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第四章1


 ぐらぐらする頭を押さえて律が目を開けると、鼻先がぶつかるほどの近くに誰かの顔があった。慌てて顔をのけぞらすと、目じりに紅を指した美女がにっこりと笑っている。

 「面白い所にいるのねぇ」

 「え?」

 美女が指さす方を見ると、律は木の枝に逆さまに引っかかり今にも落ちそうになっていた。幸い地面が近かったので、手をついて足を枝から外し揺れる頭を押さえながら立ち上がる。その一部始終を美女は笑顔のまま眺めていた。

 「ええと、何から聞いていいのか」

 「そうねぇ、わたくしはアルデュイナ。ディナと呼んで。ここは私の家の庭で、あなたのお友達は少し離れたところに着いたみたい」

 辺りを気にしている律に美女は付け足した。

 「私は律です。三人がどこにいるのか分かるんですか」

 「大まかな位置ならね。友人が迎えに行ったからそろそろ……、帰って来たわ」

 アルデュイナと名乗った美女は振り返って、アルクとウィルを抱えた男に手を振った。律の視界には男の隣を歩くオーブが映り、真っ直ぐ見られなくて視線を男の方にそらした。

 「あなたは確か……」

 男に呼びかけようとして、律は名前を聞いていなかったことを思い出した。向こうから歩いてくる男は、ハンデルで律に衣装を売った男に間違いない。その証拠ににこりと笑って、また会えたねと男は言った。その男の頭上をウィアベルが嬉しそうに飛んでいる。

 全員そろったのでディナの先導で近くにあった家の中に入る。アルクとウィルはまだ気を失ったままだったので、二階のベッドで寝かされることになった。

 「あの時は名乗らなくてごめんね。レイに知られるといけなかったから。ハシスだよ」

 階段を下りてきたハシスはこう言って手を差し出した。律も握手をしてお礼を言う。そこにアルデュイナがお茶の用意をして現れた。

 「ゆっくりしてちょうだい」 

 テーブルに着いた三人の前にカップを置き、飛んでいるウィアベルにはお菓子を渡す。そしてそのまま席に座り、優雅なしぐさでカップを口元に運んだ。

 「説明は無しカ?」

 苛立ちを隠さずにオーブが口を開いた。

 「まずはお茶を楽しみましょうよ」

 ディナは上目使いでほほ笑んでまたカップに口をつける。オーブは人差し指でとんっとテーブルを叩いた。

 「シナリオが崩れているのはどういうことダ? 本来お前たちは知らない事だガ、知っているよナ」

 質問の形をとりながらもオーブは断定した。律にとってシナリオが何を指すかは分からないが、二人はそれで分かるらしい。ハシスは困ったように目線を泳がせ、ディナはゆっくりとカップを受け皿に置いた。

 「現勇者のために説明しましょう。リツ、この世界には縛りが存在するの。大雑把に言えばね異世界から勇者が現れ、魔王を倒し、次の魔王になる。このサイクルを繰り返すことが、この世界が存続する条件でわたくしたちはシナリオと呼んでいるわ」

 机の上で手を組み、ディナは神妙な顔で言った。律は驚きを隠せなかった。勇者は次の魔王になる?

 「それじゃあ私、帰れないじゃない……」

 自分に後ろめたい所があるのも忘れ、オーブを睨むと彼は首を横に振った。

 「方法はあル。俺は約束を違えたりしなイ。ディナ、話を続けロ」

 「現魔王は前勇者だったの。わたくしたち二人はその時の討伐仲間よ。何も知らずに宿願の達成を喜んでいたら、シナリオについてエレインから知らされたわ」

 ディナは組んでいた手をぎゅっと握りしめた。言葉を探して言い淀んでいると、黙っていたハシスが吐き捨てるように言った。

 「そしてレイは魔王になり、僕らは晴れて不老不死さ」

 これまでの温和な雰囲気とはがらりと変わって、苦いものを食べたときのように顔をしかめている。

 「なぜあなたたちまで不老不死になるんですか」

 流れがよく分からなかったので律は尋ねる。ハシスは答えずにディナが後を引き取った。

 「不死というと語弊があるわ。エレイン曰く、勇者と仲間は運命共同体なのですって」

 次の勇者が魔王を倒すまでは、一つのサイクルの見届け人として存在する必要があるらしい。だからもう百年以上も次の勇者を待っていたのだという。

 「リツさんが来てくれてよかった。ウィアベルも協力してくれてありがとう」

 ハシスは微笑んでウィアベルの頭を撫でる。彼女も嬉しそうに律はいい子だものと高い声で言った。どうやらハシスに懐いているようだ。

 律は助けられたお礼を改めて二人に言った。

 「だから俺たちを助けたんだナ。動機は気に食わないが礼を言っておク。それで何が望みダ?」

 オーブは気難しい態度で尋ねた。彼にとっては予定外のことだらけで、気分はとても苛立っている。それにディナたちは自分たちを無償で助けたのではないと分かっていた。律への手助けが、望みをかなえる悪魔への対価であると知っていたのだ。ウィアベルが自分の主人に教えたのだろうとオーブは予想した。

 「レイを助けてほしい」

 ディナとハシスは揃って言った。

 「彼はこの世界を変えようとしている。悪の魔王と善の勇者の戦いのサイクルで維持する方法を止めたがっているの。でもこれは危険なことなのよ」

 自分は魔術師でこの百年研究もしたから良く分かるのだとディナは言う。その声にはレイを案じる気持ちがこもっていた。

 「レイを止めない限り僕の人生は終わらない。長すぎる生は彼にとっても辛すぎるだけだよ。その証拠に彼の表情がだんだん険しくなっているんだ」

 ハシスの胸中は計れない。彼はウィアベルの頭を撫でながら、旅をしながらずっと見ていたと言った。

 「大きな望みダ。それにお前たちの言葉は同じでも中身が微妙に違ウ。」

 「やり方はあなたたちに一任するし、わたくしたちも全面的に協力するわ」

 ディナの言葉に間髪入れずハシスも頷く。オーブは腕を組んで目を閉じ、しばらく動かなかった。ゆっくりと目を開けると律をちらりと見てから目線を戻し、分かったとだけ言った。

 「あの、また話が分からないんですが、魔王は具体的に何をしようとしているんですか? 今聞いた話と、見たことと、いろいろとずれがあるのですが」

 律は手を挙げて発言した。頭の中は混乱している。

 「その話はまた明日するよ。この森の夜は早いから、今日は休むといい」

 そう言われて窓の外に目を向けると、ほとんど日は落ちていた。

 「ああ、その前に二人で話すのかな?」

 ハシスは立ち上がってウインクすると部屋から出て行った。そのあとにウィアベルがついて飛んでいく。ディナも盆の上にカップを片付けて、無言で深く一礼すると出て行った。

 (今教えてくれたらいいのに……)

 声には出せなかった。二人と一妖精が部屋を出ると同時にオーブの視線が刺さったからだ。息をすることさえもためらわれる。オーブは無言で律を見つめており、律はその視線から逃れようと身を固くしていた。

 どちらも言葉を発さないままでいると月が登ってきた。窓の外から室内を明るく照らしている。

 「ごめんなさい」

 壁の陰にオーブの顔が隠れているのは幸いだった。律は素直に謝罪の言葉を口に出すことができた。

 「何に対しテ」

 固い声だ。一度もぶれなかった視線はここでもまだ刺さっている。

 「あなたを疑ってウィアベルのことを話さなかったこと」

 月の光をまともに浴びている律の顔はよく見えることだろう。律は今自分がどんな表情をしているのかが分からなかった。

 「空気精に何を言われタ」

 律は伏せていた目を上げて、じっと注がれる視線と初めて対峙した。光る二つの瞳はただこちらを向いているだけだ。

 「名前は言えないが裏切られる。だから一緒に行こうって言われたの」

 オーブは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる。律は肩を震わせたが、目をそらさないよう力を込めた。

 月の光がオーブの顔を照らす。その顔に表情はなく、少なくとも人間に読み取れる感情は浮かんでいなかった。

 「ごめんなさい。ちゃんと言っておけば他の手段を考える時間もとれたのに。私、」

 「過ぎたことダ。結果は五体満足で誰も欠けてなイ」

 律の言葉はさえぎられた。そして淡々と帰ることはできるから心配するなという。

 「他に言うことはないの? 私、疑ったのよ? こんなにいろいろしてくれているのに!」

 律は立ち上がって叫んだ。少年姿のオーブを上から見下ろすような格好になった。

 「すべては俺の不手際が招いたことダ。オマエに要求する事は何もなイ」

 首を大きくそらして突き放すように言う。律はもっと何か言いたかったが、口から言葉は出てこず拳を握りしめた。

 オーブは窓の外に目をやった。話は終わりといわんばかりだ。律は荒々しく床を踏み鳴らして、扉を開けたまま部屋を出て行った。階段を上がる音、与えられた部屋の戸が開く音、そしてベッドがきしむ音。それらを聞いてようやくオーブは息を吐き出した。

 「チョットあっさりしすぎじゃない? あんな言いたそうな目してたくせに」

 窓の外にウィアベルが現れた。睨むオーブが窓を開ける気はないそぶりを見せると、彼女は隙間を抜けて室内に入る。

 「何ガ。あと盗み聞きするなら気付かないようにやレ」

 「アタシに気付いてイラついてたわけじゃないでしょ」

 オーブは無言で椅子を整える。テーブルの上もさっと拭いた。

 「リツに疑われてショックだったんでしょ。だって大切にしてるから」

 無視して部屋を出て行こうとすると、第三の声が聞こえた。

 「勝手に仲たがいしてろや。おい黒いの。あの女を倒すんなら力貸すぞ」

 「ゲエッ」

 ウィアベルが部屋の端まで飛びのいた。

 「喰らうぞ小娘。失礼な奴だな」

 赤と黄色で目がくらみそうになる配色の青年が悪態をついた。一目見て自己紹介などせずともエイデンであると分かる。とはいえオーブもどこから実体化したんだと不思議に思っていると、彼はあごで暖炉を示した。灰が赤く光っている。

 「ディナったら、おっちょこちょい~」

 ウィアベルが笑うと、オーブは頭を押さえて火を消すために暖炉に近づく。その前にエイデンが立ちはだかった。

 「おいやめろ燃やすぞ。悪い話じゃないだろうが。だから、消そうとするな!」

 あわててオーブの襟をつかんで暖炉から引き離す。オーブはため息をついて、ようやくまともにエイデンを見た。

 「あの女、シナリオが決まったときに自分だけいい役をもらいやがった。今回の騒ぎもあいつが元凶だろうよ。そもそも魔王に肩入れするのはルール違反だし、なにより……」

 オーブはエイデンの眼前に手のひらを差し出した。愚痴めいた話が中断する。ウィアベルは部屋の隅でくすくすと笑っていたが、すぐにおとなしくなった。

 「手伝ってくれるのは助かル。俺の役目は律を無事に帰すことだがもう一つ仕事が増えたからナ。律も含めて全員が強くならないといけなイ」

 どうか力を貸してくれと二人に頭を下げる。当然と言うように頷いてエイデンは姿を消した。礼の言葉を述べると、答えるように灰が赤く光り完全に消えた。ウィアベルも歯を見せて笑い胸を叩くと飛んで行った。残されたオーブはゆっくりと戸を閉めて出て行き、彼らの会談は終わった。



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