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大きな事件と呪い(四)

 先日もあったばかりの、再びの緊急職員会議が、翌朝になって開かれた。今度は海も呼ばれ、会議室には教師陣がほぼ全員と、大助、そして「被害者」の生徒たちがそろった。

 神社が汚された件は、昨日の夜のうちにかたがついている。遠川中学校に在籍する数人の生徒が、高校生たちと一緒に、夜中に悪ふざけをしたのだという事実が判明した。その理由は、先日の万引き事件で神主が大助を庇いに来たからという、ごく単純なものだった。つまり神社ではなく、神主を疎ましく思ってやったことだったのだ。それを聞いた神主は、「もう二度と町の人に迷惑をかけないこと」を彼らに約束させ、それ以上のことはしなかった。ただ学校側が、彼らをしばらくのあいだ他の生徒とは離して指導するという処分を決定した。

 ここからの議題は、「大助が同級生と高校生を殴った」ことについてだ。海はその現場を目撃した証言者として、ここに呼ばれている。その内容を一応は聞いて、大助の処分を決定するということになっているはずだった。

 だが、教師たちは大助が過剰に暴れたものだと決めつけている。彼の処分は神社を汚した生徒たちと同じく、別室指導をするということにほぼまとまっていた。

「一力君、今度のけんかの原因は?」

 教頭が尋ねると、大助は頭をかきながら答えた。

「まあ、なんとなく言い合いになって、やっちまいました」

「ふざけないで真面目に答えろ!」

 すかさず生徒指導担当が怒鳴る。だがこの人は、真面目に答えたところで聞く耳をもたない。おかげで大助は、あいまいにその場をきりぬける方法を覚えてしまった。

 だが、それができたのは大助一人が悪者とされていたからだ。あるいは亜子が手はずを整え、無事に済むようにしてくれていた。今回のことに亜子は関係ないので、無事では済まされない。大助が、ここに一人でいたのなら。

「一力先輩が真面目に答えないなら、俺が真面目に答えます」

 海は初めから、大助一人を悪者にするつもりなんかない。いくら大助があせった顔をしても、この証言を途中でやめたり、全て話してから撤回したりするつもりはない。教師たちが驚愕の表情で注目する中、海は言葉を続けた。

「最初に彼らにけんかをしかけたのは俺です。一力先輩は俺を助けるために、やむをえず彼らを相手にしてしまいました。そもそも俺が彼らとけんかになったのは、彼らが神社を汚したという事実をつきとめたからです。一力先輩は俺に処分が下されないよう、俺を庇っているにすぎません。証言が必要ならば何度でも言います。俺が彼らとけんかをし、けがをさせました!」

 海が全て言い切ると、会議室は静寂に包まれた。「被害者」たちからも反論はない。彼らからしてみれば、海が彼らを襲ったというのも事実の一端だからだ。

 大助は少しのあいだ呆けていたが、はっとして怒鳴った。

「違う、全部俺がやった! 海は何もしてねえ!」

 だが、海は怯まない。堂々と、この部屋にいる人間たちに言った。

「俺が今まで嘘をついたことがあるでしょうか。またこれまで、この中の一人でも一力先輩の言葉を信じていたでしょうか。どちらを正しいと判断するか、賢明な先生方ならすぐにおわかりでしょう?」

 教師たちはいままで、大助を信用してこなかった。ここで大助の「俺がやった」を信じるのなら、これまで彼が「やっていない」と言ってきたことはどうなるのだろうか。また、優等生である海が故意に嘘などつくはずがないとも思いこんできた。貴重な優等生なのだから、そうに違いないと思いたかったのだ。

 これまでの判断に矛盾を生じさせないために、教師陣はこの判断をするよりほかになかった。

「……一力大助、進道海。君たちには今週いっぱい、別室で指導を受けてもらう」

 大助は苦い顔をし、海は勝ち誇ったように笑った。窓から覗いていた鬼たちは、その二つを合わせた表情をしていた。


 学校で処分を受けたのなら、課外活動にも参加できないことになる。剣道の稽古は、今週はもうできなくなってしまった。海は自室にこもって、ひたすら課題をやるしかない。

 だが、はじめに面会を許されたのか、彼だけは稽古が終わった後で部屋に来てくれた。

「海、元気?」

「和人さん! 元気ですよ。勉強しかできないっていうだけですから」

 海が明るく言うと、和人は心底呆れたという表情で深く溜息をついた。

「あれほど無茶するなって言ったのに、君は全然聞かないんだから。海が稽古に来ないことで、やっこちゃんたちがどれだけがっかりしてたか、見せてあげたいくらいだよ」

 それを聞いて、海は笑顔を崩した。後輩たちには心配をかけまいとしていたのに、結局それを通すことができなかったことに、ここでようやく気づいた。けれども、あの選択に後悔はしていない。大助を庇いきることはできなかったが、痛み分けはできた。受けた恩のほんの一部でも返せたのなら、それでいい。

「すみません。和人さんも、俺のこと気にかけてくれたんですよね」

「当たり前でしょう。だからみんなを代表して、ここに来たんだ」

 みんな、というのは、心道館の門下生たちだけだろうか。いや、いつもそばで鬼の話を聞いてくれていた和人のことだから、きっと鬼たちも含まれている。

 そういえば、あの呪い鬼は、ちゃんと解放されただろうか。神主に怒りや憎しみを取り除いてもらって、普通の鬼に戻ることができただろうか。海自身にも、気になることはたくさんある。

「海、これに懲りてね」

 いつのまにか、考えに耽ってしまっていたらしい。和人の声に、海ははっとして顔を上げた。

「懲りて、って?」

「二度と無茶をしない。それから、はじめ先生に隠し事をしない」

「隠し事?」

「僕に話してないことがあると思うんですよ、って言ってた。たった一人の家族の心を、痛めるようなことはしちゃいけない」

 ずしり、と和人の言葉が響く。思えば最近、はじめときちんと話をしていなかった。今回のことだって、何があってこうなったのか、正直な説明をしていない。それはもちろん本当のことを言えないからなのだけれど、そのせいではじめがつらい思いをしているのなら、納得してもらえるような説明をしっかりするべきなのだろう。

「わかりました。父さんとは、ちゃんと話します」

「今は話せなくても、いつかは打ち明けるからって約束するだけでもいいと思うよ。はじめ先生は海のことを信頼してるから、それでも十分だ」

「和人さんにそう言ってもらえると嬉しいです」

 海が照れたように笑うと、和人も笑った。出会ったときから大好きだった、温かな日差しのような笑顔だった。彼のその表情を見ると、海はとても安心できた。


 学校の処分を受けている最中は、課外活動と同時に、よほどの理由がないときの外出も禁じられる。それが解けたのは、次の日曜日だった。

 外出解禁になってすぐに、海は鬼追いのおさらいをするために、神社へ向かった。というよりも、今回はすぐに鬼追いをしようとしなかったことで叱られに行こうと思った。きっと神主は、とうに事情を知っているだろう。

 日が高く昇った午後、神社の境内には日向ぼっこを楽しむ鬼と人間がいた。誰もが海を見て、「もう外へ出ていいの?」と尋ねる。どうやら処分の話が、町中に伝わっているらしい。礼陣の情報は、相変わらず早いようだ。

「こんにちはー」

 飛び交う質問を適当にかわし、海は社務所を訪れた。偶然にも、そこには神主だけではなく、愛と大助もいた。鬼追いに関わる者が、示し合わせたようにそろったのだ。

「よお、海。謹慎お疲れさん」

 大助がひらひらと手を振る。「大助さんこそ」と返して、海は座敷に上がりこんだ。そのタイミングで愛が麦茶を持ってきてくれ、お茶の時間と相成った。

「ちょうど良かった。海君を呼ばなければならないと思っていたところなんです」

 神主が茶菓子を差し出しながら言った。海はうなずいて、それを受け取る。

「鬼追いのおさらいですか? ……というか、むしろ俺への説教ですよね」

「そうですね、お説教もしなければなりません。でもその前に、結論を言ってしまいましょうか」

 神主は微笑みを崩さず、真っ直ぐに海を見た。そして、ひとことで「結論」を告げた。

「海君、君は鬼追いをやめましょう」

 聞き違えたかと思うほど、あっさりと、その言葉は海の耳に入ってきた。戸惑いながら周りを見ると、愛と大助はうつむいていた。表情がよく見えないが、愉快そうでないことはたしかだった。

「あの、やめましょう、って」

「初めから愛さんと相談していました。海君を加えてもいいけれど、もしも鬼追いとして逸脱した行為をしたのなら、即刻やめてもらうと」

 何が「鬼追いを逸脱した行為」だったのかは、考えなくてもわかる。呪い鬼を止めなかった。人間が襲われるのを、ただ見ているだけだった。むしろそのままこらしめてしまえばいいとすら思っていた。鬼追いをやめさせられても当然のことを、今回はしてしまった。

「……そう、ですよね。鬼追いをせず、傍観してただけなんて、だめですよね」

 海が言うと、神主は首を横に振った。そして、真剣な表情で先を続けた。

「それだけではありません。最も重要なのは、呪い鬼の怒りを君が助長してしまったことです。君が相手の人間を恨んでしまったので、その思いに呪い鬼が同調し、呪いを強めてしまったんです」

「俺が、呪いを……?」

 意識してそうしたわけではない。相手が相手だ、しかたのないことだった。けれども、鬼追いとしては許されざることだった。なぜなら鬼追いは、鬼の心の痛みを癒すために行うのだから。負の感情を強めるようなことをしてはいけないのだ。

「海君、やはり君は、できるかぎり呪い鬼から離れたほうがいいようです。自ら呪い鬼に近づかなければならない鬼追いは、しないほうがいいでしょう」

「離れるって、そんなのできるわけないじゃないですか!」

 ばん、とちゃぶ台を叩いて、海は叫ぶ。大助が顔を上げ、驚いた顔でこちらを見ている。外がざわめくのが聞こえる。けれどもそんなことにはかまわずに、海は言った。

「向こうから来るんですよ。離れられないんですよ。だから俺は、鬼追いをしようと思ったのに……!」

「やはりそうでしたか。では、なおさら鬼追いはおやめなさい」

 どれだけ訴えても、神主は冷静に受け答えた。決して海から目を逸らすことなく、淡々と同じ言葉を繰り返した。これ以上は何を言っても無意味だろう。

「……わかりました。鬼追いをやめろというなら、そうするしかないですね。でも、呪い鬼はいつだって俺のそばにいますよ。あなたたち鬼追いが、放ったままにしているから」

 海はポケットから鬼の石を取り出し、ちゃぶ台に置いた。そして「失礼しました」とひとことだけを残して、社務所を出て行った。

 鬼の石の向こうに、食べられることのなかった茶菓子と、ほとんど減っていない麦茶が透けていた。

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