第四章2
「嫌よ! アタシは降りるわ!」
翌日、昨日眠っていた二人に事の次第を説明するとアルクの第一声がこれだった。シナリオを元に戻すと言う新たな目的をオーブが告げたところ、話が進むにつれて表情を険しくさせていた。
「今ならまだ間に合うんでしょ。こんなマイナスがあるんじゃ全然おいしくないわ。鍛えるのも不老不死も論外よ」
悪いわねと言って彼女は席を立った。
「はい。寂しくなりますが元々強制ではありませんし、今までありがとうございました」
律は特に引き留めることもなく、アルクに向かって深々とお辞儀した。手を握り合ってにこやかに別れの挨拶をしているので、ウィルやハシスの方が慌てている。
「人数が減るのは不利だと思うよ?」
「なんて身勝手なんだろう。リツちゃん本当にいいの?」
口々に非難や懸念を言い募るが、律は好意で付いてきてもらっていたのだからと気にしていない。二人はしばらく呆然とした後、説得の矛先をオーブに変えた。しかしオーブは律が決めることだと取り合わない。二人は最後の砦とばかりにディナの方を見ると、彼女も苦笑いをしていた。
「まあ、剣士と魔法使いと、防御・回復役がいれば問題はないわねぇ。努力すべきことは格段に増えるけれど。ただね、アルク。もうあなたはターゲットの一人だから、ここにいた方がいいわ」
「どういうこと?」
律から離れ、荷物を持とうとしていた動きを止める。
「この島はわたくしが守を務める大精霊によって守られている。だからエレインは水を通しても介入できない。けれど島外に出れば人質として狙われる可能性があるの」
「……しかたないわね」
荷物を手に持ちディナの家へと方向を変える。全部終わるまでいてくれて構わないと、ディナは新しい部屋に案内を始めた。
ディナが戻るまで稽古は始められない。なぜなら彼女は最強の魔法使いにして世界二番目の剣士であり、ウィルと律を指導する予定であったからだ。ハシスはアルクに教える予定だったが離脱してしまい手が空いた。そこで内容を練り直す必要があるのだ。
身勝手なアルクの行動をハシスとウィルは非難し続けているが、律はあまりその話を聞いてはいなかった。魔王を倒すことは自分が帰るために必要なことだが、それによってシナリオが元に戻れば勇者である自分は次の魔王にならなければないのではないか? オーブは大丈夫だと言うが具体的なことは何も教えてくれない。
雲一つない晴天だと言うのに、滑り出しから暗雲が立ち込めている。
「おまたせ。さて、リツ。まずはあなたの腕前を見せてちょうだい」
戻ってきたディナは、身の丈を超える杖を持っていた。その杖はディナが一振りすると剣の形になった。
「すごい」
ウィルは思わず声を漏らした。杖の大きさはそのままその人間の魔法の腕前を示すし、剣にも自信があるように見えたからだ。両方をこなす魔法剣士は数いれど、剣も魔法も中級者というものが多いのだ。
ウィルに向かってにっこりと笑うと、ディナは剣を構えた。どこからでも打ち込んで来いということのようだ。
律も刀を鞘から引き抜くと、真っすぐ構え息を吐き出すと同時に切りかかった。軽く金属が触れる音がして、ディナが攻撃を受け流す。続いて律を攻撃するが、しっかりと受け止め跳ね返される。ディナが平然と体勢を整えて後ろに引いたのとは対照に、律は跳ね返した勢いのまま少し後ろによろめいた。
その後も攻防は続いたが、終始ディナは律の実力を測るための攻撃しかしなかった。
「ここでやめにしましょう」
二人の体が離れたところでディナは剣を下ろした。息の上がっている律に対して一つも乱れたところがない。
「リツは休んでいて。次はウィル。あなたの力を見せてもらいましょう」
剣を振るとそれはまた杖に変わった。よく見れば一本の棒ではなく、蛇身人首の男女が絡まった杖である。
「ウィルは今何ができるのかしら」
「ボクは補助魔法が得意なんですが、魔王城で初めて攻撃魔法を人に向かって使ったんです。今までとは比べ物にならない威力で、コントロールができませんでした」
目を伏せてウィルは言う。ディナは元気づけるように肩をたたくと杖を構えた。低い声で唱えると、周りの土が盛り上がり壁のように二人を囲んだ。
「精霊の加護を受けたことで魔力の質が変わったのね。とりあえず撃ってみてくれるかしら」
「でも、ボク……」
「全力でお願いするわ」
杖を横に構え真剣な表情でディナは言った。ウィルはあふれる唾液を飲み込み、手にした杖を彼女に向けて一言発した
「エクスプロージオン」
杖の先から飛び出した火球は瞬間的に大きさを増してディナに向かう。熱と炎をまき散らし轟音とともにはじけると爆風が辺りを包み込んだ。砂礫が舞って目を開けていられない。
「目を閉じてはいけないわ」
ウィルのあごにディナの杖があてられる。その杖は静かに降りて首にあてられる。なるほど自分の魔法の結果を見れないと格上には反撃の隙を作ってしまうらしい。ウィルは冷や汗が噴き出すのを感じた。
「威力は申し分ないけれど、使った本人もまともに影響を受けていては意味がないわ。そのあたりがあなたの課題かしら」
杖が引かれウィルは大きく息を吐いた。落ち着いて周りを見回すと、土壁は崩れ驚いた様子の律と目が合った。見たところ無傷で剣を構えており、何らかの方法で回避したようだ。隣のハシスに視線を逸らせば服が焦げており、落ち着いてから律に礼を言っている。律は困ったように笑いながら手を振っていた。
「すみません。皆さん」
ウィルの顔から血の気が引いたのを見て、律が駆け寄ってくる。
「気にしないでウィル君。思いっきりやらないと実力は図れないもの。それにおかげで少し私の力が分かりかけたから」
ありがとう、と笑うのでウィルはもう一度謝ってお礼を言った。
「リツちゃん、オーブさんは?」
ディナが目を閉じて考え事をしていたので、ゆっくりと辺りを見回す余裕があった。そうすると近くにいたはずのオーブの姿が見えなくなっている。
「んっと、飛んでいったの」
「え?」
律は言い淀んでいたが意を決して口を開いた。曰く防御はしたものの、位置が悪く爆風で飛んでいってしまったらしい。
「俺は体が軽いからナ」
体についた土を払いながらオーブが戻って来た。そう遠くではなかったようだ。
「ごめんなさいオーブさん」
慌てて謝るウィルに気にするな、とオーブは言う。
「考え込んでしまってごめんなさいね。さて、リツ。あなたはまず、もっと剣技を鍛えないといけないわ」
ディナは杖を一振りして周りを元のように戻しながら言った。せり上がった土もなくなり平らな地面になる。
「そして剣技を鍛えるためには体を鍛えないといけないわ。あなたはまだまだ無駄が多いの。レイはわたくしより強いから頑張って」
そして持久走、素振り、といった基本的なことに加えて、剣の能力を把握するための瞑想修行を取り入れた計画を示した。
「勇者の剣は勇者の心に応える。己を把握できたら何度も打ち合いをしましょう」
「よろしくお願いします」
微笑んだディナは次にウィルの修行方法を提案した。体を鍛えるのは律と同じだが、加えてどんどん魔法を使っていくらしい。
「メルリン国の王子なら知ってると思うけれど、膨大な力も収める器が脆ければ意味がないわ。特に精霊の加護を受けたなら今までと感覚も違ってくるから基礎をおろそかにしないようにね」
「はい。あの、一つ聞いていいですか?」
「なあに」
「ボクの攻撃をどうやって受け止めて、さらに反撃したんですか?」
恐る恐るウィルが尋ねる。
「目をそらさずに相手の力を受け流せる場所を探すの。同程度の魔法を使って打ち消す方法は、加護を受けた相手には使えないから。受け流す魔法は簡単なものでいいのよ。ただし精度が高くなくてはね」
ディナは微笑んだ。
「エレインと真っ向からぶつかるのは、相性も悪いし魔力も消耗してしまう。より少ない力で結果を出すために、いろんな魔法の精度を上げていきましょうね」
明るい声で言われた言葉はウィルをやる気にさせた。自分でも精霊を相手に立ち回れるかもしれないと思わせたからだ。
少し休憩をはさんで訓練を始めるとディナは言う。体力向上はディナが二人を見て、その後ウィルはハシスとオーブとともに魔法の練習をする。律はディナと瞑想といった順番でしばらく鍛えることになった。




