第三章3
昨日のことをオーブにだけでも言っておくべきだろうかと、窓の外を見ながら律は考える。朝焼けでまぶしい街を見下ろしていると、最善の方法が見つかる気がするのだ。
しかし何も思いつかない。裏切る相手はオーブということも考えらえるのだ。なにせ自分がここに来た元凶だ。あの日言われたことも、悪魔だから嘘かもしれない。
「リツちゃん、出発しますよ」
ウィルに呼ばれ、結局誰にも言うことができないまま宿を発つことになった。
午後遅く、四人は本が示す砦についた。深い堀の向こうには、高くて硬い石壁がそびえている。律たちが足を止めると、対岸の跳ね橋がひとりでに降りてきて道を作った。迷いなく歩みを進める。
砦の中は薄暗く湿っていて、居心地がいいとはとても言えない。扉が閉まると真っ暗になったが、これまたひとりでに蝋燭が灯り案内するように通路を照らしている。このまま進めばいいのだと、律は止まりそうな足を動かした。先頭を行く律の歩みが緩んだことで、すぐ後ろにいたオーブは当たりそうになってしまった。
「どうかしたカ?」
オーブが小声で律に問いかけると、彼女は何でもないと首を振った。その様子に違和感があったものの、通路の先に広がる部屋に気を取られて深く考えなかった。
「あらー。すごいわねぇ」
最後尾からアルクの間の抜けた声がした。その声の通り、部屋の中には煌びやかな武器や防具、衣装でいっぱいだった。どれも一流の魔法が施されている。部屋の壁には、ここで支度を整えて進むようにと書かれていた。日の入りが始まるとともに魔王城の門は開くらしい。
「どれにしようかな~」
三人が驚いている間に、アルクはさっさと中に入って選び始める。遅れてウィルもマントを新調しようとそちらへ向かった。オーブも神妙な面持ちで、刀剣を飾ってあるほうへ歩いて行った。律は特に選ぶつもりもないので、三人が決めるまであたりを見て回ることにした。
部屋の奥の隅のほうに、何に使うのかもわからないような道具が高く積みあがっている。律がそれらを眺めていると、古いアルバムが目に留まった。この世界に写真があるのだろうかと、軽い気持ちで手に取ってみたその薄桃色の表紙に見覚えがあるような気がした。炭が広がるような不安とそれを上回る好奇心で、律はその表紙を開いた。
バタンと物が落ちる音が聞こえ、ウィルはそちらへ向かう。棚をよけて近づくと、律が立ち尽くしているのが見えた。
「リツちゃんっ」
ウィルがあわてて駆け寄ると、床に落ちていたものを蹴飛ばしてしまった。何かと思って拾おうとすると、律の悲鳴のような声に阻まれ手を止める。
「ああ、ごめんなさい。でもウィル君。それには触らないで」
ウィルがびくりと肩を震わせたのを見て、律は謝罪した。さっとウィルの前からアルバムを拾い上げると、積みあがった道具の中へ戻す。
「何かあったの?」
心配して声をかけるウィルに、律はにっこりと笑って否定した。面のような笑顔を見て、ウィルはしぶしぶ口を閉ざした。
黙ったままの二人が部屋の入口に帰ってくると、目当てのものを手に入れたらしいオーブが待っていた。
「何を持ってきたの?」
見た目には変化のないオーブに対して律が尋ねると、彼は秘密だと言った。
「ちょっと思うところがあってナ」
律に向かって笑いかけたところで、アルクが戻ってきた。その姿を見て三人はぎょっとした。明らかに金目のものを選んだだけである。
「これ、袋の中に保存しといて」
「まだあるのカ」
身に着けているほかにもたくさん抱えている。呆れ返るオーブを気にすることもなく、アルクは袋に詰め込んでいく。律が注意をしようと口を開きかけたとき、重い鐘の音が鳴り始めた。
「時間ですね」
ウィルが表情を引き締め、杖を握る。律も大きく息を吐いて呼吸を整える。オーブですら目に力がこもっている。アルクだけはいつも通りで緊張感に欠けるが、四人は砦を出て間近に迫った魔王城へと足を進めた。
あっけなく四人は城門を突破し、あっけなく四人は三つの部屋を抜けた。部屋にはそれぞれ番人がおり勝負を仕掛けてきたが、勇者の剣の前に一瞬で敗北した。
「久しぶりにゲームっぽいと思ったわ」
次の部屋へと走る途中、律は隣のオーブにそっと声をかけた。倒した三人は、四天王のひとりうんぬんと言っていたが、冗談ではないのか。緊張していたウィルも拍子抜けしたようで、何とも言えない顔をしている。
「気を抜くナ。次が強いということもあル」
そう言ったオーブも不思議そうにしている。どう考えてもあの小隊長のほうが強かったはずだが、シナリオのせいなのか。それにしては……、とここでオーブの思考は中断された。次の部屋の扉の前に着いたからだ。一本道でつながる四つの部屋をクリアして、魔王を倒せば律は帰れる。扉に手をかけた律を見ながら、オーブの胸にはまた不安が広がってきた。
四つ目の部屋の主は前の三つより時間がかかったが、大した苦労もなく倒すことができた。ここまで全て、律一人の力で来ている。アルクほどあからさまではないものの、気が緩むのは止められない。これまでのものより重厚な作りの扉は、ついに魔王のもとへ来たことが分かるようになっている。
気合を入れ直し、律はゆっくりと扉を開いた。これまでの部屋と同じく、いきなり攻撃されることすらない。部屋に一歩踏み込むと、魔王アリスレイが玉座に悠然と座っている。
「よく来たね。待ってたよ」
親しい友人に声をかけるように、穏やかに話しかけてくる。
「私はあなたを倒しに来たのですが」
「知ってるよ。家に帰りたいんだろう」
とげを含んだ律の返事に気分を害した様子もなく、ただ穏やかに魔王は声をかけてくる。
「ここまで簡単だっただろう? なんでか知らないけど、道中のほうが難しいんだよね」
魔王は昔に思いを馳せるように、遠くを見た。そしてその目がスッと細められると、言い知れぬ圧力が発せられる。
「エクスプロージオン」
ウィルが魔法を発動させた。巨大な火の玉が爆発四散する。オーブに守られた四人はともかく、壁も屋根も吹き飛ばしたのに魔王は無傷だった。




