表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

家守(いえもり)のいる家 新年の宴

作者: 東雲しの

 大晦日は世間でも忙しいように我が家でも忙しい。

 晦日から大晦日にかけて、母親は圭吾が余り食べないおせち料理を作る為、台所に立ち通しだ。

 毎年の事だが、掃除を少しづつこなして来た母親の容量がいっぱいになって、とうとう溢れてしまう。

 今年もやはり、台所からお玉を片手に母親が凄い剣幕で、まったりテレビに現を抜かす男二人にまくし立てた。

「玄関と門ー掃除して頂戴!一夜飾りはいけないから、仏壇やお飾りは昨日やったけど、掃除ぐらいはして頂戴!!」

「あー、わかったわかった」

「わかってんなら、さっさとやっちゃってよ!圭吾も、バイトがあるとか言い訳しないで、少しは手伝って!!」

「わかったよ」

「ーったく、毎年毎年……」

 母親はブリブリしながら台所へ戻って行った。

 ばあちゃんが生きていた時は、もっと沢山作っていたから、小学生だった圭吾は、父親と大掃除係りにあてがわれていたが、中学、高校と部活が忙しくなると、晦日、大晦日に掃除をする事しかできなくなってしまったので、少しお役御免となり、部活が終わった年の暮れは、受験勉強の為に流石に大晦日に玄関と門を掃除するだけになった。

 今年は昨日までバイトだったので、今日の大掃除を父親と手分けしてやらねば、多分先ほど以上の剣幕で怒鳴られられる事だろうー。

「ーさてっと、二階のすす払いでもしてくるわ」

 父親はのっそり立ち上がると、そう言って居間を出て行った。

「まじ、面倒臭せえ」

 渋々立ち上がると、母親に言われた所をやらねばやばいー。

 スエットで外に出ると、思っていた以上に寒かったが、体を動かせば温まるだろうと、そのまま玄関のドアにホースで水を掛け、その後雑巾で手早く拭いていく。

 自慢じゃないが身長がある分、手も長ければ足も長い。手も大きければ足も大きい。運動部で鍛えてあるから体も動く。

 その気になってちゃっちゃとやれば、ご近所のおじさん達よりも早く済ませられる。

 門も玄関と同じ要領で済ませると、二階を掃除していた父親が、掃除機を持って階段を下りて来た所だった。

「下を掃除機かければ終わりでいいってさ。お前の部屋は自分でやれってさ」

「ああわかったー」

 圭吾が自分の部屋に行こうとすると

「なんか、今年は埃を払っても払っても、埃が落ちてくる感じで、嫌になっちゃったよ」

 たぶん父親は圭吾にではなく、独り言を言っているのだと思うが、ぶつぶつと言いながら居間に入って行った。

 ーまあ、父親の意味不はいつもの事なので、気にする事もなく部屋に入ると、窓を開けてはたきを掛ける。背が高いから、天井も簡単に払ってすす払いーとする。

 あとは父親が掃除機を掛け終えれば、その掃除機で部屋を掃除すればフィニッシュだ。

 居間に行くのも面倒臭くなったので、そのままベットに横になって、スマホを動かし始めた。


 ー!!!ー


「あれ?なんか埃っぽいー」

 圭吾はベットから起き上がると天井を見上げた。


「!!!」


 見上げていると、なんだか目に埃が入る感じだ。

「いえもりさまかー?」

 圭吾はそれしか思い浮かばずに二階に上がった。

 二階は両親の寝室と、圭吾の部屋ーになる筈だった部屋と、父親の書斎ーといえば聞こえがいいが、一日中パソコンをやったり、本を読んだり、一応寝る事もできるようになっている部屋がある。

 その中の、自分の部屋になる筈だった部屋に入った。

 圭吾が大きくなったら使う為の部屋だが、今は猫達の部屋になっている。その部屋に入ると、圭吾は天井を見上げていえもりさまを呼んだ。

「いえもりさまー。いえもりさまだろ?何してんだよ?」

 パラパラと埃が散ってくるような気がする。

「いえもりさま。いえもりさまー」

 幾度か呼ぶと

「若さま、何用にごさりましょう?」

 やっぱり、いえもりさまが天井を這ってやって来た。

「やっぱりー。何やってんだよ、埃を立てて」

「すす払いにござります」

「すす払い?」

「さようでー」

「なんで今年に限って」

「今年限りではござりませぬ。毎年やっておりまする」

「へっ?そうなの?っか、今迄こんな埃ぽいのなかったぜ」

「若さまも父君さまも、毎年遅くになさりますゆえ、私めは済ませておるのでござります」

「へえー。いえもりさまは毎年、屋根裏を払ってくれてるわけね?」

「さようでー。休んでおりまする外のものを使って、ちゃっちゃと済ませておりまする」

「外のーって、家守さん達?冬眠してんじゃねえの?」

「さようで。体だけ起こして手伝わせておりまする」

「ええ?寝てんのに起こして手伝わせてんの?それって酷くね?」

「起こしてはおりませぬ。体だけ動かしておるので」

「はあ?体だけ?」

「さようで」

「???つまり、彼奴ら寝たまま働かされてんの?まじかー」

「さようで。起こしてはおりませぬゆえ」

「まじかー。いえもりさま、それって操るってやつじゃねえの?そんな技持ってんだ?」

「技とまで申さぬほど、いとも簡単な事にござります」

「ー操られてる奴らは、いい迷惑だけどね」

 したり顔のいえもりさまをしみじみと見る。

 まじで、奥の深い〝いえもりさま〟だ。

 きっと、いえもりさまの全てを知る事は、圭吾の一生では済まない事だと、しみじみと見つめながら考えた。

「以前は、母君さまがお掃除をしてくださりましたゆえ、神棚も綺麗になっておりましたがー。此処暫くはお掃除されたとは名ばかりで、あれでは年神様をお招きできませぬ。ゆえに、私めが外のものを使い、せめて埃を払う位はいたさねば」


 ああなるほどねー。


 うちは、料理上手なばあちゃんが元気なうちは、ばあちゃんがおせち料理、母親が掃除を圭吾と父親を使ってやっていたのだが、ばあちゃんが死んでからは、料理を以前の半分程に減らして、母親が作っているのだが、何せ適当をそのまま人間にしたような父子が大掃除をした所で、大して綺麗になる筈もなくー。

 まあいいかーで過ごして来たが、こんな所でいえもりさまに責めてるつもりはないだろうが、結果として責められるとはー。


「適当でごめんね」

「まことに……。年神様のみならず、福の神様もおいでくださりませぬ」

「やっぱ責めてんじゃん……」

「はい?」

「いやいやなんも……。ああわかった!今年は頑張ります!」

 圭吾は仕方なく大掃除を頑張る事にした。

 すす払いから、窓拭きーと、いえもりさまの指示のもと……。

 夕方になりやっと済んだ頃

「若主さま」

 またまた神妙にいえもりさまが言った。

「なんすか?」

 流石にヘロヘロになった圭吾が答えると

「年始の挨拶の年賀が欲しゅうござります」

 と言い出した。

「何それ?」

「年賀にござります」

「年賀状?」

「違いまする。年賀でござります」

「どうすりゃいいの?」

「……できますれば、例のご酒を……」

「ええ?やだよ」

「そこのところを……」

「ええ?何本?」

「……できますれば、二本……。小さめのでかまいませぬゆえ」

「はあ?……もお‼︎ 」



 酒屋へ行くと、おじさんに

「最近この酒人気あるな。大森さんの所のお孫さんが、この間買いに来たー。あっ!もしかして君が勧めてくれた?」

「あっ……まあ一応」

「いやーありがとうね」

「いやいや、こちらこそ」

「で?今度も主さま?」

「いやいや!前も今回も違いますってー。母親に言われて来ました」

「お屠蘇?珍しいね。確かお父さん飲めなかったよな?」

「はあー。それっぽいのやってみたくなったんじゃないっすかね?」

「ふーん。そういや、お母さんのおじいさんの時はやってたね」

「へー?どんなんすか?」

「ちょっと待ってー」

 おじさんは暫く奥に行っていたが、一升瓶より一回り小さな瓶を手にして圭吾に見せた。

「昔ながらの酒なんだけど、瓶を変えて出してるんだ。君のお祖父さんが好きな酒で、当時は一升瓶だったらしい。お祖父さんが亡くなって、正月に来れなくなってからも、正月にお屠蘇として買ってたらしいよ。うちの親父が配達してて、俺は数える程度だったなー」

 おじさんは懐かしげに言うと酒瓶をレジ台の上に置いた。

「じゃあ、それとこの間のやつを……」


 まったく、完全にいえもりさまのパシリと化した感は否めないが、なんだか最近はいえもりさまと仲いいから仕方ないかー。



 母親は遅くまでおせち料理の支度に追われているが、今日だけとはいえ、かなり大掃除に頑張った圭吾が、再びテレビの前で、炬燵に根を張ろうとも、もう母親に怒鳴られることもない。

 怒られようが怒られまいが、炬燵に横になり潜り込んで、毎年楽しみにしているテレビを見ていると、昨日予約しておいた、年越しそばが蕎麦屋から届いた。

 ばあちゃんが生きていた頃は、年越しそばを作って食べたりもしたものだが、やはり蕎麦屋のそばが食べたいーとばあちゃんが言い出し、我が家の年越しは、蕎麦屋の蕎麦を取って夕食に食べる。そして、遅くまで起きていてお腹が空くと、正月の為に作っておいた、いなり寿司か豚汁を食べる事になっている。

 ばあちゃんが生ものが苦手だった為、いなり寿司と野菜の煮物、そして豚汁は欠かせない正月のおせち料理だ。その他重箱に入れられる物は、その年によっていろいろ変わるが、大抵それらを圭吾は余り食べない。豚汁だけは喜んで食べる為、圭吾が幼稚園に上がる前から、正月の豚汁は当たり前のように、我が家の正月の卓上に上がっている。

 母親が全てを済ませて居間に腰を下ろしたのは十一時を過ぎた頃ー。

「お疲れさん」

 父親がみかんを食べながら言った。

「来年はもう少し減らせば?」

「そうね、 あんたあんまり食べないもんね」

「そうそう」

 母親は流石に疲れたのか、何も答えずにテレビを見た。

「ちょっとだけ、除夜の鐘聞ける番組に変えて……」

「あっ……うん」

 そのまま見ていたかったが、流石に一日中テレビも見ずに、台所に立っていた人の言葉だけに、聞いてやらないわけにもいかず、チャンネルを変える。

 暫くすると、除夜の鐘をつく音がテレビから流れ始めた。

「やっぱり、年越しはこれを聞きたい……」

「へえーそういうもん?」

 気のない返事をしている内に新年が明けたー。

「なんて変わりばえのしない……」

 余程疲れているのか、言葉も続かない。

「正月の料理、一生懸命作るのは目茶苦茶大変なのに、年が明けるのはいつもと変わらないし、いとも簡単に明けちゃうのね」

「まっ、地球は回ってるからね」

「ほんと、そうだわ」

 暫く圭吾とテレビを見ていたが、知らない内に二階に上がってしまった。

「じゃー。俺もそろそろ」

 父親が立ち上がって居間を出て行った。

 毎年の事だが、最後までテレビを見ているのは圭吾だけだ。そして下手をすれば、このまま炬燵で寝てしまう事がある。


 ーちりーん、ちりーんー


 一人になって暫くテレビを見ている内に、やっぱり炬燵で寝入ってしまった。

 微かに鈴の様な音が聞こえて目が覚めた。


「まじか?いやいや、ないない」

 自分に言い聞かせて、もう一回寝入ってしまおうとすると、尚更目が冴えてくる。それでは、付けっ放しのテレビに再び集中しようとしても、気になり始めてしまったら、もうどうしようもない。

 空耳だとどんなに自分に言い聞かせてみても、聞こえるものは仕方ない。

 圭吾は思い切って、隣の部屋の今や使っていない神棚を覗いた。

  「やっぱり」

 いえもりさまが、大きな鈴を両手で持って、思いっきりの力で振って踊っている。


 ーちりーん、ちりーんー


「いえもりさま、何してんの?」

「これは若さま。明けましておめでとうござります」

「ああーおめでとうーって、何やっちゃってんの?」

「招福鈴を振っておるのでござります」

「招福鈴?」

「此れで〝福〟を呼ぶのでござります」

「福?福ってあの福のことか?」

「さようで。あの福のことでござります」

「うーんまじかー」

 意味が到底通じているとは思えないが、そこは持って生まれた性分が幸い?してか気にしない。

「年神様が迷わず来られまするようにー。また福の神様がお出でくださりますようにー。心を込めて振りまする」

「ふーん。なるほどね」

 一応理由も解ったので寝たいところだか、もはや目が冴えてしまって眠れない。仕方がないので、再び炬燵に潜って新春を祝うテレビを見る事とする。

 年初めの番組だけあって、楽しく賑やかな番組が多い。くだらない事で笑ったりしているうちに、6時を過ぎていた。


 ーちりーん、ちりーんー

 気がつけば、まだ振っているのかと神棚を覗く。

「⁉︎ げっー誰?」

 圭吾は目を凝らして見つめるが、どう見ても金神様ではない。いえもりさまの他にもう一人ー。

「ー誰かいる」

「これは失礼いたしました」

 いえもりさまは、招福鈴を下に置いて、背筋を伸ばして側にいる、金神様ではない誰かに深々と頭を下げてから圭吾を見つめた。

「若さま、年神様でござります。どうぞご丁寧にご挨拶をー。我が若主にござります」

「年神様?っすか?」

「若!ご丁寧にー」

「ああー。は、初めまして年神様、田川圭吾です」

「ほほほ。あの幼子が、また随分と大きくなったものよ。以前も逢うておるが、覚えておいでか?」

「いえ。まったく」

「幼き時は私を見て、よう笑うてくれたものだがー。いつの頃から気づかぬようになったようで、残念であったが、またこうして逢うて話ができようとはー」

 年神様は感慨深い様子で言った。

「はあー」

 圭吾はちょっと頷いて、何時も事だが、慌ててスマホを取り出し

「年神様ーっと」

 入力して検索する。

「お正月に来る神様かぁー。日の出とともに来るーって……えっ?」

 圭吾は窓の外に目をやる。確かに薄っすらと明るくなってきている。

「はあー。実は私めが招福鈴を振っておりましたので、お早くお出でくだされたのでござります」

「えー?だめじゃん」

「遅いよりは、お早いお出での方がよろしゅうござります」

「まじ?そういうもん?」

「そういうもんにござります」

「ー何時もそれにごまかされてるような?ーって、年神様が来てるんだったら、もう鳴らす事ないじゃん。五月蝿いからやめなよ」

「それが若!今年こそは、私めは我が家に、福の神様をお招きしたいのでござります」

「福の神様?」

「はい。悲しいことかな、我が家に福の神様がお出でになられたのはいつの事やら、忘れてしまう程にござります。毎年毎年招福鈴を振っておりまするが、福の神様は聞きつけてはくださりませぬ。口惜しゅうござります」

「うーん。確かに福の神が来た感じは、今までないなあ」

「ほんに私めの力が足りぬばかりにー」

「いやいや、こればかりはいえもりさまの責任はないっしょ?」

「私めは、若さまに福の神様を、ご紹介したいのでござります」

 いえもりさまは、目一杯鈴を大きく振って鳴らした。

「いやーありがたいけどね。無理無理!もういいからー。???って、福の神様って豆まきの時じゃねえの?〝福は内〟って言うじゃん?」

「そのような事はありませぬ。新年はめでたき時、この鈴を鳴らしてお呼びしておれば、お気づきになり、おいでくださるやもしれませぬ」

「……くださるかもしれないのね……。だったら、やっぱやめなよ」

しかし、いえもりさまは諦める事もなく、鈴を振り振り踊っている。

「ーって、踊る必要って有りか?」


 初日の出の東京の時間は以外と遅い。

 明るくなるのは7時頃だが、掃除に料理にーと、散々忙しかった母親は、まだ暫くは起きて来ないだろう。

 いえもりさまの鈴振りの所為で、少しばかり早めにおいでの年神様に、完全にいえもりさまのパシリと化した圭吾が、いえもりさまの指示の下、おせち料理やら、煮物やら、豚汁にいなり寿司を神棚ではなく、炬燵の上に並べて年神様をお・も・て・な・し・をする。

 神棚には母親が起きたら、例年のごとくお供えするからだそうだ。

「ほーほほ。今年は良きもてなしであるな」

「あー、母親が起きて来ないので、よくわからなくてすみません」

「よいよい。此れもまた一興。此処の煮物は先代より美味だの。味噌の汁も美味だが、私はすまし汁の雑煮が好みじゃ」

「雑煮は母親が起きて来ないとちょっと……」

「おおそうか。では味噌の汁でいなりを頂こう」

 年神様は、いなりを小皿に取ると嬉しそうに頬張った。

 年神様は、金神様と違いお姿がはっきりと見える。圭吾のイメージ通り細っそりとして、とても優し気で高貴なオーラを煌々と放っている。

「うーん。今年は美味にできておる。まだまだ先代のようにはいかなんだがー美味うなっておる」

 ほくほくと年神様は、一通りに箸をつけると上機嫌で神棚に戻った。

 ーと、同時に母親が二階から下りて来る足音が聞こえた。

「あら、また此処で寝ちゃったのね。風邪ひくわよ」

 そう言うと、炬燵の台の上にある重箱等に目をやった。

「あら珍しいわね、おせち食べるなんて」

「あ、ちょっと腹減ってー」

「いいのいいの。どんどん食べてよ。苦労して作ってんだから」

 母親は気を良くした様子で台所に行ってしまった。

 圭吾は、小さな時からおせち料理は食べないから、今年食べたとなれば、来年からは量が増える事だろう。と、ちょっとうんざりしながら、いなりを頬張った。

「ん?確かにー。ばあちゃんの味だ」

 離乳食の時から、ばあちゃんが料理を作ってくれていたから、ばあちゃんの味は懐かしい。

 圭吾に手がかからなくなると、母親は少しだがパートに出ていたから、料理はばあちゃん程上手くない。その母親の料理の味が、ばあちゃんの味になっているのは不思議だ。


 仏様と神様の水を変えると、湧きたてのお湯で茶を入れる。それから昨夜から用意していた、小皿に分けたおせちを供える。とても小さく切った餅で雑煮を煮ると、小鉢に入れて供える。

 菓子や果物ー。おせちに雑煮と、我が家の正月の仏壇と、今は空の神棚は賑やかなものだ。

 ー空の神棚に供えるのは無駄な気がするが、自分たちは祀っていないが、気づかぬだけで神様がお出でになっているかもしれない、と母親は考えているようだ。

 まあ、圭吾が生まれる以前からの、我が家特有なやり方だ。

 神様の礼儀にあっていようがいまいが、お構いなしというやつだけど、我が家では全てご先祖様流ー。

 暫らくして父親が起きて来た。

 父親は大の餅好きだ。正月の三が日は三食餅を食べる。

 雑煮や海苔を巻いたり、きな粉を付けたり、大根おろしを乗せたり……。

 好きなように自分でやるので、手間がかからないーと、母親は助かるらしいが、圭吾が餅を余り食べないので、三が日でも昼と夜は食事の支度をしなくてはならない。まあ、母親自身余り食べないから手間ではないらしがー。

 雑煮を食べおせちを食べて、テレビを見ていると、直ぐに昼を過ぎた。

 まったりとした時間を過ごしていると、玄関が開いた音がした。

「今玄関開いたべ?」

「玄関?まさかー。だってチャイム鳴ってないし、鍵かかってるもの」

「いや!まじで開いたって」

 母親は全く信用しないので、仕方なく自ら立ち上がって玄関を覗いた。

「げっ!」

「ー誰か来てた?」

「いや!」

「ーでしょ?」

 母親にはそう答えたものの、圭吾は目の前の玄関にいるがま殿を見つめていた。

「明けましておめでとうございます。若主さま」

「あっー。明けましておめでとうございます」

 ちょこんと軽く会釈する。

「あっー。ちょっと待っててー」

 圭吾は慌てて、今だ諦めず鈴を鳴らして踊っている、いえもりさまのいる神棚へー。

「いえもりさま!いえもりさまー」

「これは若さま」

「ちょっとちょっと……。がま殿が……」

「がま殿でござりまするか?」

 いえもりさまは、大きな鈴を置いて怪訝気に聞いた。

「玄関に来てる」

「おおー。それはそれはー」

 いえもりさまは、とても嬉しそうに神棚から下りて来て玄関に向かった。

「ちょっと圭吾、何やってんの?」

「ああちょっとね…」

「全く小さい時から落ち着きないんだから」

 落ち着きありすぎる母親が、炬燵に横になって言った。

 疲れが溜まっているのだろう。


「これはこれはがま殿」

「いえもり殿。明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとうござります。今年も宜しくお願い致しまする」

「こちらこそー。これは我が主が供えて下されたもの」

「これはこれはー。おおー!竹林堂のいちごの大福ではありませぬか」

 いえもりさまの目が真っ赤なハートに見えたのは気のせいか?

「暮に彼処の和菓子屋で購入してくだされたのです」

「おお!なんとお気のつく……流石兄貴分様」

「兄貴分?」

「いやいや。どうぞお上がりくださりませ。年神様もお出でのこと故、母君さまの正月料理などをー」

「え?え?いえもりさま……」

「ささ……」

「ちょ……ちょっと……やばいしょ」

「何をおっしゃいまする。ぬし様の分身のがま殿を、玄関先にてお帰しするなどー」

 などと言って圭吾が慌てても、いえもりさまは大喜びでがま殿を促して神棚へー。

「ええー?まじかー?」

 母親はテレビを見ながら炬燵で居眠りをしている。父親はテレビに夢中だし、全く感が鋭くないから心配ないが、それでも圭吾はひやひやものだ。

 再び圭吾はいえもりさまのパシリにー。といっても、あの大きな鈴を鳴らされるよりはいいと、正月料理を神棚に運ぶがー。間もないまま、また玄関が開く音がする。

「まじかよ」

 圭吾が玄関に赴くと、もう見たこともないようなもの達が立っている。

「やや……此れは此れは皆々様よくぞお越しくださりました」

 いえもりさまは上機嫌でお客を招き入れる。

「もうー。ちょっと待てよ」

 圭吾はいえもりさまを捕まえた。

「若さま申し訳ござりませぬ。どうぞご接待をお許しくださりませ」

「わかったから、神棚は無理っしょ?二階に猫の部屋があるからそこへー」

「猫殿のお部屋でござりまするか?」

「ああ、どうせ猫達は炬燵の中だし。なんでこんなに?第一こいつらなに?」

「ぬし様のお別れの宴の折に見知ったもの達にござります。がま殿がお出でになられたので、此方に参ったのでござりましょう」

「ぬし様の知り合い?」

「ぬし様が去られてしまわれたので、がま殿に新年のご挨拶に参ったものでござりましょう。私めも伺おうと思っておったところでござりました」

「ーつまり、鈴を踊りながら鳴らしていて、新年の挨拶が遅くなって、がま殿の方から来てもらっちゃったから、がま殿に挨拶に来たものまでうちに来ちゃったわけね?」

「まあー。作用にござります」

 悪びれもせずにいえもりさまは頷いた。


 来るは来るはー。

 年始の挨拶にいろんなもの達が次から次へー。

 生きているものもいれば、そうでないものもー。

 ぬし様はやはり、この辺りでは偉大な存在だったのだ。

 圭吾がいえもりさまのみならず、がま殿までに使われて忙しくしていると

 ピンポーンとチャイムが鳴った。

 チャイムまで鳴らして来るとは、礼義正しいというのか、面倒臭いというのか。

 圭吾が、ちょっと不機嫌に玄関を開けると

「やあ圭ちゃん」

 友ちゃんが玄関先に立っていたので、圭吾は吃驚して一瞬フリーズしてみせた。

「おめでとう」

「あ……ああ。友ちゃんおめでとう」

 どうにか立ち直って動きが戻る。

「あ……。あのさ、がま殿来てる……よね」

 友ちゃんが言いにくそうに言った。

「え?」

「いやー。お供え物のいちご大福持って、こっちの方に来るのを見かけちゃってさ……」

 今度は妙に明るく言う。友ちゃんも、何て言っていいのか困惑していて、探りながら言っているのだ。

「あ……ああ。二階に」

 圭吾がすんなり二階を指差して言ったので、今度は友ちゃんが一瞬固まった。

「あ……そう」

 拍子抜けしたのかトーンが下がった。

「うん。なんかいっぱい年始の挨拶?来てんのよ」

「ああー。そういやなんか騒ついてんね」

「そりゃもう大変よ。まっ上がって」

「ああ悪りぃね」

「いやいや。渡りに船ってやつ」

 友ちゃんが上がり框に立った頃、母親が気になったのかやって来た。

「あら友ちゃん。格好良くなっちゃってー」

「あ……おめでとうござります」

「ああーおめでとう。今年も宜しくね。って、たまには遊びに来てやって」

「あ……はい」

「二階の猫部屋に行くから」

「あらそう?寒いから暖房つけてよ」

「わかってるって」

「ゆっくりして行ってね」

「ああーはい」

 圭吾は友ちゃんをさっさと促して二階に上がった。そうじゃないと、まだまだ、母親に捕まってしまっては堪らない。

「そういや昔よく此処で遊んだな」

「なにもなくて、いらない物ばかりあるけどね」

 ドアを開けて中に入ると、今まで聞こえなかった騒つきが、一気に耳に聞こえてきた。

「こりゃすげーな」

 ドアを開けたと共に、溢れでるようにいろんなもの達が、廊下から他の部屋迄侵入し始めた。

 部屋に入ると、もはやエロピンクに変色した、いえもりさまとがま殿が、上機嫌で踊っている。

 年賀用の酒と、年神様とお出でくだされば福の神様に、差し上げる為の酒を開けて飲んでいる。

 無論上座の年神様も、機嫌よく飲んでいるようだが。

 不思議と酒も、正月料理も減る事もなく、来客達の口に入っているようだ。

「いやはや楽しい正月であるな」

「旨い料理に旨い酒ー」

「ほんに良き正月であるな」

 見ると炬燵で寝ていた筈の我が家の猫共も、近所の猫達と一緒に楽しんで、交流を深めている。

「はは、また宴会だね」

「まあ楽しけりゃいいかー」

 圭吾も友ちゃんも、もはや慣れたもので、抵抗感もなく不思議なもの達の仲に、溶け込んで楽しんだ。


「あやや……あやや……」


 急に踊っていたいえもりさまが、大声を上げたので、みんながいえもりさまを見つめた。

 するといえもりさまは、ふらふらとおぼつかない足取りで、わなわなと瞳を潤ませながら一点を見つめて歩み寄って行った。


「此れは此れは福の神様、お久しゅうござりまする」

「え?福の神様?」

 見れば、福々しく輝き放つ、丸顔のにこにこ笑顔のー。

 一目で神様とわかる福の神様が、いろいろなもの達の内にあって、酒を酌み交わしている。

「ああ、有難い事にござります。有難い事にござります」

 いえもりさまは、福の神様の元に平伏すと、おいおいと声を上げて泣き出した。

「此れは久しぶりだの家守。なかなか楽しそうでなによりだの」

「はは……若……若」

 いえもりさまは、泣きながら弱々しく圭吾を手招きした。

 流石に圭吾も、いえもりさまの有様に、慌てて従って側に寄った。

「福の神様、我が若主でござりまする。どうぞお見知り置きのほどを」

「おお、此方の若主か。実に楽しい正月であるな。何時もなら、この先の居心地の良い家におるのだが、余りに楽しげな様子に、ちと足を向けてしもうた。此処はなかなか楽しげな所故、我が分身を置いて参りたいがよろしいかの?」

「も……勿論にござります。是非とも是非ともお願いいたしまする」

「では、そのようにいたそう。さすれば、この愉快な心持ちが、いつでも感じられるというもの」

 福の神様が、ふーと息を吹くと、コロンと小さな丸い石が現れた。

「此れを然るべき所へー。のお家守頼みましたぞ」

「はは……」

 いえもりさまは、深々く頭を下げるとその石を押しいただいた。

「ほんにありがたき事にござります。今年は良い年となりまする」

 見ていた周りのもの達は、大いに盛り上がって、楽しい宴会は元日中続いた。

「なんかーよかったね」

 友ちゃんが圭吾に言った。

「うん。ずっといえもりさまは、大きな鈴を振って呼んでたから、マジ良かったよ」


 下階の母親は、少し騒がしいと思ったようだが、テレビの音と友ちゃんが遊びに来ているので、その所為かと気にも止めなかったようだ。

 感の鈍い父親は、書斎に物の怪達が一緒にいるともわからずに、何時もの如くパソコンに夢中になっていたようだ。

 圭吾も友ちゃんも、今までにない楽しい正月を迎えた。

 未成年であるのに、またまた飲酒してしまった事は、この不思議な世界に免じて許してもらう事としてー。



 翌日、圭吾と友ちゃんは、再び夢の世界から戻ったように、二階の猫部屋に雑魚寝で目が覚めた。

「うっさむ」

 圭吾がぶるっとすると、友ちゃんも目覚めて身を縮めた。

 部屋中には、空き瓶がひとつ。

 暫らくして目を覚ますと、友ちゃんはにこにこしながら帰って行った。

「がま殿が帰ってるだろうから、帰るわ。今年も宜しくね圭ちゃん」

 っと、ちょっと意味あり気に言って、帰って行った。


「えー友ちゃん帰っちゃったの?」


 翌朝母親が残念がったが、知った事ではない。


「若さま」

 いえもりさまが、神棚から嬉しそうに言った。

「よかったね」

「はい」

 いえもりさまは、隣にある福の神様の分身の石を撫でながら言った。



 福の神様とは、福をもたらす神様だとは、みんな知っている。

 その福の神様の分身が、うちに来たとしても、そう好い事ばかりがあるわけではないが、だけどやっぱり、ほんのちょっとだけど、好い事が続いている。

あけましておめでとうございます。

拙い文章をお読み頂き、ありがとうございました。

お読み頂いた皆様の元へ、福の神様がおいでくださりますように……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ