海と葵
毎年八月十日だけは、何があっても、心道館道場は閉められる。海はいつも以上に丁寧に家の周りを掃き清め、はじめは家の中を掃除する。これも鬼封じの準備だ。
去年までは、午前中にしたくを終え、午後から神主を迎えて儀式を始めていた。だが今年は違う。海は掃除が終わり次第、葵鬼に会いにいくつもりだった。
葵鬼がいるのは、母屋と道場を繋ぐ廊下にある、書庫の隣の部屋だ。そこはかつて人間の少女だった葵が使っていた部屋であり、海がその前を通るときに、いつも足を止めてしまう場所だった。普段はぴたりと襖が閉められているが、鬼封じのときだけは開け放たれることになっている。そうして毎年、葵鬼を封じなおすのだ。
海は意識的にこの部屋には入らないようにしていた。襖に触れることすらしなかった。向こう側には祖父を殺し、海の命をも奪おうとしている者がいる。そう考えるだけで、体中に冷えた血が流れ、胸のあたりがざわざわと落ち着かなくなる心地がした。けれども今日は、触れなければならない。この手で襖を開き、その向こうへ足を踏み入れなくてはならない。自分自身でそうしようと決めたのだから。
「掃除は終わったね。あとは神主さんが来るのを待つばかりだ」
はじめはそう言いながら、台所へ行った。いつも掃除が終わると、茶を淹れて一息つく。どうしても暗くなってしまう気持ちを、少しでも穏やかにするための、進道家の「儀式」だった。だが、海はそれをしない。はじめがこちらを見ていないそのあいだに、葵鬼のいる部屋へ向かった。
左手には竹刀を持ち、右手で胸を押さえる。目を閉じると、思い出すのはつらかったことや苦しかったこと。今でも何度も夢に見る、自分が殺されそうになる場面。倒れて動かなくなった祖父を、必死で呼び続けるはじめと神主の声。家の周りに幾度となく現れる呪い鬼を追い払った日々。鬼追いをして、暴走して、やめさせられたとき。傷ついたサトを見ていたとき。再び鬼追いをするようになってから、闘い続けてきたこと。全部がこの日に繋がった。
右手をそっと襖に伸ばし、指をかける。息を深く吸って、長く吐く。向こうを見透かすように襖を睨む。そして海は、一気に部屋の封を解いた。
畳の敷かれた小さな部屋の、壁際に箪笥が並んでいる。その上にはいくつかの人形と、一つだけある写真立て。そこにはまだ人間だった幼い葵と、彼女によく似た女性の写真が飾られている。それらに囲まれるようにして、部屋の真ん中にぽつんと、伏せられた籠がある。
海は足音を立てずに室内へ入った。そして籠に近づき、そっと持ち上げた。籠の下には短冊のような紙が一枚置いてあった。鬼追いに使用するものと似ているが、表面の模様は異なる。鬼封じに使用する、特別なものだ。海が屈みこんでそれに触れると、ただ指先が接しただけなのに、ぴりっという音がした。
次の瞬間、室内は真っ暗になった。昼間だというのに、襖は開け放してあるというのに、何も見えなくなってしまった。海は立ち上がり、竹刀を握り締めたまま部屋の中を見渡した。暗い、というよりは、黒い。部屋中が黒い煙のようなものに満たされている。箪笥も、人形も、写真も見えない。足元の畳すらも煙に覆われている。しかし音はせず、部屋の外の気配も感じない。呪い鬼が作り出した空間と、ここは同じ状態になっていた。どこにいる、と呼びかけても返事はない。しかし間違いなく、ここに葵鬼がいるはずだ。このぞっとするような黒い煙に紛れているのだろう。
海は視線を泳がせるのをやめ、ただ正面を見つめた。竹刀を構え、黒い煙の向こうに目を凝らした。するとそこにぼんやりと、人の影が見えてきた。しかし人間ではない。頭には二本の長いつのがある。それに呪い鬼が発する、いや、それよりも数段上の禍々しさを感じる。それが捜していた姿であることは明白だった。
海は影のほうへ、一歩一歩慎重に近づいていく。間合いを詰め、相手がはっきりと見えた瞬間に仕掛けるつもりだった。一息に、確実に、葵鬼を仕留める。そのためにこれまで、鬼追いをして鍛えてきたのだ。
影がゆらりと揺れた。白いつのが、白い着衣が、白い肌が、黒い煙から現れた。彼女が自らの腕を持ち上げようとするより前に、海は竹刀を両手で握り、振り上げ、力いっぱい相手に向かって叩きつけた。ぱん、という音と、確かな手ごたえがあった。
いつも相手にしているような呪い鬼ならば、これでよろけて倒れ伏す。そして大助と二人で、呪い鬼が動かないよう見張り、愛を待つ。けれども今は大助がいない。愛も来ない。それになにより、鬼追いをするのではない。葵鬼を完全に消してしまうために、こうして竹刀を振るったのだ。一人で葵鬼を消さなければならないのだ。
しかし、いや、予測はできていた。できていてなお、やらなければならないと思いここへ来たのだ。だから大助にだけこのことを話し、もしものときははじめに伝えてほしいと思っていた。海は、葵鬼に立ち向かったが、命を落としてしまったのだと。
『自分から死にに来たのね』
竹刀を受け止めた黒い煙の向こうに、人間の女性のような姿をした鬼が立っていた。その顔は、認めたくはないが、はじめにどこか似ていて、鏡で見る海自身にも似ていた。虚ろな赤い目の奥には、燃え盛るような恨みと憎しみが見える。これが礼陣の人間を、鬼を、土地の全てを呪った女の末路だった。死んでもなお増幅し続けていた負の感情は、彼女を最強の呪い鬼にし、自分以外の誰にも自由を許さない空間を作り上げた。黒い煙を自在に操る彼女は、いとも簡単に海の竹刀を弾き飛ばす。そして爪をその意思で長く鋭く伸ばしながら、海に語りかけた。
『知っているわよ。たくさんの呪い鬼をその竹刀で叩き伏せ、神社へ帰してきたこと。でも、どうして私も同じだと思ったの? どうしてそんなもので、私を消せるだなんて思ったの?』
抑揚のない声は、しかし、海を愚かだといわんばかりに響いた。弾かれて手を離れた竹刀を拾いなおし、海は再び葵鬼に向かって構える。だが、それ以上は動けなかった。葵鬼の鋭い爪が首に突きつけられていたのだ。少しでも動けば貫かれてしまいそうだ。そうなればもう、生きてはいられない。呼吸すらもままならない海に、葵鬼はただ淡々と語りかけ続けた。
『でも、たった一つだけわかるわ。私が憎くてたまらなかったんでしょう。復讐をしたかったんでしょう。その気持ちだけで、ここまでやってきたのよね。私がこの家を、町を、恨んだのと同じだわ』
私と同じ。その言葉は、海の頭の中にぐわんと響いた。何度も考えては打ち消し、打ち消してはよみがえってきたその言葉。認めたくはなくて、認めてたまるものかと振り払って、それでもしつこくまとわりついてきたその考え。それを当の彼女に告げられ、海は体中がずしりと重くなったような感覚に襲われた。
「違う! 同じなものか!」
爪が首の皮膚に突き刺さるのもかまわずに、海は激昂した。つう、と首から鎖骨へ生温かいものが流れていった。
「お前なんか、同じじゃない! 俺はこの家を守りたいんだ!」
『守りたい? 本当に? 自分が救われたかっただけじゃないの?』
爪は少しずつ肌に食いこんでいき、血は流れて、海が着ていた衣服の襟まわりを赤黒く汚した。けれどもそちらを気にしている暇は与えられず、声はどんどん海の頭の中に流れこんでくる。
『助けたいのは、守りたいのは、自分自身でしょう。人間なんて、誰しもそんなものだわ。他人のためと言ってすることは、結局は自分がよしとしてすることだもの。実際、守りたいと言いながら、あなたは何をしたの? ただ私を恨み、憎み、殺してやりたいと思って行動してきたのでしょう。それと私の恨みと、何が違うの? このままあなたが死んだら、きっと私と同じ呪い鬼になるでしょうね。私に対する恨みで狂い、この家に呪いを残すのでしょうね』
「そんなことには……」
『ええ、なりたくないでしょうね。だってあなた、呪い鬼が大嫌いだものね。自分を苦しめ続けてきた元凶だもの。でもね、私は鬼が大嫌いだけど鬼になった。なってしまったの。そうして礼陣という場所は、死者の魂をも縛るのよ。ひどいところよね。あなたは、そうはなりたくないでしょう?』
葵がすっと手を引く。すると海の首から爪がはずれ、傷口からはぶわりと血が溢れた。海が思わず首を押さえてうつむいたところへ、葵鬼の声が降り注ぐ。氷のように冷たい音が、頭の中を満たしていく。
『だからあなたを殺したら、私が魂を喰らってあげる。私が鬼になって、もう十二年の月日が経ち、不本意だけれど鬼である自分に慣れてきてしまったわ。だから鬼らしく、あなたの魂を喰らってあげる。もう苦しまないようにしてあげる』
魂が「鬼に喰われる」という言葉は、礼陣で悪事を働いた者、特に子供を虐げた者が急死したときに使われるものだ。鬼が大切な子供たちを救うため、やむをえずそうするのだと、ひそかに伝えられてきた。「鬼の贄になる」と同様、これも大方は人間が作り上げた話だ。けれども、何の根拠もなしにこんな話が生まれるわけもない。一部は作り話だが、一部は本当のことだった。感情を暴走させて他者に危害を加える呪い鬼が存在しているように、そうすることがほとんどないだけで、鬼にはそれが可能なのだ。
『安心して、喰らうのは慣れているから。あなたもすぐに楽になれるわ』
「慣れているって、どういうことだ」
『あなた、自分が追い払った呪い鬼が、全て鬼追いで神社に帰されていると思う? 少しは私も、鬼退治に貢献してあげているのよ。とっても不味いけれど』
殊に葵鬼は、自分が魂を喰らうことができるのだと知ってから、その力を遠慮なく使ってきた。同じ呪い鬼の魂は吸収しやすく、また自身の呪いを大きくもした。葵鬼が礼陣最強たる所以は、ただ並ならぬ力を持っているというだけではない。彼女は自ら鬼を喰らい、その力とすることができる、まさに最悪の呪い鬼だった。
「そんな……鬼を、喰ってきたのか? 今までずっと?」
『鬼追いが先か、私に喰われるのが先か、それが呪い鬼になった者の運命よ。人間や普通の鬼には手を出していないわ。だからあなたが、私に喰われる最初の人間になるの』
葵鬼は手を突き出し、とん、と海を押した。よろけて地に倒れた海が体を起こそうとしたときには、もう遅かった。覆いかぶさってきた葵鬼に血塗れの首を触られて、そのままぐっと力がこめられていくのを感じた。いつか首を絞められたときと同じように、だんだんと意識が遠のいていく。なぜか懐かしいとさえ思ってしまう。
脳裏を過ぎっていくのは、はじめや和人たち道場の門下生、それからサト、鬼たち、大助と亜子の笑顔。これが走馬灯か、などとどこか暢気な言葉まで浮かんでくる。視界はもうほとんど暗くなっていて、黒い煙が充満していなくても、何も見えないだろうと思った。
遠くで誰かが名前を呼んでいるような声がした。これも走馬灯の一部なのか、それとも祖父が迎えにでも来たのだろうか。いずれにせよ、このまま死んでいくしかないらしい。目指していた目的を何一つ果たせずに。
「海を放せ、葵鬼!」
突如耳に届いたその声と、急に体の中へ取り込まれた空気に、海はいったい何が起こったのかわからなくなった。ただはっきりしているのは、体が解放されたこと、咳をしながらも息ができること、そして。
「いつもいつも、無茶しすぎだ! このバカ!」
大助が目の前にいることだった。
「……なんで、大助、さん」
「弟分を放っておけるわけねえだろうが!」
急激に酸素がまわってきてくらくらする頭でも、その言葉は解することができた。来るなと言ったのに結局来るなんて、バカはどっちだ。そんなことを思ったら、涙が溢れてきた。苦しかったからではない。嬉しくてしかたがなかったからだ。
『突然飛び込んでくるなんて、驚いたわ。おかげでその子、殺せなかったじゃない』
涙で歪んだ視界に、葵鬼が体を起こしている光景が入ってきた。大助に体当たりでもされたのだろう。彼女は無表情だったが、その瞳には怒りが見え、取り巻く黒い煙も一層分厚くなった。しかし大助は少しも怯むことなく、葵鬼を見据えて言った。
「自分の子供だろうが。どうして殺そうなんて思えるんだよ」
『子供? 私の? そんなこと思いたくないし、その子だって否定しているわ。俺には母親なんかいないって言ってなかった?』
ゆらりと立ち上がって、葵鬼は再び爪を伸ばした。それでも大助は引かない。その場に海を庇うように立っていた。
このままでは大助もあの爪の餌食になってしまう。海は咳を堪えて立ち上がり、大助の腕を掴んだ。
「帰ってください。あいつは俺の親じゃない。だから今からでも倒さなくちゃ……」
「手負いのやつを置いて帰れるかよ。俺はお前を連れ戻しに来たんだ。海の父さん、必死でお前を捜してたんだぞ。神主さんも早めに鬼封じを始めた。もう下がったほうがいい」
「そんな、だって俺は……」
『話は済んだ? こちらも封じられるなら、その前にその子を殺さなくちゃいけないのだけれど』
海の言葉を遮って、葵鬼が爪を大助に突き刺そうと、腕をこちらへ伸ばした。だが大助はそれを見切り、海を片手に庇ったまま、もう片方の手で爪を掴んで受け止めた。その鋭さに手は傷つき、血が腕を伝った。けれども大助は表情を変えることなく、むしろ爪を強く握り、葵鬼の動きを止めた。
「海、悪い。本当はもっと早く来て、手は出さずにそばにいるつもりだったんだが、どっちもできなかったな。進道家に着いて、お前の父さんの心配そうな顔見たら、いてもたってもいられなくなっちまった。絶対に海を連れて戻るって約束してきたから、一人で帰るわけにいかねえんだ」
葵鬼がもう片方の手の爪を伸ばすと、大助は掴んでいた爪をぱっと放して、続いた攻撃をかわした。そのあいだも海を庇い続け、自分は傷つくことをいとわない。
「無茶してるのはどっちですか!」
「お、普通に喋れるようになってきたな」
襲われているのに、海のことばかり気にしている。こんなに助けてもらってばかりでは、借りを返すことができない。返さずに死ぬわけにはいかない。海は転がっていた竹刀を取ると、大助の前に出た。そして葵鬼が繰り出す爪を叩き払い、言った。
「認めます。俺だけじゃ葵鬼には勝てない。でも大助さんだけでも無理です。だから、生き延びるのを手伝ってください」
あまり言いたくはなかった。どんな結果になろうと、葵鬼と決着をつけるのは自分一人でだと思っていた。けれども、もうそんなことを言っている場合ではないと思い知った。もちろん全てを大助に任せるつもりなどない。だから彼には、手伝ってもらうだけだ。海のそんなちょっとした強がりに、大助は笑った。
「いくらでも手伝ってやるよ」
一方の葵鬼は、どんどん怒りを強めていた。思いどおりにならないことに対してだけではない。人間だった頃の自分と海とでは、あまりに環境が違いすぎる。それをあらためて思い知ってしまったのだった。
『私のことは誰も助けてくれなかったのに。どうしてあなただけ、そんなに助けてもらえるの? どうして愛されるの? どうして話を聞いてもらえるの?』
彼女の感情が、黒い煙となって渦巻く。これ以上こちらが攻撃しても、容易く受け止められてしまうだろう。あとは鬼封じが終わるまで、逃げ続けるしかない。
『憎い、恨めしい、妬ましい。私抜きで幸せに生きている、この家の人間が許せない。何度封じられても呪い続けてやるわ。いつか必ず根絶やしにしてやるわ!』
葵鬼の言葉に反応するように、黒い煙は生き物のようにうねる。そして大助と海の体に絡みつくと、その動きを封じた。
「放せ! お前になんか負けるか、根絶やしになんかされるか!」
海がどれだけ叫んでも、きつく締めつける煙からは逃れられない。大助も身をよじっていたが「まいったな」と呟いてそれも止めた。
『あら、大助君は諦めたようね。この子に関わったばかりに巻き添えをくらって、ちょっと可哀想』
葵鬼は無表情で、声にもやはり抑揚がなかったが、海には彼女が嘲笑しているように見えた。だが、何も言い返せない。結局のところ、大助を巻き込んでしまったことには変わりないのだ。海の無茶に付き合って、こうして捕まってしまったのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、海は大助に目をやった。
そうして驚いた。絶望的な状況であるにもかかわらず、大助は笑っていた。体の自由を奪う煙などものともせず、不敵な笑みを葵鬼に向けていた。
「いや、諦めてはいねえ。そろそろ鬼封じも終わるだろうし、すぐに助かる自信がある」
彼は信じていた。神主が鬼封じを間に合わせることを、自分も海も必ず助かるというということを、ちっとも疑っていなかった。まさに自信に満ちたその態度に、海も希望を見出した。大助の言うことなら、自分も信じられる。
「そうだ、俺たちは絶対に帰るんだ。次に会ったときこそ、お前を消してやる。それまでにもっと強くなってやる!」
煙を振りほどこうと、両腕に力を込める。竹刀の柄を握り締める手が痛む。叫び続けたせいで、声はすっかりかすれてしまった。それでもここから抜け出して、「次」を得なければならない。負けなんて認めない。相手が最強の呪い鬼なら、こちらは最強のコンビだ。誰が相手でも敗れない、「遠川狂犬ブラザーズ」なのだ。
葵鬼が眉を顰めた。同時に、海たちの体を取り巻いていた黒い煙が緩み始めた。煙から逃れようとして力の入っていた腕は一気に解放され、足は勢いに乗って前へと進む。そのまま流れに身を任せるように、海は葵鬼に向かって走り、竹刀を頭上に大きく振り上げた。
刀身は目標を確実に捉え、叩いた。叩いたはずなのに、何の音もしなかった。振り下ろした竹刀は、透け始めた葵の頭から体へ抜ける。海は姿勢を立て直すことができず、そのまま体を前へ投げ出した。けれどもすぐに大助が追いついて、肩を掴んで引き戻してくれたので、転ぶことはなかった。
大助に支えられたまま、海は後ろを振り返る。薄くなっていく黒い煙の中に、姿の消えかけている葵鬼がいた。こちらを恨めしげに見る赤い目だけが、妙にはっきりと見えた。
『残念だったわね、望みが叶わなくて』
人間の少女と変わらない高い声が、海の頭に響いた。どこにも起伏のない台詞だった。
黒い煙が晴れると、足元には畳があった。壁際には箪笥が並び、その上には人形や写真が飾られている。部屋の中央には籠が伏せておいてあり、それをいつの間にここに来ていたのか、神主が両手を重ねるようにして押さえていた。
そこはこのあたりの民家には珍しくない、ごく普通の小さな和室。海と大助は、そこに呆然と立ち尽くしていた。今までのことがまるで夢のようだったが、体中の痛みと傷は、全てが事実だと物語っていた。