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序章2

 いちめんのなのはな、ではないけれど、そんな表現が似合う鮮やかな黄色に染まった丘の上に律は立っていた。空は青く澄み渡っていて、暖かい日差しが心地よく感じられるはずである。しかし律には何の感覚も感じられず、これが夢なのだと分かった。辺りを見回しても誰もいない。

 「ちゃんと叶っただロ」

 律がやや放心していると、後ろから聞いたことのある声が聞こえた。 

 「まったく大変だったんだゾ。オマエの望みを叶える世界を見つけるのハ、《十字路の悪魔》の力をもってしても難しかっタ」

 やれやれといったように首を振り、地面から少し浮いた少年は言った。どうやらこの少年は、小瓶に封じられていた悪魔であるようだ。

 「叶ったですって! 騙したの間違いじゃない。ここは何処なの。家に帰してよ」

 声を荒げて怒鳴りつけると、悪魔は目を丸くした。視線をさまよわせ、答えることができないようだ。

 「早く! 私を帰して!」

 律は悪魔の体を殴ろうとしたが、彼女の腕は悪魔の体をすり抜けた。律は前のめりに倒れてしまう。

 「困ったナ。オマエが言ったんだロ、ファンタジーの世界に行きたいっテ。喜んでると思ったのニ・・・・・・」

 倒れた律を起こすこともなく、悪魔は悲しそうな顔で肩を落としている。律は自力で起き上がり、悪魔の正面に回った。悪魔の発言に引っかかりを感じたからだ。

 「私は少女マンガのような恋がしたいと言ったの。ファンタジー世界に行きたいなんて言ってない」

 指をさして睨み付けながら言うと、悪魔は焦っているようだった。

 「エッ? 俺が調べたところによるト、少女マンガ=ファンタジーだったのだガ……。

 しかしどうしたものカ。お礼を間違えたとなると問題だナ。帰る方法はないわけじゃないガ、難しいゾ」

 腕を組み、考え込む悪魔を律は睨み付けたままである。

 「フム。フム。とりあえず魔王を倒さんと帰れんゾ」

 「はい?」

 突拍子もないことを言い出す悪魔に、ついつい律の口調が荒くなる。悪魔は律の様子を気にした素振りも見せず、真顔で続けた。

 「ここはオマエがいた世界とは別の所にあル。とはいえ繋がっているから帰ることは可能だろウ。しかシ、この世界で俺の力は大きく制限されてしまウ。

そこでダ、魔王を倒した勇者はどんな願いでも叶えることができるというこの世界のルールを利用すル。頑張って魔王を倒セ。俺も手伝うかラ」

 「いつでも会えるようニ、オマエに俺の名を教えよウ。大切なものだかラ、ほいほい他人に言うなヨ。俺の名は"オーブ・ドゥサール・ヴー・ドゥ・カルフール"」

 初仕事の失敗を返上したいのか、悪魔はかなり律を気遣っている。人ならぬものにとって重要な本名も明かして誠意を見せているが、律には分からなかったようだ。

 「なにが手伝うよ、このポンコツ悪魔。あんたなんか助けるんじゃなかった。魔王を倒すなんて出来るわけないじゃない。これなら我慢していればよかった」

 俯いて話を聞いていた律が言った。低く呪詛のように紡がれる言葉を、悪魔は何ともいえない顔で聞いている。

 「すまなイ」

 しばらくたって、ぽつりと悪魔が謝った。

 「俺は先代の役目を継いで日が浅イ。オマエの望みを理解できてなかっタ。早合点しテ、確認もせずにつれてきて申し訳ないと思ってル。必ずオマエを家に帰ス。そのために全力でオマエをサポートするかラ、だから」

 真剣に誘いの言葉を探す悪魔の頭を律が叩く。今度はすり抜けなかった。

 「悲しんでいても仕方ないわ、あなたも反省しているようだし出来ることをやりましょう。闘うなんて初めてなんだからちゃんと手伝いなさいよ、ポンコツ」

 悪魔のボタンのような黒い瞳がきらきらと輝く。悪魔はもちろんだと頷いて、名前はちゃんと覚えたのかと言った。

 「当たり前でしょ。でも今のあんたはポンコツで十分よ」

 むすっと頬を膨らませて言う律に、悪魔もといオーブは薄くにじんだ涙をぬぐい、右手を差し出した。律はためらいなくその手を取り固い握手を交わす。

 「約束よ」

 「わが名に誓ウ」

 射抜くような律の視線を真正面から受け止めてオーブは約束した。



 小鳥の声が律の耳をくすぐり、朝陽が律の顔を照らす。律はゆっくりと瞼を開け、ベッドの上に体を起こした。まだ頭が働かないのか、眠そうに目をこすっている。

 律がベッドから出て簡単な身支度をしていると、控えめなノックの後トナネグが声をかけてきた。

 「リツ、起きたかな。朝食ができているから降りておいで」

 律は返事をして手櫛で髪を整えると、部屋のドアを開けた。

 「おはようございます。トナネグさん」

 「ああ、おはよう。ゆっくり休めたかい」

 律が声をかけたとき、彼は階段を下りようとしていた。

 「はい、ぐっすり。ご迷惑をおかけしました」

 律が頭を下げると、気にするなと言ってトナネグは律の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。昨日泣きつかれて眠った律を、彼が自宅へ運んでくれたようである。二人は並んで、律は髪を整えながら階段を下りる。丈夫そうなテーブルの上には、湯気のでているスープなどが用意されていた。

 「さて、ワシはこの村で自警団の団長をしている。昨日おまえさんを見つけたのは、森で声が聞こえた気がすると言った奴が居ったんでな。あの森はこのあたりの奴はあまり入らん。おまえさん、なんで森にいたんだ?」

 食べ終わり、お茶を飲んで一息ついたところでトナネグが言った。どう答えるべきか。律は目を泳がせ考えている素振りを見せると、とても困っていると言うような顔をして言った。

 「何も覚えてないんです。どこからきたのか、自分は何なのか。なんだか頭に霞がかかっているようで・・・・・・」

 額を押さえ頭を降りながら焦った様子を律は見せる。記憶喪失、ということにした方が説明の手間が省けると律は考えた。案の定、トナネグは心配そうに気遣ってくれた。

 「此処にいたらええ。ワシは一日中森の入り口で炭焼きをしているが、村の奴は皆いい奴さ」

 顎をなでながらウインクをする。

 「ありがとうございます。家事は何でも手伝いますね」

 「ああ、ありがとう」

 二人はしばらく雑談し、仲良く食器を片付けた。その後トナネグの勧めもあって、律は村を見て回ることにした。この村は農業と手工業で成り立っているような、やや大きめの村だった。トナネグが紹介し近所の人に挨拶をすると、皆笑顔で迎えてくれた。

 「やっぱり森に人がいたのか。ごめんな、助けにいけなくて」

 律より少し年上の青年が謝ってきた。トナネグ曰わく、人の声が聞こえる気がすると相談してきたのはこの人らしい。

 「気にしないでください。結界の石より奧には入れないのだと聞きました。気づいてくださってありがとうございます」

 律はにこりと笑って頭を下げた。青年は照れたようにはにかんでいる。

 「セテ、リツの案内を代わってくれんか。すまんがリツ、ワシはそろそろ仕事にいかないといかん」

 「私は大丈夫です。えっと」

 セテの迷惑にならないだろうかと律は戸惑っている。その戸惑いを吹き飛ばすように、セテは太陽のように笑って律の手を引いた。

 「水車小屋は見たか? 見てないなら今からいこう。大きいぞ」

 「まだ見てないので行きたいです」

 律の答にセテはますます頬をゆるませ、二人は手をつないだまま駆け出した。

 「暗くなる前には帰ってくるんだぞ」

 走り出した二人の背に向けて、トナネグは声を張り上げた。律は振り返って返事をし、大きく腕を振るトナネグに手を振りかえした。

 セテと律が水車小屋で水車を眺めはじめて大分時間がたった。ただ眺めるだけでも迫力があって楽しく、二人はすっかり打ち解けて話していた。

「そう言えばセテさん、日が暮れたら外を絶対歩いちゃいけないって言われたんですけど何でですか?」

 今まで笑っていたセテの顔が一瞬強張る。聞いてはまずい掟なのかと律が心配していると、さっきより沈んだ声でセテは答えた。

 「この辺り一帯の地域は、予言で魔王様を倒すものが現れると言われているんだ。それを警戒してか、魔王は森に危険な生物を放したんだ。そいつらは特に夜になると活発に動き出すんだよ。いい迷惑だ」

 「それは気をつけないといけませんね」

 律は相槌を打ちながら、もう少し魔王について聞いてみた。しかしセテが知っていることはほとんどないといってよかった。

 話題も場所も変えて楽しい案内が続けられる。律はオーブに会って問い詰めたいなと思いながら、この村について情報を仕入れていた。


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