第二章6
律がばっと体を起こすと、痛みが頭を襲った。目の前には額を抑えたオーブがいて、どうやらぶつかってしまったらしい。
「ごめん」
謝りながら布団をはぎ取り扉へと早足で向かう。ウィルと手をつないで刀をつかんだところまでは記憶があるが、一緒に戻ってこれただろうか。
「おいちょっと待テ。どこに行く気ダ」
「ウィルの所に行かないと」
掴まれた腕を払いながら律は早口に言った。
「そうカ。場所がわからないだろウ、連れて行ク」
オーブはため息をつきながら、律の手を引いて部屋の外に出た。廊下はろうそくに照らされていて、まだ朝には遠いようだ。強く握られた手を見ながら、心配をかけてしまったなと律は思った。
「どれくらい気を失っていたの? ずっと側にいてくれたみたいだけど」
声を落として話しかけると、不機嫌そうな声が返事をした。
「今は倒れた日の夜中ダ。早く帰ってこられてなによリ。体は平気カ?」
「ええ、なんともない。心配かけたみたいでごめん」
「ああ本当に驚いタ。ついたゾ」
ウィルの部屋の前にいる兵士は、二人の顔を見ると扉を開けてくれた。律は声を掛けながら、暗い部屋の中をベッドまでまっすぐ進んだ。肩をたたきながら呼びかけると、ウィルは小さな声を漏らして体を動かし薄く目を開いた。
「リツさん?」
体を起こしかすれた声で問うウィルに向かって律は大きくうなずいた。
「はい。帰ってこられましたよ」
ウィルは辺りを見回してここが自分の部屋だということがわかると、律に抱き着いて泣き始めた。
「よかったです、ほんとに……。ありがとうございます……リツさん、ありがとう」
両目からぽろぽろと涙を落とすウィルの背を律が撫でる。そうしていると、兵士の知らせで駆け付けた王と王妃もやってきたので律は体を離した。
「父様、母様、ご心配をおかけしました」
王妃に抱きしめられたウィルは泣いているが嬉しそうだ。
「勇者様、本当にありがとうございました」
頭を下げる王に律はよかったですね、と声をかけた。
「感動の再会中に悪いガ、律を休ませたイ」
オーブの言葉で王はひとまず落ち着き、また明日改めて律は呼ばれることになった。律は再びオーブに手をひかれながら自室に戻る。
「ねえ、私たちがいたところに刀が来たのはあなたのおかげ?」
「勇者の剣は勇者の心に影響を受けル。帰りたいと思ったから来たんだろウ」
布団から顔を出さずに問いかけた律に、オーブはそっけなく答えた。また明日、と布団を軽く叩いて出ていくオーブに聞こえないくらい小さな声で律は呟いた。
「私は帰りたくなかったもの。だから、ありがとう」
案の定オーブには聞こえていなかったようで、扉は静かに閉められた。
次の日、陽が随分と高くなってから律は目を覚ました。ベッドから起き上がり身支度をしていると、控えめに戸をたたく音がした。
「リツさん。ウィルです。あの、入ってもいいですか」
ウィルの声が震えていたので、律はあわててボタンを留めると扉を開けた。部屋に入った後もウィルは落ち着かない様子で、唇を結んで視線をさまよわせていた。
「まずは、あの、ありがとうございましたっ。無事に帰ってこられたのはリツさんのおかげです……」
勢いよく頭を下げられ驚く。ウィルはゆっくりと顔を上げると、また少し視線を逸らせて言いにくそうに言葉を紡いだ。
「あのっ、ずうずうしいお願いだとは思うのですが、僕にもあなたのお手伝いをさせてください!」
二人の視線が合う。ウィルは真剣な瞳で律を見つめていた。
「アルクさんに聞きました。リツさんはこことは別の世界から来たこと。帰るために勇者になって、魔王討伐をしようとしていること……」
「僕はあなたに助けてもらいました。だから僕は恩返しがしたいんです。きっと役に立って見せますから、どうか一緒に行かせてください」
律を見上げるウィルの瞳はうっすらと濡れていた。
「気持ちはありがたいけれど、連れて行くことはできません。手もそんなに震えているじゃないですか」
律の視線に合わせてウィルが下を向くと、確かに震えていた。ウィルは強く手のひらを握りこむと、顔を上げて律を見つめた。
「これは武者震いです。それに、あなたに何もお返しできないなんて嫌です」
「そうまでおっしゃるのなら、転送陣を使わせてくれるだけでありがたいです」
一国の王子がついてくるには危険だと律は強くいさめた。自分たちはそもそも具体的な計画を立てているわけではない。ゲームのように解説があるわけでなく、情報が簡単に入手できるわけでもないから実際に行くしかないのだ。
「もちろん転送陣はお貸しします。けれど、戦力は多い方がいいはずです。魔王は表に出てこないから……、無策で挑むつもりなんでしょう?」
静かな声だった。おどおどとした様子など一瞬も見せずに、律の目を見ている。
「気付いているのになぜ、ついてくると言うの」
律は眉間にしわを寄せ、痛み始めた頭に手をやった。自分とオーブだけで解決するつもりだったのに、会う人合う人ついてくると言うのはなぜなのか。そもそもの始まりは自分の浅慮な願いとあの悪魔の勘違いで、アルクもウィルも一切のかかわりがないのにと思った。
「断られてもついて行くつもりですが、心配するでしょう。だから、僕の実力を示します。今日僕は最難関の儀式に挑戦します。あなたの力になれることを証明します」
ぜひ見に来てほしいと手が延ばされる。律は目をつむって深く息を吐くと、その手は取らずに前へ進んだ。話の急展開についていけない。ウィルはさっと扉を開けて、儀式を行う山へと律を先導し始めた。




