第三章2
律とウィルの二人が順調に袋をいっぱいにしていると、かすかに人の声のようなものが聞こえた。二人が顔を見合わせると、また聞こえてくる。どうやら助けを求めているようだ。
「誰かいますかー」
二人は声が聞こえたほうへ呼びかけながら進んでいく。次第に聞こえる声は大きくなり、このあたりだろうと思われる場所に出た。しかし姿が見えない。
「こっちよ~」
二人できょろきょろしていると、木の洞から複数の声が聞こえた。少し高い位置にあるその洞を木に登って覗き込むと、中には鳥かごのようなものがあり小さな生き物が声を発していた。
「そーっと運んでネ」
鳥かごの中にいる一人がそういったので、律はあまり揺らさないようにして籠を持ち地面に降りた。
「あっ、リツちゃんそれは空気精です。何をやって閉じ込められたんだ?」
ウィルが警戒して問いかけると、空気精たちは口々に大したことはしていないから出してほしいと言った。
「アタシ達妖精は鉄が苦手なのよ~。出して~」
「知ってます」
受け取った籠をわきに置いて、ウィルは疑問に思っている律に説明をし始めた。曰く、空気精はいたずら好きの妖精でよく人をひどい目に合わせるから、それで閉じ込められたのだろうということだ。
「出してあげましょう。自由に飛べない空気なんてかわいそうだわ」
律が鳥かごの扉を開けると、彼女たちはわっと飛び出した。
「あー熱かった」
「ちょっと羊をくすぐっただけじゃないの」
「けがさせたのは悪かったけど~」
口々に文句を言いながら、彼女たちは小さな羽で律の目の前にふわふわと浮いている。
「助けてくれてありがとう。名前聞いてもイイ?アタシはウィアベルよ」
その中の一人が名前を聞いてきたので、律だと答えるととても感謝された。
「アナタは言わなくていいわ。火の匂いがするもの」
律に続けてウィルが口を開こうとするとぴしゃりと拒絶された。空気精たちは律の周りをくるくると飛び回りながら、クスクスと笑っている。
「リツ、そのうち何かお礼に行くわネ」
名前を聞いた妖精がそういうと、彼女たちは一斉に飛び立っていった。一筋巻き起こった風を残して、辺りは静まりかえった。
昼前に律とウィルが戻ると、すでにオーブが待っていた。しばらくしてアルクも大きく膨らんだ袋をもって戻ってきたので、換金するために街へ戻った。そして宿でこれからについて話し合う。
「この本によれば、城の前にある砦で準備を整えてから向かうようです。そして真っ直ぐ魔王を倒します」
「えっそれだけ?」
律のあまりの無策ぶりにアルクが素っ頓狂な声を上げスプーンを落とした。ウィルは分かっていたことなので特に驚きはなく、アルクに向けて言葉を添えた。
「歴史書を見ても、勇者は魔王に割とあっさり勝っています。なぜなら勇者の剣はどんな災厄も祓えるものであり、魔王は災厄だからです」
疑いの眼差しを向けるアルクに気おされて、ウィルの声は尻すぼみになった。
「本にも同じようなことが書いてあります。勇者は湖の乙女の力を借りて、火を扱う魔王相手に戦いを有利に進められるようです」
本の説明もあることから、アルクはほっとした。そしてスープを口に運ぶ。
「行ってみればいいサ。そもそも相手の戦力なんて知りようがないんだかラ」
これまで黙って食事をしていたオーブの一言で、明日にも出発することが決まった。
夜。相部屋のウィルが早々に眠りについた隣で、オーブは考え事をしていた。この世界は勇者が現れることによって動き、魔王を倒すことで巡っている。筋が変わるはずはない。律は剣に選ばれたし、湖の乙女にも守られている。
(しかし不安ダ……)
言葉にできないもやもやが、オーブの心を渦巻いている。
(律は無事に帰ス)
青白く光る三日月を見つめながらオーブは気を引き締めた。
オーブが考え事をしているのと同じころ、律とアルクの部屋の窓を軽く叩く音がした。すきま風が入ってきて、律の耳元で名前を呼ぶ。律がうっすら目を開けると、耳元の風は外に出てきてほしいと言って消えた。
「リツ!」
律が宿の外に出ると、嬉しそうだが音量を落とした声で名前を呼ばれる。
「ウィアベル?」
あたりが暗いので姿ははっきりと見えないが、名前を呼ぶと妖精はさっと近づいてきた。
「お礼をしに来たの。リツって勇者だったのネ。知らなかった」
目の前に浮いたウィアベルは律の手を取って引っ張る。
「悪いことは言わないわ。アナタは魔王城に行かない方がいい。アタシと来て!」
ぐいぐいと強い力で手をひかれ、律はこけそうになった。ちょっと待ってと制して説明を求めると、ウィアベルは首を振る。
「詳しくは言えないの、ルールだから。でもこのままじゃアナタが死んじゃうわ」
さらに強く引っ張る様子から、確かい嘘ではないようだ。
「でも倒さないと家に帰れないもの」
「いいじゃないの帰れなくても。ここで楽しく暮らせばいいわ」
ウィアベルの手を振り払って律が言うと、それでも彼女は食い下がってきた。
「アナタ裏切られるの。誰がとは言えないけどホントなの。お願いよ信じてついてきて」
差し伸べられた手を見て、律は少し考える。
「あなたを疑うわけじゃない。私は行かないといけないから。教えてくれてありがとう、気を付けるわ」
けれど結局、感謝を込めて頭を下げるだけでついて行こうとはしない。その様子を見て、ウィアベルは泣きそうな顔をして去っていった。




