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定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空


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7 狩人の『キャット』


 身体強化魔法を使って屋根の上を駆けること数分。前方に、石を積み上げてできた巨大な壁──城壁のようなものが見えてきた。

 高さは3階建ての建物を優に超える。石を積み上げているわりに壁面の凹凸は少なく、丹念に加工されているのが分かる。


 その上は、哨戒用の通路だ。私はひょいと跳躍し、その通路に降り立った。

 途端、ひんやりとした空気に包まれる。この壁が囲っている場所は、隣接する領都の市街地に比べて明らかに気温が低い。


 高い城壁に囲まれているのは──城ではなく、ぺんぺん草も生えない荒野だ。

 その名も、『黒の隔離地』という。

 広さは街の4分の1くらいだろうか。城壁の物々しさに比べて、その内側は拍子抜けするほど殺風景だ。


 ただ、その中心にあるものが問題だった。


「キャット、来たか」


 壁の上の通路を、マント姿の影が駆けてきた。

 夜の闇に溶ける黒いマントに、フクロウの仮面──正直ケットシーの仮面に比べてさらに前衛的というか、パッと見にはフクロウに見えないのだが、フクロウの仮面。

 通称『オウル』。主にこの場所の監視を行う人物だ。

 仮面越しでも分かる、明らかに安心したような声色に、私は低い声で答えた。


「時間外労働なんだけど」

「……すまん。だが、仕方ないだろう? 狩人は勤務時間を選べない」


 オウルが頭を下げた後、言い訳にもならないことを淡々と口にする。


 狩人──マントと仮面を身につけ、黒の隔離地の中に入ることを許された人間のことを、そう呼ぶ。

 私やオウルは、その中でも個体識別可能な固有のデザインの仮面を被り、特定の名前で呼ばれる、『名持ち』と呼ばれる狩人だ。


 領都に隣接していながら、この中は一般人立ち入り禁止。理由は簡単、危険すぎるから。

 ではどう危険なのかというと──


「…今日もバカスカ()()()()ね」


 私は囲いの中に視線を落とし、呆れ混じりに呟いた。


 荒野の中央に、黒い塊が浮いている。

 高さは、成人男性の頭上くらい。大きさは一抱えくらいで──中央からにゅるりと、不定形の物体を地面に落としている。

 これが、『狩人』という専門職が必要な理由だ。


 あの黒い塊、その名もそのまま『黒塊』は、不定期にあの黒い不定形の生き物──生き物かどうかも怪しいけど、一応生き物──を産み落とす。

 あの生き物、通称『デモン』には物理攻撃が効かない。しかも、放っておくと人間を無差別に襲うので、この中で処理しなければならない。


 処理、つまり殲滅(せんめつ)。物理攻撃無効の相手を魔法でもって殲滅する、それが狩人の役割だ。


「おい避けろ!」

「うわっ!?」

「物理は効かねぇぞ!」


 眼下から響く声は、城壁の内側、荒野に展開するマント姿の人影のものだ。数は3──普段より少ない。


「他の連中は?」


 黒塊がいつデモンを産み落とすか分からないので、狩人は毎日持ち回りでこの黒の隔離地に隣接した建物に待機し、監視を行い、デモンが現れたらその都度対処している。

 一度に大量のデモンが出現することもあるので、同時に待機する狩人は最低でも4人。オウルは監視役で待機人数には含まれないので、一人足りない計算になる。

 私が訊くと、オウルはそっと目を逸らした。


「……ちょっと抜けると言ったきり待機室からいなくなって、連絡がつかない」


 まあそうだろうな。予想はしてた。

 じゃなきゃ、非番の私に声が掛かるはずがない。


 オウルと私が狩人になったのはほぼ同時期。先輩狩人の指導を一緒に受けた、いわば同期だ。狩人の中でも一番気の置けない、信頼できる相手である。

 気が置けなさすぎて、こういう緊急時に容赦なく呼び出されるのが玉にきずだが。


「割増料金分、そいつの待機料から差っ引いといて」


 討伐部隊の狩人はデモンが現れなければやることがないので、基本的には成果報酬。ただ、待機時間分、最低限の給料は支払われる。何もしてない時間に対して払われるお金なので正直かなり安いが、私の緊急対応割増料くらいにはなる。

 勿論、通常の成果報酬とは別口で。


 私の要求に、オウルはそっと後退った。口の中で「金の亡者」とか呟いてた気がするけど、聞こえなかったことにしておこう。


 一歩踏み出すと、マントが風にはためいた。通路の端、膝くらいの高さの申し訳程度の柵に足をかけ、右手を軽く掲げる。


「──展開」


 空中に展開した魔力が青白く光る線を描き出し、複雑な魔法陣を形作る。

 淡い光に対して、存在感は抜群だ。地上を走り回っていた3人のうちの一人がこちらを見上げ、「ゲッ」と呻く。


「おい、逃げろ!」

「は?」

()()()()()()()!」

「げえっ!?」


 途端、3人のうち2人が右に向かって走りかけ──残る1人が動いていないのに気付いて慌てて駆け戻り、


「逃げるんだよ!」

「早く!」

「はあ? ──んなっ!?」


 2人で強引に担いで改めて走り出す。向かう先には専用の出入口がある。脱出するつもりだろう。

 …判断は正しいけど、化け物扱いされるのはちょっとムカつく。


 見た限り、今回は先ほど産み落とされたデモンで最後のようだ。目の前の荒野で(うごめ)いている不定形の生き物を殲滅すれば、今日のところはおしまい。多分。

 どうせだからサービスしてやるか。


「3重円、属性強化」


 こちらの魔力に気付いたらしく、デモンたちがこちらに近寄ってきている。でも、私は城壁の上。距離も高さもあるし、連中が私の所に到達するより私の魔法の完成の方が早い。


 幾何学模様で構成された円形の魔法陣の文様の外周に、同じような文様が2周分、追加される。

 青白かった光が、紅蓮に変わった。


「5式拡張──ヘルブラスト!」


 下にいた3人が避難してきっちり扉が閉まったのを確認してから右手を振り下ろすと、魔法陣は直線的な軌道を描いて城壁の内側へ飛び──ヴン!と音を立てて巨大化した。

 少し高い位置に展開した魔法陣の下、デモンたちがすっぽりと収まる。

 そして──


 ──キュオン!


 甲高い音がして、強烈な光が放たれた。









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― 新着の感想 ―
細工師が本業ならこれは確実に副業で草
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