第四章6
律が刀の能力を理解できたことを皆が喜び祝った。そうして律は能力を使いこなすために、ディナと何度も剣で模擬戦をした。
剣のみの模擬戦を一月あまり行って、五日前からは魔法も交えて戦っている。律の刀の腕前が十分ディナと戦えるほどになったため、吸収と放出の能力を鍛える段階に進んだのだ。この訓練で分かったことは、吸収がほぼ自動的に行われるのに対し放出は意識を強く集中させないできないことだ。
「相手の力をそのまま返すだけでは、あまり有効とは言えないわ」
放たれた水球を避け一部を吸収して跳ね返すと、ディナは最小の動きで返された水球を剣で払った。そうして動きが止まった律の刀をたたき落とす。勝負ありだ。
「そうですよね。緩急をつけられるといいんですが、戦いながらだとまだこれが精いっぱいで」
「ええ。オーブさんと練習しているのは知っているわ。分散して放出したり、別の攻撃に変えたりも集中すればできているのよね」
「はい。問題は普通に返すだけでも動きがぎこちなくなることですよね」
ディナは頷くと、実戦あるのみと剣を構えた。律も気を引き締めて対峙する。肉体の疲労は、確かな成長を感じている精神の前には無いも同然だった。
「つか……れ、た」
ばたりとベッドに倒れる。足は棒のようになって歩くときに衝撃を吸収しなくなり、腕も鉛のようになって刀を構えることができなくなった。それでもディナは日が暮れなければ訓練を続行しただろう。なぜなら律が立っていたから。
とはいえ感情が肉体を上回るのはそろそろ限界だった。自分の見栄っ張りな性格が最近はよく出ると、うつ伏せになったまま律は思った。
ノックの音が聞こえた気がしてうめき声で応える。
「今日も起き上がれないのカ。体は大丈夫カ?」
ピクリとも動かない律を見ても、オーブは表情を動かさなかった。呆れたような、心配しているような声だけが律に届く。律もまた来ることを知っていたので顔を上げず、音だけで返事をした。このところ二人はいつもこの調子だ。
「日暮れまで戦えるようになったのは成長だナ」
ベッドの端に腰かけて、律に向かって手をかざす。赤みがかった光が律を包み、ケガや疲労を治していく。じんわりと温かさを感じるこの治療が、律はなんだか好きだった。
明日も元気に訓練できるように、オーブは夕食前にわざわざ治療しに来る。それが好きなのかもしれない。
「ありがとう」
「気にするナ」
起き上がって、伸びをしたり前屈をしたりする律を見上げる。
「それはそうと、魔王を倒す件はオマエどうするつもりダ」
「そう、それね。思いついたことがあるのよ」
オーブは黙って先を促す。律は椅子に腰かけて、床板の木目を見つめながら話し始めた。
「私はやっぱり魔王を倒すべきよ。あんたは負けても連れて帰れるっていうけど、それなら最初あんなに慌てたりしないわ。対価を求められるんでしょ」
上目づかいにオーブを見ると、目線がさっと斜め上に泳いだ。律はペナルティがあると確信する。
「そこまで体を張らなくていいわよ。魔王を倒すのが正しいエンディングなら従えばいい。そうしたら労なく私を連れて帰れるんでしょう?」
「そうダ。勇者から魔王へ役割が書き換わるまで数日あるからナ」
また勇者の役割を果たした段階で、この世界に縛り付ける力が弱まるのだとも言う。倒せば確実に元の世界に帰れる。
律は頷いて目線を床に戻すと、さらに話を続ける。
「懸念はね、倒す=殺すなのかってことよ。知ってる?」
オーブは否定した。
「倒した後は帰るだけカ」
「ええ。私が帰れば、次の魔王になれる人間がいなくなる。設定を循環させられないでしょう」
「その後のことハ?」
「私を助けてくれたみんなに、今度は彼の力になってくれるよう頼まなくちゃ。彼はシナリオを壊した後のことも考えてるはずだから」
「オマエの思うようにしたらいいサ」
ちょうどよく夕食の準備ができたと声がかかる。二人は連れ立って部屋を出て行った。
数日後、休憩中の律は同じく休憩をとっているはずのウィルを探していた。なぜなら律が去ったあと現魔王のアリスレイに協力してほしいと説得中だからだ。
オーブと話したその日の夕食後、くつろいでいる皆に律は話をした。世界の成り立ちや、自分がやろうとしていることを伝えた。新しい秩序作りを手伝うことをディナとハシスは快く引き受けてくれたが、ウィルは難色を示していた。やはり理解しがたいのかもしれない。
「ウィル君。ちょっと話してもいい?」
木陰で休んでいるところをようやく見つけて隣に腰を下ろす。どうにか分かって、そして力になってもらいたい。
「リツちゃん」
元気のない声で顔をそむける。何を言われるかは、もううんざりするほどわかっているのだ。
「ウィル君が嫌だと思っているのは、アリスレイに協力することではないのよね?」
首が縦に振られる。
「シナリオもしくは初期設定がなくなることが不安、と言うのも少し違うのよね?」
また首が縦に振られる。
「世界がどうなるかわからないという未知への恐怖なの?」
今度は首が横に振られた。
この律の質問にウィルが首を振って返答する方法で、数日二人は会話していた。律としてはお手上げに近い。思いつく不満はすべて上げてみたのだが、どれも違うらしいのだ。
「リツちゃんはひどい」
小さな声が聞こえた。どういうことかと顔を覗き込むと、ウィルは横を向いてしまう。ずっと見られるのも嫌だろうと顔を正面に戻すと、ウィルは独り言のように話し始めた。
「リツちゃんの目的は最初から一貫してるけど、そんなにあっさりと帰ってしまえるものなの」
「ボクは、リツちゃんがいなくなったら寂しいし、ずっとここにいてほしい」
「アルクさんの時も思ったけど、リツちゃんにとってボク達って何なのかな」
「ボクだけが仲良しだと思っていたの?」
うっすらと目に膜が張っている。律はしまったと思った。全く思い当たらなかった自分は、人として最低だ。
「私も寂しいんですよ」
同じようにぽつりとこぼした。ウィルは耳だけを傾けている。
「アルクさんが降りると言った時も悲しかった。ただ、言っても仕方のないことだから、目的達成の方を優先的に考える。そういう風に考えてしまう、悪い癖」
ウィルの肩に手を置いて、目を閉じる。
「ありがとう。この離れがたい気持ちを言ってもいいんだと、気づくことができた」
「ボク、協力するのが嫌なんじゃない」
ウィルが手を重ねる。目を開けると、一筋の跡がついた顔がはにかんでいた。
突然、地鳴りと石が崩れる大きな音がした。何事かと警戒しながら二人は立ち上がる。どうやら井戸の方のようだ。目を見合わせて同時に走り出す。
土ぼこりが舞う中で、思った通り井戸が壊れていた。そして壊れた水がめ、その上に浮かぶアルク……。
「エレインっ」
どうやらエレインだけのようだ。杖を構えるウィルを制止する。
「あらまあ、律。彼女に水に近づくなって言わなかったの? おかげで道がつながったけれど」
「まずアルクを放して。それと、聞きたいことがあるの」
エレインは少し驚いたような顔をして、アルクを拘束していた水をほどいた。水しぶきとともにアルクが崩れ落ちる。
「随分余裕ねぇ」
「シナリオがある以上、あなたはまだ私を直接殺せはしない」
鼻を鳴らして流し見るだけであるから、言った通りのようだ。
「あなたに聞きたいの、魔王を倒さなかった勇者っている?」
「いるわけないわ」
呆れたように首を振るエレインに重ねて問いかける。
「じゃあ、魔王を殺さなかった勇者っている?」




