第四章7
エレインは律の質問に答えるとあっさりと帰っていった。何か思うところがあるようだ。と言ってもすぐにでも魔王の軍勢を連れてくるだろうから、こちらも準備をしないといけない。
「アルクさんは家の中に入ってください。彼らはまた来るでしょうから、出てきてはだめです」
「アタシ、何も働かないのもどうかと思って……。ごめん」
「大丈夫ですよ」
安心させるように微笑むが、後ろに立つウィルは不満そうだ。
「アルクさん、リツちゃんのために何かしようと思ったのは嘘なんですか?」
「ウィル君」
「リツちゃんはディナさん達に伝えに行って。急いだ方がいいよ」
律がためらっていると、少し話すだけだからと背中を押される。確かに急いで対策する必要があり、後ろ髪をひかれながらも律は走って行く。
後ろ姿を最後まで見送らずにウィルはアルクに視線を戻す
「っつ…… アタシは楽していい思いがしたいだけよ。疲れることは嫌」
視線から逃れようと顔を背け、喉を絞って吐き捨てるように言う。唇をゆがめ、右手に握りこぶしを作っている。
「でも迷っていますよね。リツちゃんのこと気にしてましたよね」
「そんなことないわよっ」
否定の言葉を叫ぶものの声がかすれている。そんなアルクの様子をウィルは平らかな心で見つめる。
訓練している自分たちをちらちらと見ていたこと。稽古をしているディナの代わりに積極的に家事を行っていたこと。それらをウィルは知っていた。
アルクはいつも自分のために生きてきて、盗みはしても争いは避けてきた。ようは小心者なのだ。律を心配していたのは本心だが、魔王と戦って全く歯が立たず死にかけたことはとても恐ろしい記憶として刻まれている。
「アタシ、足手まといになってるだけね……」
自嘲気味につぶやく。ウィルは肯定も否定もしなかった。
「アルクさんは弓の腕がとてもいいです。あなたが外すなんて思えない。前線に出るのが嫌でも、協力してもらえませんか」
どういうことかと、アルクは久しぶりに視線を合わせた。
「リツちゃんは魔王と一対一を望んでいます。ボクの魔法で他の奴らを近寄らせないためには、あなたに射てもらいたい場所があるんです」
口調も表情も真摯だった。アルクは小さくうなずいた。
「ディナさん。エレインが」
「わかっているわ。リツ、あなたの考えを聞かせて」
ちょうど外に出てきたディナと、アインは戸口の前でぶつかりかけた。眼つきは鋭く、杖を握りしめている。後ろには緊張した面持ちのハシスと、表情の読めないウィアベルがいる。
「私が魔王を倒します。ウィル君には頼んだのですが、一対一で戦いたいので他の人を近づかせないでください」
「あなた単独ではまだ殺せないわ。レイに返り討ちにされるだけよ」
律は首を振った。
「殺す必要はありません。あなたも魔王を死なせたくはないでしょう。私もです」
ただ勝負をするだけだと律は言う。その勝負のために、横やりを入れられない状況を作りたいのだ。
「分かったわ……」
しぶしぶと言った様子でディナは頷いた。
ちょうどそこへウィルとアルクが駆け付けた。
「リツ、辞めるって言ったけど、あんたを手伝っていいかしら」
「もちろん、こんなに心強いことはないです」
それはそれは嬉しそうに律は笑った。思わず体が動いてアルクを抱きしめる。照れたように律の背中に腕が回される。二人はまた仲良くなった。
「皆さんに頼みたいことは、私と魔王の勝負に横やりを入れようとする人たちの相手です。具体的には魔王軍をディナさんとハシスさんに、エレインの相手をウィル君とウィアベルにと思っていたのですが……」
アルクと離れ皆の方に向き直る。アルクが手伝ってくれるならどこを頼もうかと思っていると、彼女の方から口を開いた。
「アタシはウィルが書いた簡易転送陣を射かけるわ」
エレインの圧倒的な水量を遠距離から削いでいくつもりらしい。ウィアベルの助けで射程をかなり伸ばせるそうで、律も安心する。
「お願いします」
二人の目を見て律ははっきり言った。
「エレインの相手はウィル一人だけでいいのかい」
ハシスが心配そうに口を開いた。シナリオに深くかかわるエレインは確かに強いが、この采配にはもちろん理由がある。まず、魔王軍を構成する個々人は、強さよりも数の多さが特徴である。多人数を穏便に制することができるのは、前回の魔王討伐を経験した二人が最も適任だ。
逆にエレインは強力な力を扱うが、その対象は水の性質に限定されている。分身でもできたら厄介だったが、一対一なら相手ができるほどにはウィルも成長した。水と火で相性は悪いが、オーブとウィアベルで効果を上昇させることもできる。
これらを説明しながら律はちらりと目をやった。
「任せて」
目が合ったウィルは大きくうなずく。何よりも一番の理由はウィルがやる気に満ち溢れていることだ。
「ええ。信じてる」
「リツがそこまで言うとはね。じゃあウィル、任せたよ」
ハシスは穏やかに微笑んだ。ディナも心得たようだった。
「来たゾ」
今まで姿を見せなかったオーブが宙に浮かんでいる。指さしている砂浜の方に目を向けると、黒々とした雲が空を覆い巻き上げられた水が何本も近づいてくる。目を凝らせば魔物や人間がうじゃうじゃといるのも分かった。
「皆さん。簡単な打ち合わせでしたがよろしくお願いします!」
「「「「了解」」」」
アルクとウィアベルは森の方へ、その他は砂浜の方へ走り出す。そうしている間にも、一つ目の竜巻に乗ってやってきた軍勢が続々と島に降り立っている。
「聖なる島を汚す存在を許すな。ジェネシスオブトゥループス」
先頭を走るディナが呪文とともに大きく杖を振ると、海岸線に沿って砂の兵士が続々と出現する。それぞれの兵士はハシスが作った剣と盾を持ち、降りてくる魔物たちと戦闘を始めた。
「レイはまだ来てないみたいね」
砂浜にたどり着くと、竜巻から降ってくる軍勢の中には魔王の姿もエレインの姿もなかった。ただ妙な動きの風が律のもとへ突っ込んできた。
金属がぶつかる音がした後、男が砂浜に降り立つ。それは魔王ではなく、配下のシマキであった。
「次があったな勇者サマ。あの方の手を煩わせぬよう俺が始末してやる」
「急いでいますので」
律のおざなりな返答はシマキの顔を赤くさせた。
「自分だけが強くなっていると思っているな。分からせてやる」
「魔王を探していますので。ああそれと、傷が悪化しますよ」
シマキの左肩には傷があった。先ほど律に切りかかった時、逆に攻撃を受けたのだ。しかし彼は鼻で笑うと、剣を当てその傷をいやす。律は思わず眉を上げた。
「エレイン様の治癒力と風の攻撃力がある今、前のように負けはしない」
「それはすごい。けれど彼女は行かせてあげて」
律が言葉を発する前に、ハシスが一歩近づいて言った。後ろにいるアインに目線で一つの波を示す。
「どうも待ち人が来たようだから。君の相手は私がするよ」
「お前の細腕で何ができる」
ディナは砂の兵士をさらに増やし、自身も戦いに身を投じている。シマキの言う通り、律が知る限り戦いは得意でないはずだ。その逡巡を感じ取り、ハシスは微笑む。
「大丈夫だよ」
隙のなさを感じた律は、この人が前回の魔王討伐者の一人であると言うことを実感した。そこでウィルとともに、不自然に盛り上がっている波の方へ駆け出す。
「まてっ」
律に向けて放たれた風は、ハシスの持つ鉄扇によって掻き消された。振り返ったシマキは素早い動きで切りかかるが、ハシスはひらりと身をかわした。
「確かに戦闘経験は少ないよ。でも私は道具を作るのが仕事だからね」
いつの間にか周りには剣だけでなく戦斧、槍、鎌、鎖鞭などの武器があふれていた。ハシスは鉄扇を懐に入れると、代わりに大きな鎚を握った。
「扱いは心得てる。君を失望させやしないさ」
妙な動きをしている波に近づくにつれ、その中に二つの人影が見えるようになる。エレインと魔王であることを確認すると、二人を分断するために火球を放った。
水しぶきが上がるが完全には二人を切り離せていない。もう一度ウィルが小さな火球を放ち続けて律が切り付ける。エレインが操る水の壁は一刀のもとに両断された。
「有栖玲さんにお話があります。二人きりで話せませんか」
柔軟な動きをする水にからめとられないよう、魔王をエレインから離すようにぶつかっていく。魔王は目を見開いたが、すぐに剣を抜いた。浅瀬に着地した二人は剣を構えて対峙する。
「レイっ」
海の水を操ろうとするエレインが手を差し入れる前に、ウィルの魔法で砂浜に追いやる。背中合わせの律とウィルを挟む形で二人は分断された。
「僕に何の話があるっていうの」
「今後についてです」
「死んでくれるの」
「まさか。お互いの望みを叶えるんですよ」
エレインが動こうとする方向にウィルが立ちふさがる。魔法でけん制しながら徐々に森の方へと進める。その様子を特に焦ることもなく魔王は眺めていた。
「僕たちを切り離したところで、君は僕を殺せないよ。勇者の剣を使えるようになったようだけど、使いこなせてはいないようだ」
エレインがいなくても問題はないと、剣を構える。
「っつ」
突き出された切っ先が頬をかすめる。身をのけぞらしてかわしながら律も刀を振るう。それは苦も無く避けられた。
体勢を立て直し、動きにくい水の中から砂の上へと移動する。追いかける魔王が繰り出す突きを避ける。避け続ける。これが律の精いっぱいだった。
「史上最も弱い勇者だろうね君は。あっという間に魔王のもとまで来たもの。強くなる暇なんてなかっただろう」
集中している律とは違って、魔王の動きは軽やかだ。勇者であったときは、さぞ艱難辛苦を乗り越えてきたのだろう。自分の剣の腕に自信が見て取れる。
「僕はね魔王として殺されるために腕を磨いたわけじゃないんだ。この世界のシナリオは必ず壊す。だから君に死んでもらわないと」
律は岩場に追い詰められた。あと半歩下がれば背中が岩につくだろう。とどめを刺そうと突き出された剣を、律は刀に吸収させていた魔法を使って遠くへ弾き飛ばした。
すかさず予備の剣を取り出そうとする魔王の首筋に刀の刃を当てる。荒い息をしながら律は魔王を見上げた。
「シナリオを崩すことに反対はしません。けれど私はあなたを倒さないと家に帰れないんです」
「それは無理だよ。僕を殺せば君は次の魔王になるのさ」
律は首を振った。
「勇者を殺そうとシナリオに逆らうのは苦しかったでしょう。ディナさんもハシスさんも、有栖玲さん、あなたを心配していました」
「君はさっきからアリスレイの発音が違っているよ」
「いいえ。有栖玲さん。私と同じところから、私と違って選ばれてここに来た」
魔王の表情が固まった。
「私は悪魔に連れてこられ、本来とは違った形で勇者になった。だからこの世界における正規のエンディングを迎えても、魔王にならずにこの世界を去ることができる」
「ただし正規のエンディング、すなわち魔王を倒さなければ家に帰れない。悪魔の出した条件を満たしていないから」
真っすぐ見つめて話す律は一息おいた。そして続けようとしたところを、うつむいて聞いていた玲に遮られる。
「次の魔王になるものがいなければシナリオは壊れるね」
次の瞬間左手に持った短剣で刀を押しのけながら、右手の剣を振りぬいた。律のブラウスが破れ血が流れる。
「でも僕が死んだら意味がないんだよ!」
続けて切りかかるが、刀の魔法に阻まれる。
「まだ話は終わってません。玲さんが死ぬ必要はありません。エレインにも確認しましたが、魔王を殺さなかった勇者もいたそうです。魔王を倒すことが条件であって、殺さなくてもいいんです」
玲は肩で息をしながら疑いのまなざしを向ける。自分の認識と違う話をされたのだから当然だ。
「エレインにもらった本にも書いていました」
「本当か? エレイン」
そのつぶやきに答えが返ってきたのだろう。玲は片手で顔を覆った。
「さて仕切り直しです。倒すという言葉には意味がいくつかありますが、最も簡単なものにしましょう。前例もあるそうなので」
そうして律は切られた腹を押さえながら、おもむろに足払いをかけた。放心状態の玲は肩をはねさせて崩れ落ちる。一拍おいて場違いなほど明るい音楽が流れた。
「この世界を作った神様はゲームが好きなのかしら」
「僕の時もこの音楽が流れたよ」
仰向けに寝転んだ元魔王は呆れたように笑った。




