9 狩人管理事務所にて
不満たらたらの45番を11番が半ば無理矢理引っ張る形で出口に向かい、23番もこちらにぺこりと一礼して歩き出す。私とオウルもそれに続いた。
頑丈な鉄の扉をくぐると、ほわっと空気が暖かくなる。
魔法道具のランプに照らされた、灰色の石壁。ここは城壁の『内部』だ。厳密にはまだ黒の隔離地の中という扱いだが、扉1枚くぐるだけでガラッと雰囲気が変わる。
正面にあるもう一つの鉄扉を開けると、人のざわめきが一気に押し寄せてきた。
扉の向こうは狩人の管理事務所。城壁と一体化している石造りの建物で、1階は主に狩人のサポートをする職員たちが働く事務所と受付になっている。
「みなさま、お疲れさまでした! こちらへどうぞ!」
カウンターに立つ女性職員が、朗らかな笑顔で言った。
デモン退治をした後は、カウンターで実績の処理や報酬の受け取りなどを行う。
管理事務所は文字通り狩人たちの管理を行う組織で、この国の『黒の隔離地』を持つ都市全てに配置されている。
──逆に言うと、黒の隔離地、そして黒塊は、全国各地に存在する。
黒の隔離地は大抵大きめの都市と隣接していて、その街ごとに維持管理されている。昔はデモンが城壁の外に侵出して、街の住民に被害が出たこともあったらしい。街を放棄しろとか、黒塊自体を何とかしろとか言われたこともあったとか。
それでも黒の隔離地が維持されているのは、黒塊が消せないから──というのもあるが、一番大きな理由は……この国の輸出品の中で、ミスリル銀やオリハルコンが大きな割合を占めているからだ。
この国はそれほど広くなく、農産物も水産物もあまりパッとしない。自国で消費する分には困らないが、外貨を稼ぐ手段としては使えない。
昔は各種宝石が採れる鉱山があったが、それも枯渇してしまった。製造業も観光業も、他国と比べるとそれほど盛んではない。
そんな国で昔から異彩を放っていたのが、黒塊から生まれるデモンの存在、そしてデモンを討伐することで得られるミスリル銀やオリハルコンなどの魔法金属だ。黒塊は、この国にしかないらしい。
魔法金属が採れる鉱山は世界で数ヶ所、採掘量もごくわずか。デモン討伐で得られる魔法金属の量は、世界中の鉱山から採れる量を軽く上回っていた。
クラペイロン公国は、この魔法金属のインゴットや、それから作る魔鉱細工を売りにして、国際社会での地位を確立したのだ。
そしてそれは、現在に至るまで続いている。狩人はあくまで管理事務所の管轄だが、管理事務所は国の機関。狩人は、主要輸出品の材料を調達し、街の安全を守る、国家公務員のような立場といえるだろう。
「キャット、オウル、こちらへどうぞ」
11番たちの対応を始めた女性とは別の職員が声を掛けてくれる。
いつものように緊急招集後の手続きをしていると、隣から怒鳴り声が響いた。
「は!? こんな安いのか!?」
例の新人君、45番である。カウンターに手をつき身を乗り出すさまは、まるでチンピラだ。
職員が困った様子で眉を寄せた。
「狩人の規定通りですので…」
「あれだけ苦労したのに、納得できるか!」
いや、苦労て。
「あの阿呆…」
オウルが額に手を当てて呻いた。
「頑張れオウル」
「オイ」
完全に他人事の態でポンと肩を叩いたら、低い声で突っ込まれた。いや、だって、関わり合いになりたくないし。
「私は新人教育担当じゃないから」
「俺だって討伐部隊は管轄外だ」
オウル率いる哨戒部隊は、デモン出現の予兆を感知する特殊な魔法を使いこなせる者だけが集まる、狩人の中の特殊部隊だ。
一方、私が所属するのは討伐部隊。その名の通りデモンの討伐・殲滅を担う。狩人の大部分はこの部隊で、とても問題がありそうな新人こと45番もこちらの所属である。
確かに理屈で言えば同じ所属の私が教育すべきなのかも知れないが、そもそも私は専従の──狩人の仕事だけに注力する、専門職としての狩人ではない。
狩人には大別して2種類いる。オウルのような専従の狩人と、私のように他のことに注力していて、隙間時間に参戦する兼業の狩人だ。比重として狩人の方に重きを置いている兼業者もいる。
新人教育を担うのは、専従、または狩人の方に重きを置いている兼業者のベテラン狩人と相場が決まっている。踏んだ場数が違うし、専門職としての意見は重みが違うからだ。
よって、私があの45番の教育担当になることはない。というか嫌だ、あんなヤツの相手。
私とオウルが役割を押し付け合っていると、後ろから声が掛かった。
「なんだ、揉め事か? お前ら元気だなあ」
野太い声に、どこかのんびりとした口調。振り返ると、管理事務所の出口──街の方の出入り口に、大柄な黒マントが佇んでいる。
室内に居合わせた者たちがざわっと動揺した。
「あ、ウルフ」
「来たのか」
「よう、キャットにオウル」
私とオウルにとっては見知った顔──いや、顔は仮面に隠れて見えないが、普通に親しい同僚だ。
オウルよりもさらに頭一つ分大きく、マント越しでも分かる筋肉質な体格に、オオカミの仮面。威圧感のある見た目なのに、こちらに歩み寄る足音は驚くほど小さい。
名持ちの狩人、『ウルフ』。現役狩人の中では最も経験年数が長く、ほぼ全ての狩人から尊敬と畏怖を集める、トップクラスの実力者である。
良い人材が来た。私は仮面の中で笑顔になり、ウルフを見上げる。
「丁度良かった。ウルフ、あっちの45番の新人君が「報酬が安い」とか言って職員を困らせてるから、何とかしてくれない?」
「…お前、出会い頭にそれか」
オウルが溜息をつくが、言ったもん勝ちである。
ウルフはふん…?と周囲を見渡し、カウンターの前で固まっている45番に目を留めた。
「…ああ。あいつか」
ぼそり、低い声。
それで察した。恐らくウルフは、45番が『誰』なのか知っている。
何せこのウルフ、その正体はクレメンティ共立学校の魔法学の非常勤講師──学生だった私を狩人の世界に引きずり込んだ張本人である。私以外にも同じような末路を辿った被害者は多いに違いない。
もしかして45番も被害者の一人だろうか。あんな性格なのに仲間に嫌われたら命の危険がある狩人の世界に入って来ちゃうなんて、一周回ってかわいそうだな。
このオッサン、大らかそうな言動のわりに強引で人の話聞かないし…。
「…お前今、ちょいと失礼なこと考えてないか?」
無表情なオオカミの仮面がこちらを向いた。
何で仮面越しなのに分かるんだ。
「気のせいじゃない?」
私は肩を竦めて誤魔化し、
「──じゃ、私は忙しいから!」
何か突っ込まれる前に、そそくさとその場から退散した。




