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第四章4


「リツちゃん、どうかしたの?」

額から流れる汗をぬぐいながら歩いていたウィルは、微動だにせず座っている律を見つけて声をかけた。少し遅れて錆びた機械のような動きで律が振り返る。

「っ! 顔色が悪いよ」

駆け寄れば、律が小さな声で問題ないと言う。ウィルが肩に触れるとこわばって力が入っていた。

「ディナさんが何か言ったの?」

「いいえ。私の方に少々問題が発覚しまして」

歯切れの悪い答えだった。ウィルはディナが話しに行ったことを知っていた。そこで、なかなか能力を把握できない律が追いつめられるようなことを言われたのではないかと不安になる。

「ディナさんは何も言わずに話を聞いてくれました。ただ、私の記憶にあやふやなところが多くて、あいつが隠しているかもと」

「あいつ? オーブさんのこと?」

頷いた律は少しだけ人間らしい動きを取り戻した。カップに手を伸ばし、すっかり冷めてしまったお茶で口内を湿らせる。

「もし、本当に隠しているなら、理由が分からない。あいつは私を無事に返すと約束したし、そうしようとしてくれているけど、何かうそをついているんじゃないかとも思う」

いつもの自立した雰囲気と違って弱音を吐く姿をウィルは初めて見た。どうにかして元気づけたいと思う。けれど訓練に付き合ってもらっているとはいえ、オーブの人となりはよくわからない。

「オーブさんはいつもリツちゃんのこと見てるよ。だから真っ先に守れるんだと思う」

発言に対し疑いのまなざしを向けられて、ウィルは恥ずかしそうにうつむいた。

「ボクもリツちゃんを見ているから気づいたの」

小さな声は律を驚かせるのに十分だった。ほほを赤くして目を泳がせる。

「それは、どうも」

二人の間に沈黙が訪れる。それは荒々しい声に一瞬にして破られた。

「おい娘。気になるなら直で聞けや」

姿は見えないがウィルの杖から声がする。ウィルを守護する火山の精霊エイデンであることが察せられた。

「まだ若いからだろうが、随分マジメにお前の願いを叶えようとしてるぞ、あいつは」

「どういうことでしょうか」

「自分で聞けって。何なら逃げられねえように囲んでやろうか」

律の問いにせせら笑いを返しながら答える。精霊はわかりやすくは教えてくれないらしい。

「それがいいわリツ。わたくしは何も聞き出せなかった。ごめんなさい」

いつのまにか戻って来たディナは申し訳なさそうな顔をしていた。律は気にしないでほしいと言ったが、落胆の色が見えていた。

「一つ思い出したことがあるの。あなたがアクマと呼んだオーブによく似た精霊の話」

律が姿勢を正して耳を傾けると、ディナは話し始めた。

「この世界には四ツ辻の守護精霊と呼ばれているものがいるの。契約を交わせば相手が本当に望むことを必ず叶えてくれる聖霊よ。差し出す対価は魂以外でもいいの。精霊が釣り合うと思えばね」

「守護とつくのは何故ですか」

「それはね、望みを叶えた後もそれが生涯続くように取り計らってくれるからよ」

こんなにいい精霊はいないのよ、とディナは言った。律は少し首をかしげてから口を開く。

「確かによく似ていますが、悪魔との契約は不幸をもたらすと言われています。この世界の精霊と彼は別物だと思いますが」

「そうね。ただ、この精霊は他の精霊と違ってめったに出会えないと言われているの。なぜならいろんな世界を行き来して、定まった場所にいないから」

ディナ曰く精霊は基本的に決められた場所から動けないものなのだ。例として、エレインは湖に、エイデンはメルリン国の火山に縛られているという。同質のものがあれば自分の一部を飛ばせるが、存在のすべてが移動できる例外は加護する相手がいる場所のみらしい。

「オーブさんは底知れない力を有している。現れる場所と能力がそっくりなんだもの、同じものだと考えられると思うわ」

「ボクも四ツ辻の守護精霊の話はよく聞きました。とても優しい精霊だと寝物語でよく話されます」

ウィルが優しい顔で言った。きっと何度も聞いた話なのだろう。けれど律は腑に落ちなかった。自分の世界とずいぶん違う言われようではないか。けれどオーブが優しかろうが悪かろうが、記憶を取り戻し魔王を倒すために話をしなければならない。

「ありがとうございます。決心がつきました」

律が納得したわけではないと言うのは二人にもわかった。けれど立ち上がった彼女を笑って送り出した。

「家に戻っていったから、多分部屋にいるわよ」

ディナに礼を言って、迷う前に肩をつけようと律は走り出した。


右手で戸を三回たたく。部屋の中から入室を許可する声が聞こえる。律はノブを回して部屋に踏み入った。

「どうしタ」

椅子に座っていたオーブは立ち上がって律を迎えた。金の髪を揺らした少年は律を気遣うしぐさを見せる。ウィルの言葉が思い出された。

「何をどう話すか、決めていなかったのだけれど……。私、今とても困っているの。助けてくれる?」

促されるままオーブと向かい合って座った律は目を見ながら言った。オーブは目を細め察したようだったが、できることならと言ってくれた。

「ディナさんと話していて、向こうの世界のことがはっきりと思い出せないことに気が付いたの。十六年間の私の思い出がぼやけてる。もし隠しているのなら返してほしい」

拒絶されなかったので、律は真っすぐ願い出た。

「ひどい記憶ダ。まだオマエには荷が重イ」

首を振るオーブに律は食い下がる。

「苦しいだろうことはわかってる。すごく忌避したい衝動に駆られるもの。でも知りたい」

「知らなくとも帰ることはできル」

「どうやって」

目に力を込めてそらさない律とは対照的にオーブはじっと見つめている。ただ静かな瞳に律の顔が映っている。

「あの魔王の仮定は正しいサ。魔王が勇者を倒せばシナリオが崩れるのではないカ。その通りダ。シナリオが崩れれば新たな運営ができるのではないカ。その通りダ。律、世界の成り立ちを知っているカ?」

律は首を振る。

「神は一柱もしくは複数で世界を作ル。そのとき大まかな設定を作リ、これをもとに世界は管理されル。世界の維持には莫大なエネルギーが必要だガ、それを供給するのは神に一段劣る精霊たちダ。エレインは典型だナ」

突然の話題に驚いたが、きっと自分の問いに応えるために必要なのだろうと律は思った。だから無言で続きを促す。

「あいつらの言うシナリオはすなわち初期設定ダ。壊しても世界は存続できル。多数の精霊によって維持されているからナ。ただ随分と変わった世界になるだろうヨ」

「それは初期設定と言う、動きの基準がなくなるから?」

オーブは頷いた。

「船頭多くして船山に上るということわざが全てを示していル」

精霊や力を持った人間の多数の意思で統率が取れなくなるらしい。律はこれまでシナリオは自由意思を奪うようなものだと思っており、壊すことには賛成だった。だがこれでは単純に壊してしまってはいけない。

「俺にとってはどう変わろうと問題はなイ。ディナやハシスの願いを叶えるためにモ、むしろオマエは負けた方がいイ」

「殺されたら帰れないわ」

むっとして言い返すと、オーブは慌てて付け足した。

「殺されずとも負けられるサ。負けた瞬間に俺が連れ帰ればいいんダ」

そんなに都合よくいくものだろうか。死なせないように守るとオーブは言うがそれでいいのだろうか。

「それ、私の望みは叶えられているの?」

もともとの望みは帰ることではなかったはずだと思い問いかけると、オーブがわずかに目をそらした。

「ちょっと、」

「そこが問題ではあるんダ。だが次こそ正しい場所に連れていくことは」

「職務怠慢でしょ」

弁明する言葉を遮って言い放つ。記憶があいまいであるという不安で大人しくなっていたが、律はオーブに対して基本強気に出るのだ。調子が戻ってきたようだ。

「どれだけミスを重ねるのよ。このポンコツ! とりあえず私の記憶を戻しなさいよ。この世界を壊さずに帰る方法を考えるから」

「いや、それは」

言い淀むオーブの前にある机をバンと叩く。肩をすくめた後、失敗したなあという表情を見せる。

「本当につらいものなんダ。オマエが精神的に強くなるまでハ」

「どうせ帰ったら戻るんでしょう? 魔王と戦うまでに十年あるとかならともかく、短期間で精神力が付くわけないでしょ。記憶返して」

掌をずいと差し出すと、オーブは観念したように目を閉じた。さらに顔の近くに手を突き出してオーブをにらみつける。恐る恐る目を開けたオーブはため息をついた。

「もシ、お前が耐えられなけれバ、もう一度隠すからナ。オマエの願いのためなんだからナ!」

自棄になったように叫ぶと、オーブは律の腕をとり引き寄せられた額にキスをした。律の脳内でぱちぱちと泡がはじけるような音がした。



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