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日下部真の時間遡行

作者: テント

 日下部真くさかべまことは異なる世界線へ移行することができる。気に入らない状況になっても、時間を巻き戻し、他の道を選べるのだ。

 まるで人生の成功が約束されたような能力である、と言いたいところであるが、物事というのは、そう簡単にはいかない。

 理由は二つある。一つ目は真自身がこの能力に無自覚で、失敗したと思うと、勝手に時間軸が巻き戻ってしまうこと。記憶も消去される。そしてもう一つは、時間遡行じかんそこうが高校一年生の入学式から高校三年生の卒業式までしか行えないということだった。

 とは言え、真は同じ過ちを犯したりはしなかった。

 実際、真は高校生活を何度も繰り返し、ついに学園のアイドル――雨宮美里あまみやみさとと気軽に話ができる関係にまで発展したのだ。今までの、《偶然同じクラスになった男子》という扱いではない。

 美里は艶のある黒髪が美しい純和風の高校一年生だ。容姿端麗なのはもちろん、成績も優秀で、クラスからは密かにアイドル扱いされている。今まで数多くの告白を受けてきたらしいが、理想が高いせいで、現在まで特定の彼氏を作ったことはなかった。

 美里と付き合えるのかどうかという問題はさておき、真は《ただの話し相手》という枠組みで美里との関係を終割らせる気などないのだった。

 心意気は立派である。

 しかし、思いに反してアプローチはうまくいかなかった。失敗して気まずくなるたびに、真を取り巻いている時間は戻され、再びチャレンジ、そしてまた失敗という無限ループに陥っていた。

 そんなこと知るはずもない真は、一つ前の席で友達と談笑している美里の背中を見つめていた。

 (まじまじと見たら失礼かな)

 大人しく本を読むか、気にせず美里を見るか、どちらにしようか迷い始めた。しかし、まあいいか、と考え後者を選んだ。

 美里が真の視線に気づいたのは、それからすぐのことである。ちょっとだけ後ろを振り向いて、視線で「話でもあるの?」と尋ねてきた。

 (チャンスだ!)

 真は人差し指で廊下を指し、席を立った。

 こっちに来てくれ。

 二人の間で決めた特別な合図ではないが、真が廊下に出て、階段の踊り場で待っていると、美里もすぐにやってきた。

 「どうしたの、こんなところで」

 「あのさ、来週の日曜日は暇か?」

 真の表情は固い。声も少しばかり上ずっていた。

 美里は気に止めず、普段通りの口調で、

 「来週……うん、予定はないよ」

 と答えた。

「良かったら遊びに出かけないか?」

 「うん、いいよ」美里はあっさりと承諾した。「どこに行く?」

 「そうだな……」

 真は色々な候補地を頭に浮かべた。

 ここからが問題なのだ。

 実は、ここまでの流れは今までの時間軸で真が経験していたことだった。

 デート場所の選択。これこそがループ地獄の元凶となっている。

 もし近場の場所を選んでしまうとクラスメートに見つかってしまい、雨宮から「行かなきゃよかった」と言われてしまい、だからと言って、遠くの場所を選ぶと当日に大雨が降り、デートがお流れになってしまうのだ。しかも、今後デートに誘っても丁重に断られてしまう。

 真はしばらく考えた後、

 「東埠頭公園ひがしふとうこうえんはどうだ」

 と提案した。

 そこは今まで選ばれなかった候補地である。距離にしても、真の家から近過ぎず、遠過ぎない。

 美里は頷くと、

 「なら日曜日、東埠頭公園の駅前で待ち合わせしましょう」

 と言った。


 デート当日は快晴だった。気温も秋らしい涼しさで、木の葉は濃い茶色に染まっている。

 真は約束していた三十分前には東埠頭公園に到着していた。休日だからか、カップルの数が少なくない。

 特に何かするわけでもなく時間を潰していると、

 「お待たせ!」

 美里が改札口から出てきた。

 白のロングシャツの上にニットカーディガンを羽織り、赤いフレアスカートで秋らしさを強調している。女の子というのはどうして服装のセンスがこれほどあるのだろうか。

 すかさず真は褒めようとして、首をひねった。

 美里が真から視線を逸らしているのだ。目からは失望の色が漂っている。

 「どうした?」

 「……えっとさ、服装が、その、変」

 「えっ!?」

 真は自分の胸から下を見た。特に季節感を無視した奇抜なファッションではない。良くも悪くも普通の格好である。

 不意打ちに等しい指摘。

 どう返答しようか困っていると、美里は機嫌を伺うような笑顔を向けてきた。

 「ごめん、今日はもう帰るね。また誘って」

 「ちょっ……!?」

 呼び止める暇はなかった。

 美里は回れ右をして、小走りで改札口に入ってしまったのだ。

 翌日から、学園のアイドルは真を避けるようになったのは言うまでもない。


 「うわっ、マジかよー」

 俺は溜息をつくと、ゲーム機のコントローラーを置いた。

 さすがギャルゲー史上最も理不尽なヒロインだ。わずか三十分の一で発生するデート成立イベントを回収しなければ、好感度ガタ落ち、加えて服装にも厳しいなんて無茶苦茶である。

 こいつをクリアすれば全クリなんだがなぁ。

 指の関節をぽきぽきと鳴らしてから、俺は再びコントローラーを手にし、ロード選択画面を選んだ。

 そして、日下部真は再びデートの申し込みをしに行くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初は、 「能力の話か⁈」 と思ったんですけど、読んでいったら最後でゲームでの話だとわかって 「なるほど〜!」 ってなりました。 …えっと、つまり… 最後に「実は…」みたいな感じで書いて…
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