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小さな事件と彼(後編)

 事件が起こったのは、昨日の夕方だった。ちょうど海たちが、神社を離れた時間のことだ。遠川中学校の二年生数人が、駄菓子屋にやってきて、商品を持ち去ろうとした。それを追いかけようとして店のおばちゃんが足をくじいたが、騒ぎを聞いた近所の人々が万引き犯を取り押さえ、そのまま交番へ連れて行った。そこで捕まった少年たちは、「一力大助に命令された」と証言したのだった。

 学校側は「一力ならやるだろう」と思い込んだが、もちろんそれは事実ではない。万引き犯は、先日亜子をいじめていた女子と、その取り巻きの男子たちだった。ストレスを解消するためのいたずらのつもりでやり、いざとなったら悪評の広まっている大助にでも罪をなすりつければいいと考えていた。

 けれども、思惑は破られた。その考えは、学校には通じても、大助の人柄をよく知る者にはすぐに嘘だとばれるものだった。

「神主さん、おばちゃん。わざわざ来てくれて、ありがとうな」

 職員会議という名のいわれのない糾弾から解放されて、大助はあらためて、駆けつけてくれた二人に礼を言った。

「いいんですよ。私は君と神社で会っていた当人ですから」

「あたしも、大助ちゃんがそんなことする子じゃないってよくわかってるからね。神主さんと二人で、おまわりさんにもそう話してきたから。もう心配いらないよ」

 昨日のうちに学校から連絡があって、事件のことは一力家の人々の耳に入っていた。それからすぐに愛と兄、そして話を聞いてやってきた亜子とで作戦会議をした。神主と駄菓子屋のおばちゃんに協力してもらおうと提案したのは、亜子だった。大助の身内が教師たちに訴えたのでは、ただ彼を庇いたいだけだと思われてしまう可能性がある。だからこそ、家族以外の人間に、大助の無実を証明してもらうことが必要だった。

 おばちゃんは大助のことを、よくけんかをしているが正義感の強い子供だと知っている。そして神主は事件があった時間に大助と会っていた上、この町で大きな影響力を持っている。なにしろ彼は、礼陣に複数いる鬼の子たちの親代わりであり、礼陣の守り神だ。たとえ彼が大鬼様だと信じていない者でも、「町の名士」だという認識はある。相手が「大助に命令された」と言い張っても、この学校の教師たちはより立場が上の者のいうことをきく。

 亜子たちの頼みに、二人ともすぐに協力を申し出てくれた。そうして亜子の予想どおりにことは運び、大助は救われたのだ。

 昼休み、大助と亜子は図書室にいた。教室ではできないような話をするとき、彼らはここに来て、静かに言葉をかわすのだった。

「亜子のおかげで今回もなんとかなったぜ」

「わたしは相手の性質を見て、提案をしただけ。実際に行動してくれたのは神主さんとおばちゃんだよ。……それから、海も来てくれた」

「海? 進道海か?」

 目をまるくする大助に、亜子はうなずいた。海はきっと噂を聞きつけて、大助のために駆けつけてくれたのだろう。会議室にのりこんで、大助は無実であると訴えようとしてくれたに違いない。

「アイツ、義理堅いんだろうな。俺に恩返ししようとか思ってるのかもしれねえ」

「やっぱり、大助が海を助けるようなことしたんだね。あんなにあんたのこと慕ってる後輩なんて、初めてじゃないの?」

 からかうように笑った亜子だったが、すぐに表情を真剣なものにした。首をかしげる大助に、彼女は大事なことを話すときの少し低い声で言った。

「万引きしたやつらは、本当は海を陥れたかったんじゃないかな」

「どうしてだよ?」

「わたしが嫌がらせされているのを止めたのは海だった。あいつらはその仕返しをしようと海を呼び出したみたいだけど、結局返り討ちにあったんでしょう? あいつらの性格を考えると、その報復をしたがってたはずだよ。でも、できなかった。なぜなら海は一年生であり、さらには教師陣に評判のいい優等生だから」

 万引きをした生徒たちは、海にこれ以上手を出せば、不利になるのは自分たちだということに気がついた。だから今回のことは、大助のせいにした。あわよくば、その大助と知り合いらしい海を巻き込むことができるかもしれないと企んでいたかもしれない。

 それを考えると、やはり海が会議室へのりこむことを止めたのは正しかった。もしも亜子が海を止めなかったら、万引き犯たちはここぞとばかりに海も共犯だったと言い始めただろう。海一人に対しては何もできないが、彼も大助に唆されているのだとすれば、教師たちの態度は変わってくる。

 この学校の教師たちは、立場が上のものに対して弱い。神主にしても、この学校には貴重な優等生たちにしても、わざとらしいくらいに腰が低い。そしてある程度は丸めこむことができると判断したものに対しては、いかにもフレンドリーな付き合いをしているというような態度をとるのだった。

「大助が勉強さえできれば、過剰に目をつけられなくて済むんだけど」

「うるせえな、学校の勉強は苦手なんだよ。体育なら別だけどな」

「だからわたしが教えてるのに、ちっとも聞かないんだから」

 呆れる幼馴染に、大助は「へいへい」と投げやりな返事をする。けれども、すぐに思い直して、あらためて礼を言った。

「ありがとうな、亜子」

 幼馴染は顔を赤くしながら笑って、「どういたしまして」と返した。


 海が大助に会って事の顛末を聞いたのは、放課後になってからだった。剣道の稽古があったので詳細までは知ることができなかったが、大助の無実が認められたことと、万引き犯がやはり以前に自分を呼び出した者たちであることはわかった。

「本当にろくでもないやつらです。人をいじめたり、うちの門下生に手を出そうとしたり、挙句の果てに犯罪を人のせいにしようとするなんて……」

 稽古が終わったあと、海は和人に、事件のことを個人名は出さずにこぼした。和人にだけ話していたつもりだったのだが、いつのまにか周りには鬼たちが集まっていて、隣には八子がちょこりと座っていた。

「そんなひどいことをする人たちがいるなんて、悲しいな。どうして仲良くできないんだろう」

 しょんぼりとそう言った八子に、鬼たちが同調する。周囲に重い空気が漂ってしまったので、海はそれを払おうと、あわてて明るい口調で言った。

「でも、もう解決したから大丈夫だよ。やっこちゃんたちが心配する必要はない。その人たちは、やっこちゃんが中学生になる頃にはもういないはずだから、関わることもないだろうし」

「たしかにわたしは関わらないと思うけど、海にいは大丈夫? 駄菓子屋のおばちゃんみたいに、けがしたりしないでね」

「しないよ。俺は強いからね!」

 海がとん、と胸を叩いてみせると、八子はやっと笑顔になってうなずいた。鬼たちの雰囲気も雲が晴れたように明るくなり、口々に『そうだ、海は強い』『大丈夫だ』と言いあっている。その様子を見て、海はひとまずほっとした。人間にも鬼にも、余計な心配はかけたくない。

 けれども八子や鬼たちが行ってしまってから、和人だけは真面目な顔で言った。

「海。やっこちゃんがいたからああ言ったのかもしれないけれど、君は気をつけなくちゃいけないよ。彼らに関わってしまった回数が多いんだから」

「もちろん気をつけます。こちらから関わることもないでしょうし」

 たとえあちらから何か仕掛けてきたとしても、海は負ける気がしなかった。徒党を組まなければかかってくることができず、卑怯な手しか使えないような者たちを相手にしたところで、どうということはない。また組み伏せてしまえばいい。少なくとも、こちらがけがをしたりすることはないはずだ。

 しかし和人は念を押す。

「無茶はしないでね。君はたしかに強いけれど、それは不毛なけんかのための強さじゃないって、僕は思ってるから」

 あまりにも真っ直ぐにこちらを見ていうものだから、海は一瞬面食らった。でも、すぐに笑顔で「わかってますよ」と返事をした。

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