プロローグ
少しずつ書き溜めていたものがありましたので、そろそろ放ってみようかと思いました。
更新ペースはゆっくりと思いますが、大雑把なプロットを頼りに、何とか書いてみたいと思います。
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<塔>は冷たく暗い静寂に包まれていた。
<塔>とはいいながら、出入り口もなければ天井も床も窓もない。ただ石を円形に高く高く積み上げただけのものだった。そして<塔>の中、その中央には、一人の少女がじっと座り込んでいる。
伸びきった銀の髪が湿った柔らかい地面についてしまっているのにも頓着する様子はなく、彼女はただ真上を見上げていた。丈の低い木がそんな少女を囲むように生えている。
ずっと昔だとは思う。しかし少女自身にもいつから自分がここにいるのかは分からない。もしかしたらつい昨日のことだったのかもしれないという気すらした。ただそれも少女にはどうでもいいことだった。いつか必ず終わりの時がくる、そのことさえ分かっていれば、自分がどれくらいの間この場所にいたかなど興味さえ湧かない。
感情が錆び付いてしまっている。少女は自らをそう分析した。それが不幸なことだということくらいは分かっていたし、それを悲しく思うくらいのささやかな感情は残っていた。しかし表情には上らない。
少女がじっと見つめる先には、始まりの時から少しの変化もなく輝く月があった。月は<塔>の真上からぴたりと止まって動かない。石壁で丸く切り取られた夜空の中央にじっと留まる月は、まるで少女の熱心な眼差しを受け止めまたそれを返すかのように、柔らかな月光で彼女を照らしていた。
じっと互いを見つめあうだけのその世界は時を止めたように少しの空気の動きさえ許さなかった。
少女が真上を見上げたその体勢のまま、ふと銀の瞳を閉じた。その僅かな動きも<塔>の静寂に呑み込まれる。
そうして、どのくらい目を閉じていただろうか。少女が再び目を開いた時、彼女の顔には初めて表情が浮かんだ。その僅かな変化からははっきりと感情を読み取ることは出来ない。しかし<塔>には重大すぎる変化であった。
待ちわびた時がきた。いや、自分はこの時を本当に待っていたのだろうか。少女は僅かに睫毛を伏せる。
見た目には何の変化もない。しかし水面に石を投げ込んだような大きな波紋が<塔>に広がっていた。今まで幾度も<塔>を揺さぶろうとしていた力とは明らかに違う。終わりがきた。少女がそうと知るには十分な変化だった。
少女は初めて立ち上がった。そして銀の瞳は月から逸らされて、今度は周囲の石壁を向く。
壊すつもりしかないのに、外から波紋を投げかける人物は優しく扉をノックするように石壁に触れていた。その場所を見定めて、少女はゆっくりと歩み寄る。
水面に浮かんだ虚像のように月がゆらゆらと揺れ、<塔>はその姿を早くも失いかけていた。
<塔>は終わる。少女は最後に空を仰ぎ見た。月光はまだ彼女だけを照らしている。
そう、感情は錆び付いてしまった。自分の目から流れる涙の意味も分からないほどに。
終わりが来るのは知っていた。そしてやはり時は来た。だからきっと、これから何かが始まるのだ。それを望んだ誰かのために。