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婚約破棄された令嬢、辺境で「半分を見捨てる決断」をする 〜全員を救えない世界で、彼女は最善を選ぶ〜  作者: 結城ヒナ


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第2話 公開の宣告

 ざわめきは、波のようだった。


 静まりかけては、また広がる。

 誰もが声を潜めているつもりで、しかし抑えきれずに漏れていく。


「正気か……?」

「いくら何でも、あの場で……」

「ヴァルディス家は終わりだ……」


 そのすべてが、私に届いている。


 だが、私は動かない。


 動く必要がないからだ。


 すでに結論は出ている。

 婚約は破棄された。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 重要なのは、これからだ。


 視線を感じる。


 無数の目が、私を測っている。

 同情、好奇、軽蔑、計算。

 感情の混ざった視線が、まるで針のように刺さる。


 ——問題ない。


 私は、それらを処理する。


 この場で最も適切な振る舞いは何か。

 家の損失を最小限に抑えるために、何をすべきか。


 答えは明確だ。


 私は再び礼を取り、一歩下がる。


 王太子の隣から、静かに離れる。


 その動きは、舞踏の一部のように滑らかで、無駄がない。

 誰もが、その所作に一瞬だけ見惚れる。


 ——崩れない。


 そう思わせる。


 それが、今の私の役割だ。


「……エレノア」


 呼ばれる。


 振り返ると、レオンハルト殿下がこちらを見ていた。


 その目は、先ほどとは違っていた。


 わずかに、迷いがある。


 私はそれを認識する。


 だが、意味はない。


「何か」


 私は問い返す。


 声は、いつも通りの温度で。


 殿下は、一瞬だけ言葉を失ったように見えた。


 そして、静かに息を吐く。


「……いや」


 それだけだった。


 私は頷く。


「では、失礼いたします」


 それ以上の会話は不要。


 私は踵を返す。


 その瞬間——


「お待ちください!」


 高い声が響いた。


 空気が、再び揺れる。


 振り向くと、一人の少女が前に出ていた。


 淡い金色の髪。

 柔らかな表情。

 そして、どこか守りたくなるような雰囲気。


 リリア・エステル。


 彼女の名前を、私は知っている。


 最近、社交界で急速に評価を上げている伯爵令嬢。

 慈善活動に熱心で、民衆からの支持も厚い。


 そして——


 殿下の隣に立つことになる人物。


「エレノア様……」


 彼女は、私を見つめる。


 その目には、はっきりとした感情があった。


 ——憐れみ。


 私はそれを正確に読み取る。


「どうか……お許しください」


 周囲がざわつく。


 私は首を傾げる。


「何を」


「わたくしが……殿下のお心を奪ってしまったのです」


 空気が凍る。


 告白だった。


 この場で、明確に。


 私は、彼女を見る。


 その言葉の意味を分解する。


 事実関係。

 意図。

 効果。


 ——なるほど。


 これは、宣言だ。


 新しい“王妃候補”としての。


「ですから……エレノア様を傷つけてしまったこと、心から……」


 言葉は続く。


 だが、私は途中で理解を終える。


 必要な情報は、すでに揃った。


 私は一歩、彼女に近づく。


 周囲の視線が集中する。


 彼女の瞳が、わずかに揺れる。


 ——恐れている。


 それも、理解する。


「お気になさらず」


 私は言う。


 静かに。


 穏やかに。


「殿下のご意思は、殿下のものです」


 リリアの目が、見開かれる。


「あなたの責任ではありません」


 それは、事実だ。


 誰か一人のせいではない。


 この結果は、複合的な要因の帰結だ。


 私はそう判断する。


 だが。


 彼女の表情が、わずかに歪む。


 ——ああ。


 と、思う。


 この言葉は、彼女にとって“救い”ではない。


 むしろ。


 否定だ。


 彼女の“想い”を、切り分けてしまう言葉。


「……そう、ですか」


 彼女は俯く。


 周囲の空気が、微妙に変わる。


 先ほどまでの同情とは、違うもの。


 何かが、ずれている。


 だが、私はそれを深く追わない。


 今は優先すべきことがある。


「では、改めて」


 私は周囲に向き直る。


 全員に聞こえるように。


「本日をもって、王太子殿下との婚約は解消されました」


 宣言する。


 事実の確定。


「これまでのご厚意に、感謝いたします」


 完璧な礼。


 その一連の動作は、誰よりも美しい。


 誰よりも正しい。


 だからこそ。


 その場にいる誰もが、違和感を覚える。


 ——なぜ、この人は。


 ——こんな時でも、崩れないのか。


 私は顔を上げる。


 その違和感を、理解している。


 だが、それもまた問題ではない。


 今、私に求められているのは。


 ただ一つ。


 “崩れないこと”。


 それだけだ。


 私は背を向ける。


 出口へと歩き出す。


 視線が、背中に突き刺さる。


 だが、振り返らない。


 必要がないからだ。


 扉が開かれる。


 夜の空気が流れ込む。


 ほんのわずかに、冷たい。


 その温度を、私は感じる。


 そして。


 ふと、思う。


 ——私は。


 なぜ、泣かないのだろう。


 その問いは、浮かんで。


 すぐに沈む。


 答えは、出ない。


 ただ一つ、確かなことだけが残る。


 私は今、すべてを失った。


 はずなのに。


 何も、変わっていない。


 ——それが、最も奇妙だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


第2話では、婚約破棄の“表面”と“裏側”を描きました。

ですが、この物語の本質はまだここからです。


主人公はまだ、自分が何を失ったのかを理解していません。

そしてそれが、この先のすべてを歪ませていきます。


次話「否定されなかった否定」では、

彼女が“反論しなかった理由”が明確になります。


少しでも続きが気になった方は、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


ここから先、一気に物語が深く沈んでいきます。

ぜひ見届けてください。

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