夏休みと閑話休題
多くの学生にとっては、遊びに勉強にと充実したものになるはずの夏休み。小学生は朝早くに集まってラジオ体操に参加し、中学生以上は起きて運動や勉学に勤しむも、はたまたのんびりと夢の中を楽しもうとも自由な期間だ。
海は学校がある日と同じく早起きをし、家の前を掃除して、鬼たちに挨拶をする。この日課をこなさなければ、一日が始まらない。掃除用具を片付けたあとは、もちろんのことはじめと一緒に朝食をとる。
「海、今日の予定は?」
ほどよく漬かったたくあんに箸をのばしながら、はじめが尋ねる。海は味噌汁を啜って一息ついてから返答した。
「午前中に宿題を片付けてしまいます。そのあとは毎年のように」
「うん、よく憶えていたね。宿題が終わったら、花屋さんへおつかいを頼んでいいかな。須藤さんのところへ、お供えをしなければならないからね」
夏休み一日目の今日は、八年前に飛行機事故のあった日だ。海とはじめは毎年、春の両親の墓参りに行く。供える花を用意し、須藤家を訪れ、一緒に墓地へ向かうのだ。この日ばかりは呪い鬼に邪魔されることのないようにと祈りながら、海はしたくをするのだった。
海と春が幼馴染であるように、春の父とはじめもまた仲の良い友人同士であった。だからこの日、はじめは懐かしそうな、寂しそうな表情をする。今年はそれを見て、海は大助の話を思い出した。兄と姉が元気をなくすのだというその光景は想像することしかできないが、はじめと重なるものがあり、胸が痛む。
花を持って須藤家へ行くと、春とその祖父が待っていた。二人と合流し、町のはずれにある墓地へと自動車で向かう。その道中、春はつとめて明るく振舞っていた。
「海にい、子鬼ちゃんたちから聞いたよ。心道館最強になるんだって?」
「また変な噂広めたな、鬼め……」
溜息をつく海と、楽しそうに笑う春。ふたりのやりとりを、はじめと春の祖父はバックミラーを通して見守る。そうしているうちに墓地に到着し、車から降りて目的の場所へと歩く。墓石は変わることなく、そこにあった。
ただ去年までと違ったのは、そこから離れた場所ではあったが、見知った姿があったことだった。
「おや、ありゃあ一力のボウズどもじゃないか」
彼らにいち早く気づいたのは、春の祖父だった。その声で向こうもこちらに気がついたのか、振り返って頭を下げた。
墓石を磨き、花を供えて、手を合わせる。その一通りを終えてから、海たちは一力家の人々とあらためて挨拶をした。互いに事情はわかっていて、会うのも初めてではないのか、春の祖父ははじめを伴い、恵と愛に親しげに話しかけていた。それを横目に、海と春は大助と言葉をかわす。
「ここには毎年来てますけど、大助さんと会うのは初めてですね」
「いつもはもっと早い時間に来るんだけど、今日は兄ちゃんの都合があったんだ。……よう、チビ。元気だったか?」
「チビじゃなくて春です……」
背が低いことを気にしている春は、大助の「チビ」発言に頬を膨らませた。さらに海が笑ってしまったので、より春の機嫌を損ねてしまった。海と大助は顔を見合わせ、どうやって春のご機嫌をとろうか、と思案する。
ところがそこへ、とんでもない台詞が聞こえてきた。
「智貴の墓前で二代目狂犬ブラザーズが揃っているのを見られるとは。なあ、はじめ」
どう考えても格好良いとは思えない呼び名を口にしたのは、その名をつけた張本人である春の祖父だ。海と大助が「えっ」と声をあげて同時にそちらを見る姿に、今度は春が笑う番だった。
「おじいちゃん。お願いですから、その呼び名やめてくださいよ。だいたい、二代目ってどういうことですか?」
海が顔を赤くして言うと、春の祖父ではなく、はじめが代わりに答えた。
「初代は僕と智貴、つまり春ちゃんのお父さんなんだ。僕らにもやんちゃだった時代があったんだよ」
そう語るはじめの顔は、海とよく似ていた。普段は穏やかでおっとりしたはじめの意外な過去と、春の祖父のネーミングセンスが昔から変わっていないということに、海と大助は苦笑するしかなかった。一方で春の機嫌は、あっというまに直ったのだった。
次にここに来るのは盆だ。そのときは、進道家の墓にも参ることになる。夏は墓地を訪れる機会が多く、そのたびにしんみりとした気持ちになったものだ。けれども今年は、どういうわけか、そんな気分にも浸っていられないくらいに騒がしい墓参りだった。
あとになって、海は亜子に言われた。
「毎年、おじさんたちの命日のあたりは、大助もいつも以上にぼーっとしちゃってるんだけど。今年は海たちに会ったからか、元気だったよ」
それはこちらも同じだと、海は思った。