第二章1
この次の話を書くのに悩んでしまって、後半を少し変更しました。(2016.7.1)
「なんでこんなに高いんダ」
テーブルを力いっぱい叩いたあと、オーブは頭を抱えた。露店や店を一通り見たが、どれもこれも一般的なものの10~15倍の値段がつけられている。
「そりゃあ付加価値が高いもの。見た目はそうじゃなくても一点物ってこともあるし」
昼食用に買ったサンドイッチにかぶりつき、おいしいわよと律にも勧める。
「良心的なのは食料品くらいじゃないカ。服なんてとても買えなイ」
財布の中身を見ながらため息をつくと、アルクがひょいと覗き込んだ。
「あんた、こんなのじゃ旅費としても全然足りないわよ。この国はなんでも高いんだから。あんたはこの幸せそうに食べる律の笑顔を守りたくないの。野宿ばっかりさせる気なの!」
「野宿は別にかまわないけど……」
いきなり話を振られた律は、サンドイッチを飲み込んで答えた。オーブの顔が輝きアルクの顔が曇る。
「でも服は欲しいから。アルクさん、短期の仕事って探せば見つかりますか」
「そうねぇ、皿洗いでも何でも探せばあると思うけど……」
残りのサンドイッチを口に入れ、三人は職を探すため広場を後にした。
ところが、そこらじゅうの店を訪ね歩いても募集はなく、三人は日も暮れた小道を歩いていた。
「ハンデルだってのに不景気よねぇ。一つも見つからないなんて」
がっくりと肩を落としたアルクは二人の少し後ろを歩いている。
「明日はもっと足を延ばして探しましょう」
律が元気づけるように言うと、アルクが抱き着いてきた。
「リツはいい子ね~。明日も頑張ろうね~」
ぐりぐりと頬ずりをしているアルクをオーブは冷めた目で見つめながらため息をついた。
「黒髪のきれいなお嬢さん。僕の作った洋服はいかが」
三人以外に人っ子一人いなかったはずの道に、不意に男性の声が響いた。三人とも声のした方角に一斉に顔を向け、オーブが律の前に出る。
「服を探してるんだろう。君にぴったりのがあるけど試着しないかい」
地面に座り込んだ男は、そう言ってカバンの中から次々に洋服を取り出した。見事な刺繍が施されたスカート、シンプルなコート、靴もブラウスも装飾品も小さなカバンからどんどん出てきて敷物の上に並べられる。
「どの服も耐火耐熱耐水だよ。あとは素材や用途で別の術がかかってる。耐久力も高いし、この靴なんかは疲れないうえに身軽になる」
キャラメル色のショートブーツを持ち上げて商品説明をする男は、笑っているのに悲しそうだと律には見えた。
「必要なイ。律、戻るゾ」
男から目を離さず、律を遠ざけ帰らせようとする。律も少し気にはなったが、オーブに従って帰ろうとした。
「でも質はすごくいいわよ。デザインも趣味がいいし、試着してみなさいよリツ」
品物を観察していたアルクが、カジュアルなシャツを律の体に当ててきた。
「似合うと思うわ」
満面の笑みで律に勧めるアルクとは対照的に、オーブは隠すこともなく舌打ちをした。
「怪しい奴だと思っているんだろうけど、僕としては次の勇者様の手助けをしたいだけさ」
オーブのほうを見て、男は言った。何の感情も読めない瞳に、オーブの眉間のしわが深くなる。
「僕は旅商人で、何でも作る職人なんだ。リツにはきっとこのあたりが似合うよ。お代は気に入った時にくれたらいいから」
オーブの強い警戒心を感じ取ったのか、いくつか選んでアルクに渡す。それから律のほうを見て愛おしそうに目を細めると、瞬きをした間に消えてしまった。男も、商品も、敷物も、何もかもなくなって、アルクの腕に預けられた服だけが残っていた。
「また会おうね」
強い風が律の横をすり抜けた時、その耳元で確かに男の声が聞こえた。
宿屋の寝台の上に、渡された洋服たちを広げてみる。律好みでバランスがよく、一目で似合うだろうと分かった。材質も優れていて、それぞれの服の特質が書かれたカードもついていた。
「うわー。対魔法加工がされてるなんて、いいわねぇ」
アルクがうっとりと言う横で、オーブはぶつぶつと何かを唱えながらひっくり返したり透かして見たりしている。二人はしばらくそうしているオーブを眺めることになった。
「問題なイ」
「よーし、早速着てみましょ!」
律よりもうれしそうなアルクが、さあさあと律の目の前に服を掲げる。律ははにかみながら受け取ると、隣の部屋に着替えに行った。
「見て見て!すごくぴったりなの」
興奮した様子の律は部屋に入るとくるりと一回転した。動きやすいキュロット、足の保護が優先されたブーツ、優しい色のブラウス。
「可愛いわよ、リツ」
とびついて頬ずりするアルクと無言でうなずくオーブ。複雑ではあるものの律が喜んでいるからと、オーブは納得することにした。
旅商人だといったあの男の服は、律に似合うだけでなくとても機能的だった。足場の悪い所を歩いても、鋭い草むらを通っても疲れにくいし丈夫だった。また、動くときに引っ掛かりを感じることもなく、着心地がよいということが次の日には分かった。
半日限定の皿洗いの仕事を終えて戻ってきた律は、この服をとても気に入っていた。そこで、荷運びの仕事から帰ってきたオーブにどうやって代金を払おうかと相談していると、アルクが膝を打った。
「いいこと思い出した!」
「何を思い出したんですか?」
律が不思議そうに尋ねると、アルクはわざとらしく不気味に笑って見せた。
「ふっふっふ。もっといい稼ぎになるのがあるわ。特にあんたみたいな子にお・す・す・め」
「そうなんですか?」
「如何わしいのじゃないだろうナ」
アルクが含みを持たせて言ったものだから、オーブが過敏に反応する。
「まあそれは行ってのお楽しみ。日が暮れる前に早く行きましょ」
そう言って部屋の戸を開けると、鼻歌交じりにさっさと歩き始めた。残る二人は首をかしげながら、その後ろについて部屋を出た。
アルクは街の中心を通り抜け、三人はどんどん郊外の森へ近づいていく。周りに木が増えはじめ、本格的に森の中に入り始めてもアルクが立ち止まる様子はない。
「どこへ連れて行く気ダ」
不機嫌に尋ねると、アルクは振り返って唇に指を当て静かにするよう小声で言った。
「騒がしくしないでよ、探してるんだから」
「ナニッ!」
「ああもうっ」
オーブが大声を出したと同時に、アルクがナイフを投げた。それは見事に刺さったようで、小さな悲鳴が聞こえた。
「おとなを取り逃がしたじゃないの」
両手に収まる大きさの生き物を拾い上げ、アルクは文句を言った。
「結局何をしに来たんですか」
律がもう死んでしまったその生き物を見つめて、眉間にしわを寄せた。
「ふっふっふ。モンスター狩りでーす」
「たとえばこのモムモムはね、一匹の成獣で10人が一週間飢えをしのげるほど栄養価が高いのよ。だけど小さいから見つけるのが大変でね、そこそこ高値で取引されるわ」
事切れた子供のモムモムをまじまじ見つめると、それはハムスターによく似ていた。律が目を伏せる。
「モンスターを換金して稼ぐということカ」
「そうよ。この森には他にも他にもいろいろいるらしいわ。奥の方に行けばかなり高額なものもいるって昔聞いたの。凶暴なのもいるけどそれは訓練だと思えばいいじゃない?」
「まともなアイデアじゃないカ」
棘があるわねぇ、とアルクは肩をすくめた。黙って話を聞いていた律が、おずおずと口を開く。
「食べる分以外は、むやみに殺したくないです。他の仕事にしませんか」
彼女の顔色はやや蒼くなっていて、唇はぎゅっと結ばれていた。オーブと軽口をたたいていたアルクも律が乗り気でないことに気付いた。
「あんたはこういうの嫌だと思ったわ。でもね、食べるのと同じで必要最小限のものをいただくのよ。むやみやたらに殺したりしないし、余すところなく使うのよ」
律が嫌だと分かってもアルクは真剣な目で説得してきた。律だって、乱獲するわけでもなく、楽しむためでもないと分かっていた。それでも、食べることや向かってきたものを殺すのは自分の命と交換したのだと思うことで納得できる。けれど攻撃されてもいないのに攻撃するのは嫌だと律は思った。
「うーん。植物や鉱物でも高く売れるのはあるから、今日のところはそっちにしましょ」
俯いたままの律の顔を覗き込んで優しく言うと、律はすみませんと謝った。
「じゃあ、ちょっと森の奥に行くけど、万能草を取りに行きましょうか」
こっちよ、と先導するアルクについていく律の後姿をオーブが見つめていた。




