8 狩人のルール
魔法陣から降り注いだ炎が囲いの中を埋め尽くし、デモンを包み込む。
魔力の炎は燃えやすいものがあるかどうかなど関係なく燃え盛る。鮮やかな紅蓮から明るいオレンジ、さらに青白く変わり、中の物を燃やし尽くす。
かなり離れているのに、じりじりとした熱を感じた。マントが焦げなければいいが。
「……」
そうして炎が収まると、魔法陣は空気に溶けるように消えた。一瞬ブワッと風が吹き、限界まで熱せられた空気を吹き散らす。
「……よし」
デモンの姿はどこにもない。代わりに、カランカランと地面に硬いものが落ちた。私は城壁から飛び降り、淡く光を放つそれを拾い上げる。
正八面体に六角柱状、斜めにひしゃげたような八面体、小さな立方体が集合したようなもの──様々な形の、薄紫色の結晶体。思ったより多いそれに、ニヤリと笑う。
魔力のぶつかり合いで生じる特殊な結晶、マナタイト。そう、魔鉱細工の材料だ。
「よしよし、大量大量」
熱心に拾い集めていると、オウルが横に降り立った。
「状況終了。──おいキャット、わざと魔法の発動一拍遅らせただろう」
「ナンノコトカナー」
顔を上げずに棒読みで応じる。今はそんなことよりマナタイトの回収の方が大事だ。
せっかくデモンが反撃して魔力のぶつかり合いが起きるように、発動時間を調整したんだから。
「……まあ倒せたからいいが」
オウルが深い溜息をついている。私を呼び出したのはそっちなんだから、文句を言わないでいただきたい。
「……お?」
見える範囲のマナタイトを拾い終えて周囲を見渡したら、キラリと独特の光が目に入った。
城壁の上端付近に等間隔に配置された魔法の光の下、青白く光を反射するそれは──
「やった、ミスリル銀!」
握りこぶし大の黒灰色の塊を掲げ、私は歓声を上げた。
デモンを倒すと、ごくまれに魔法金属を落とすことがある。身体は黒い霧のようになって拡散し、その場に魔法金属が残されるのだ。
もっとも、そのままの状態では不純物が多すぎて何にも使えない。これは国に買い上げられ、公都の精錬所で不純物を取り除き、インゴットに加工されてはじめて価値ある魔法金属として扱われる。
だから、ここで原石を拾っても狩人の管理事務所に引き取られるだけなのだが──実は狩人には、魔法金属の原石を拾ったら、同じ種類の魔法金属のインゴットを割引価格で購入できるという特典がある。
一般市場に出回るインゴットは多くの中間業者を経ているから、末端価格が馬鹿高い。それを製造時価格割引込みで購入できるのだから、使わない手はない。
これはその昔、とある狩人がゴリ押しして設けた制度だそうだ。
何となくその狩人、魔鉱細工師だったんじゃないかという気がする。魔鉱細工師も狩人も、高魔力であることが前提条件だし。
「…それで喜ぶのはお前くらいだぞ」
「だろうね」
そのままでは価値のないミスリル銀の原石に喜ぶ私を、オウルは若干引き気味に見詰めている。仮面越しでも呆れられているのが分かる。
他人の価値観など関係ない。私にとって利益があることが大事だ。
一通り拾い終えると、マナタイトは20個以上、ミスリル銀の原石は2つも集まった。革袋の中にジャラジャラと詰め込まれた石の感触を手のひらの上で確認し、私は仮面の中でにやにやと笑み崩れる。
マナタイトは管理事務所で買取りも行っているが、売らずに自分のものにしても良い。今日は犬の置物液状化事件でマナタイトを浪費してしまったから、売らずに持ち帰ろう。ミスリル銀の原石2つは管理事務所に提出すれば、純度に応じてミスリル銀のインゴットの購入チケットと交換してもらえる。楽しみだ。
「…おい」
背後から不機嫌そうな声がした。
振り返ると、私が参戦する前に囲いの中で頑張っていた3人が立っている。
薄い灰色のマントにのっぺりとしたシンプルなデザインの仮面。頬の部分にそれぞれ11、23、45の数字が書かれている。名持ちではない狩人は、基本的にこういう姿だ。
「俺たちの獲物を横取りしやがって!」
『45』の数字を付けた狩人が、私に向かって指を突き付ける。確か彼は最近入った新人だったか。
何故怒っているのか──理屈は簡単だ。今日この時間、私、討伐部隊の名持ちの狩人である『キャット』が出動する予定はなかった。このマナタイトもミスリルの原石も、デモンの群れを倒した実績も、それに伴う報酬も、全て彼らのものになるはずだった。
でも私が出てきたことで、それが全ておじゃんになった。
…って、言われてもね…。
「…お前なあ…」
溜息をついたのは私だけではなかった。オウルが腰に手を当て、大袈裟に首を横に振る。
そして私を片手で示し、
「キャットを呼んだのは俺の判断だ。上級を含む多数のデモンを一網打尽にするのに、キャットが最も適切だった。──ここまでで異論はあるか?」
狩人には、階級と呼べるものは基本的には存在しない。共通のデザインの仮面を被り、薄い灰色のマントを纏い、番号を名前として名乗る。
昔は登録順に番号が割り振られていたらしいが、今は基本、誰かが引退して欠番が生じたらその番号が新人に回る形だ。だから、番号の大小は経験年数や実力と一致しないし、先輩後輩の概念はあれど上司部下の関係はない。
唯一の例外が『名持ち』の狩人だ。
番号ではない名前を与えられ、その名前を象徴する仮面を被り、マントの色は黒。そして、普通の狩人とは一線を画す能力を持つ。『名持ち』が居合わせた場合、他の狩人は『名持ち』の指示に従う。
私とオウルはこの街に4人しかいない『名持ち』の狩人である。そしてオウルは黒の隔離地の監視を行う『哨戒部隊』の隊長で、狩人全員に指示を出す権限を持つ。実質的な狩人のトップだ。
あまり現場にいない私はともかく、オウルの前でこの態度…かなり度胸のある新人だ、としか言えない。
ちなみに狩人が仮面を被り、数字やあだ名で呼ばれるのにはちゃんとした理由がある。
デモンは魔法でしか倒せないから、必然的に魔力が高く魔法に長けた者だけが狩人になる──というかスカウトされるのだが…魔力が多い者は貴族階級に多く、狩人のほぼ全員が貴族なのだ。
ところが、貴族の階級と魔力の多寡は、必ずしも比例しない。
要するに身分が上の人間でも、魔力が少ないケースがある。逆に、私のように平民でも魔力が阿呆のように高い場合もある。
そうなると、戦いの現場で身分は邪魔にしかならない。中途半端な実力で身分だけを振りかざす者など迷惑なだけだ。迷惑で済めば御の字、最悪の場合、誰かが命を落とす可能性だってある。
だから狩人は全員仮面をつけ、個体識別はできてもお互いの本来の身分が分からない状態で現場に出る。親しくなったら正体を明かし合うこともあるらしいが、基本的には正体不明のままだ。
ちなみに私は、他の誰かに敢えて正体を明かしたことはない。貴族ばっかりの中に平民の孤児。どう考えても面倒しか起きないだろうし。
「…」
オウルの言葉に、新人は沈黙している。『11』の仮面をつけたベテランの狩人がオウルと新人を落ち着きなく交互に見遣った。
「ま、まあそのへんで…こいつも分かってるでしょうし! な!?」
必死に取り成そうとしているが…45番、どう見ても納得してる感じじゃない。




