、ゆっくりと上下に揺れている。

 「驚いたけど助かったわ。これで1歩家へ帰る道が近づいたわけね。というか、力は使えないんじゃなかったの」

 「制限されるだけで普段の1割くらいなら負担なく使えるようダ」

 「ふーん」

 「今晩からオマエの部屋で世話になるゾ」

 「ええっ。嫌よ。私のセンスが疑われるじゃない」

 二人とも互いの発言に衝撃を受けている。主にオーブが大ダメージのようだ。

 「何言ってんダ! かわいいだロ」

 律が大きく首を振ると、オーブは固まり力無く床に落ちた。

 「トナネグに聞いてみろヨ」

 震えた声で、語尾も弱々しくオーブは言った。律は嫌だったがオーブが手足をばたつかせてごねたので、仕方なく拾ったことにして持っていった。

 オーブの願いに反してトナネグからの評価も散々だった。彼曰わく、何の動物を模しているのかさっぱりわからないうえに不格好とのことだ。豪快に笑いながら言われて、部屋に戻った後二人は違った気持ちで顔を見合わせた。ぬいぐるみの目でなければ、ウルウルとしていたことだろう。


 律が格闘や剣術、ナイフの扱いなどを学び初めて早一月がたった。もともと運動もよくできたうえにこの世界に来てからは身体能力も上がったようで、律はめきめきと上達していた。ちなみにこの一月、オーブはずっとふてくされたままで、壁に顔を向けて机の上から動かなかった。

 「まいった」

 地面に押さえつけられたら青年が降参する。律はもっぱらセテと組んで対人訓練を行っていた。

 「リツはあっという間に強くなったね」

 セテは立ち上がりズボンの汚れを軽く払う。

 「まだまだですよ。次は剣術でお願いします」

 まだやるの、と言いつつセテは毎回自主練習に付き合ってくれる。最後の一勝負をして日が暮れる前に別れた。家事も訓練も手を抜かず、今日も律は夕食を作る。トナネグとの雑談が終わり部屋に戻ると、律はいつもすぐに眠ってしまっていた。

 しかし今日は部屋の扉を開けると、無言のオーブが眼前に浮いていた。あまりの至近距離に危うく叫びそうになるのを律は必死に押しとどめた。

 「ふてくされるの止めたんだ」

 中に入って扉を閉めると、律はやや意地悪くそう言った。ベッドに腰掛けるとふよふよとオーブもついてくる。

 「ちょっと大人気なかったナ。まあ、オマエも強くなったし結果良かったということデ」

 開き直ったオーブに律がデコピンをする。浮いているオーブは部屋の真ん中辺りまで飛ばされた。

 「何すんダ! こんなことすると連れて行ってやらないゾ」

 痛くはないはずなのに額を押さえて、オーブは言った。

 「連れて行くってどこに?」

 するとオーブは胸を張って答えた。

 「湖の乙女のもとへ勇者の剣をとりにサ!」


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